『一発屋芸人列伝』大きく勝って、大きく負けた山田ルイ53世が、負けの中に見出した勝機

首藤 淳哉2018年06月11日 印刷向け表示
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一発屋芸人列伝
作者:山田ルイ53世
出版社:新潮社
発売日:2018-05-31
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その日、電車に揺られながら、ぼくは迷っていた。これから会う相手にどんなスタンスで話を訊けばいいのか悩んでいたのだ。待ち合わせ場所は新宿小田急百貨店。この中にある書店で、山田ルイ53世の『一発屋芸人列伝』の発売を記念したトークショーが予定されていた。

『新潮45』連載時に「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞した本書は、発売前から重版がかかるほど評判が高く、すでにいくつかの著者インタビューも世に出ていた。その中には現代ビジネスに掲載された石戸諭さんによる素晴らしいインタビュー記事などもあって、いまさら屋上屋を架しても……という思いがあった。

さらに個人的な事情もあった。実は山田ルイ53世は、ぼくが勤めるラジオ局で番組を持っている。ただしそれは地上波ではない。ポッドキャストでの配信番組である。

正確に言えば、かつては地上波でワイド番組を持っていたものの、打ち切りの憂き目にあい、いまはポッドキャストでなんとか生きながらえているといったところ。先日、めでたく放送通算500回を迎えたとはいえ、地上波での休止と復活を繰り返しながらの10年間を考えると、お世辞にも厚遇されているとは言えない現状だった。

HONZのインタビューだと頭でわかってはいても、おそらく山田ルイ53世は、ラジオ局の人間であるぼくに対して言いたいことが山ほどあるはずだ。直近の番組を聴くと案の定、「パーソナリティーに冷たい」「ラジオ業界の日大」などと局をネタにして盛り上がっている。

うーむ、やはりそういうテンションか……。このようなケースでは、「いや、ぼく担当じゃないですから」みたいなサラリーマン根性丸出しの対応は絶対NGである。当の芸人はその仕事に魂を込めているのだ。これまでいろんな芸人と一緒に番組をつくってきた経験からいっても、ここは真摯に向きあうべき場面である。そう考えるうちにスタンスは定まった。山田がそこまで言うのならば、よし、こちらは「理想の日大広報」でのぞもうじゃないか。そのココロは「正直に・誠実に・包み隠さず」だ!

そんなわけで、ちょっと肩に力が入った状態で現場に向かったのだが、案に相違して、百貨店のバックヤードにある小部屋で待っていた山田ルイ53世は、あの良く響く美声と満面の笑みで迎えてくれた。もちろん怒ってなどいない。いや、言いたいことはあるかもしれないが、それをグッと飲み込んで、目の前の仕事に取り組もうとしている。彼はプロの芸人なのだ。

著者の山田ルイ53世

山田ルイ53世は、含羞という言葉が似合う実にチャーミングな人物である。すぐれた芸人というのは例外なく繊細な神経の持ち主だが、山田の気遣いも半端ない。話しの途中、「これはもう他でも話したことなので申し訳ないんですけど」といった断りがいちいち入るのは、一期一会のインタビューで、少しでも読者に届くオリジナルな言葉を発しようとする彼の真摯な姿勢のあらわれだろう。

『一発屋芸人列伝』は、芸でいちどは世の人々を虜にしながら、その後、坂道を転げ落ちるかのように売れなくなってしまった(かのように見える)“一発屋芸人”たちの知られざる一面を描いたノンフィクションだ。レイザーラモンHG、コウメ大夫、テツandトモ、ジョイマン、波田陽区などなど、実に読み応えのある10の人生が綴られている。

今回はぼくがリスペクトしている芸人を選ばしてもらいました。人柄が好きというのももちろんありますけど、いちばんは、やっぱりその人の芸ですね

中には、ハローケイスケのように、ほとんど一般には知られていない芸人も出てくる。本書では、一発屋にさえなり損ねた“0.5発屋”と表現されているが、ハローケイスケが取り上げられたのは、彼が生み出したアンケートネタが、「ツッコミを客に任せる」という極めて斬新なものだからだろう。

あの芸は、たとえるならiPhoneのようなすっきりと洗練された芸やと思います。普通は怖いと思うんですよね。やっぱり芸人は明確なボケとツッコミがあるほうが安心して舞台に立てるんですけど、客席にダイブするみたいに身を預けるわけですから。それでも笑いをとれるようにしっかり構成されている。ネタのデザインの素晴らしさ、発想の面白さももちろんありますし

かつて立川談志の番組を制作する機会に恵まれたことがある。ある時、談志師匠がテツandトモを取り上げたいと言った(当時テツトモはまだブレイク前だった)。あの「なんでだろ〜」について談志師匠が、「あれを思いついた時点でたいしたもんだ。こいつらはそれで一生食っていけるんだから」と話していたのを思い出す。

「なんでだろ〜」と同じように、「フォー!」も「ルネッサーンス!」も、ひとつの発明である。笑いのイノベーションである。たとえばあなたはウォークマンを生み出した人に面と向かって“一発屋”などと言うだろうか? 世間は気軽に芸人をつかまえて“一発屋”と言うが、その芸が生み出されるまでにいったいどれだけの試行錯誤がなされているか、想像したことがあるだろうか?

自らも“一発屋”である山田ルイ53世という最良の聞き手を得て、芸人たちは意外な横顔をみせる。それは世間がこれまで知ることのなかった苦悩であったり、プロの芸人としての矜持だったりする。

たとえばレイザーラモンHGは、ハードゲイのキャラを完成させるまでに、新宿2丁目に通っては話を聞き、実際にニューハーフパブでボーイとしても働いたという。それだけではない。きっちりスジを通さなければと、その世界の重鎮たちのもとへ挨拶に赴き、ハードゲイを演じる許しも得て初めて、あの芸を披露したという。

ただ、少しひっかかるところもあった。本書を読んで、そうした芸人の知られざるプロの顔を知ることができたのは良いのだが、果たしてそれは当の芸人にとってプラスなのだろうか? つまり、「いい人」と見られてしまうことは、芸人にとって歓迎すべきことなのだろうか?とても訊きにくい質問なのだが……。

ああ、言いたいニュアンスはわかります。ただ第一義的に、コスプレキャラ芸人に世間が抱いてるオモチャ感ってあるじゃないですか。リスペクトが少ない、すごいと思ってもらえない。その悔しさみたいなものが先立ってあったんです。野暮なことしているな、迷惑かけてしまってるかもな、という自覚はいまもあるんですよ。でも、そんな簡単な芸やないねんで、というところは残しておきたかった。レイザーラモンHGさんの芸が出来るまでのくだりを書きながら、ぼくの中で『ガイアの夜明け』的なBGM鳴ってましたもん(笑)。HGさんのネタは、F1マシンのエンジンくらい緻密に組み上げられてるんやという事実を残した本が、一冊くらいあってもいいんじゃないかなというのはあるんですよね

なるほど、一世を風靡した芸人に対して、世間のリスペクトがあまりに足りないのではないかという点は、ぼくも同意できる……などと話をしていると、「お疲れ様でーす」と入ってきた男がいた。鍛え上げられた肉体と精悍な顔つき、なんとレイザーラモンHG本人ではないか!

トークショーのゲストとしてやって来た(この日はジョイマンもゲストだった)レイザーラモンHGとひととおりの挨拶を交わした後、本書の率直な感想を訊いてみた。

ぼく自身、自虐ネタってあまり好きじゃなかったんです。でも山田くんは言葉のチョイスがとても面白くて。だから自虐ネタでもオリジナリティがあって笑える。この本も一章一章、フリがあって、最後にちゃんと回収されてて。つまりネタとして成り立ってるんですよね。それが10本あったんですごいなと思いましたよ。もともと髭男爵のネタは好きでしたけど、やっぱりネタづくりや物書きとしての才能あるなと思いました

すると、ぼくからは訊きづらいだろうと気遣ってくれたのか、山田自らこんな質問をしてくれた。

でも、ホメすぎて、実はいい人やって思われてしまうのって、笑いの邪魔になってしまうんじゃないかと実は気にしてたんですけど・・・

苦笑しながら、HGはこう答えた。

いや、たしかに(ホメられて)小っ恥ずかしいなっていうのはあるけど。でも……笑いへの向き合い方が正気じゃない、常軌を逸しているみたいなことを書いてくれてたんで。ちゃんと(プロとしての姿勢を)見てくれてるな、と思いましたよ

二人の間には、なんとも言えないいい空気が流れている。互いの苦労を知る者同士ならではの雰囲気というのだろうか。二人のやりとりを聞いているだけで、なんだか晴れやかな気持ちになってくるのだ。

本書を通読してあらためて感じたのは、この本は「負け」について書かれているということだ。どの芸人も“一発屋”の呪縛にとらわれ、もがき、あがき、それでも前を向いて生きている。

作家の色川武大は、名著『うらおもて人生録』の中で、負けることの大切さについて書いた。賭け事で連戦連勝するような人間は、決まって命に関わるような致命的な負け方をする。大切なのはうまく負けを拾うこと。最終的に人生9勝6敗くらいを目指すのがちょうどいい……。この感じ、山田ルイ53世の半生にも通じないだろうか。思春期に挫折して引きこもり生活を送り、その後芸人になって大きく勝って、大きく負けて。でもいま再びこの本が評価されて、浮かび上がっている。

負けのマネタイズかい(笑)。ただ、たしかに負けのほうがいいデータは詰まっている感じはしますね。勝つと嬉しいし、お金も入って来るかもしれないけど、勝ちは言ってみれば、的にピンポイントで当てること。でも負けると、当たらなかった的のまわりというか、上手くいかなかった範囲がわかる。そこの情報量のほうが大事なんじゃないですかね。ま、といはいえ、この本にはなんの成功の法則もなくて、10の負けが書いてあるだけですけど(笑)

いや、それでいいのだ、きっと。考えてみれば人生は負けることのほうが多い。ならば派手な負け方を経験した“一発屋芸人”たちの生き方から、ぼくたちは多くのことを学べるのではないだろうか。仕事だったり、子育てだったり、介護だったり。いろんなものを背負いながら、懸命に頑張っている人にこそ、本書の言葉は届くはずだ。

トークショーの前に、会場となった有隣堂「STORY STORY」の店内を見て回った。雑貨と本が一体になった心地いい空間である。文庫の棚をみると、『うらおもて人生録』が一冊だけあるではないか。

ふと、おせっかいな気持ちが湧いてきた。
(トークショーが終わったら、山田ルイ53世にプレゼントしよう)
彼ならこの本を気に入ってくれるのではないか。そう思ったのだ。

トークショーの模様 ©新潮社

会場からは威勢の良い「ルネッサーンス!」と「フォー!」が聞えてくる。
「ニコール・キッドマン、イコール、コッペパン」
ジョイマンの脱力系ラップに思わずぷっと吹き出してしまう。

(いいなぁ、みんな。人生いろいろ大変だけど、お互い頑張ろうよ)

我に返ると、店員さんに「カバーの色はどれになさいますか?」と訊かれていた。
見ると10種類のカラフルな色が並んでいる。
「これでお願いします!」
ぼくは迷わず、梅雨の晴れ間のような鮮やかなライトブルーを指差した。 

うらおもて人生録 (新潮文庫)
作者:色川 武大
出版社:新潮社
発売日:1987-11-30
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