『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』 文庫解説 by 小林 快次

新潮文庫2018年07月05日 印刷向け表示
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鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (新潮文庫)
作者:川上 和人
出版社:新潮社
発売日:2018-06-28
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私は、1年のうち少なくとも3ヶ月は、海外で恐竜化石調査を行っている。主な調査地は、モンゴル・アラスカ・カナダ・中国、そして日本である。2017年4月には、北海道むかわ町穂別から発見された日本で最初の大型恐竜の全身骨格について、発表をした。全長8メートルのハドロサウルス科という恐竜で、全身の8割以上が揃っている、世紀の大発見だ。私の研究は、それだけではない。恐竜から鳥類への進化の過程についても研究をしている。爬虫類的な恐竜から、鳥型の恐竜へと進化していくそのプロセスに注目しているのだ。脳の進化、消化器官の進化、翼の進化など、「恐竜の鳥化」というものをキャリアのテーマとしている。私だけではなく、世界中の恐竜研究者の成果によって、最近では「鳥は恐竜である」ということが定着してきた。つまり、世界中の鳥類研究者は、“恐竜研究者”ということになる。

最初に『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』が出版されたと聞いた時、また「恐竜ビジネス」に風代わりな奴が乗り込んできたのかと思った。本を手にするまではしばらくかかった。こっちは真剣に恐竜の研究をしているのに、鳥類学者と自ら名乗る者が恐竜を語るなんて。正直、読むのは時間の無駄だとさえ思った。

ある日、出版社から、「小林先生の本がネットの通販で上位に入っていますよ!」と言われたので早速チェックしてみると、私の本は2位。1位は、『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』だった。挑戦状を叩きつけられたように感じた。私はその“ケンカ”を買うことにし、注文ボタンをクリックした。

数日経って、本は届いたが封を開くにも時間がかかった。日々少しずつ、他の書類に埋もれていく。しまいには、どこに置いたか忘れてしまうほど埋もれていた。そしてとうとう、このケンカは受けなければならぬと、自身を奮起させ封を開けた。

まずタイトルが気に入らない。「無謀にも」と逃げの姿勢を取っている。またどうせいい加減なことが書いてあるんだろうと本を開いた。あれ? 読みやすい。しかも、読み始めてすぐに「恐竜学に対する挑戦状ではなく、ラブレター」と記されているではないか。それだったら話は違うと気持ちが収まり、臨戦態勢を解いて本を読み進めた。

恐竜本は多々あれど、そのほとんどが堅苦しい説明文が多い。「恐竜の定義とは」 「恐竜の分類とは」「恐竜の種類は」「それぞれの恐竜の特徴は」「時代ごとにどのような恐竜が繁栄していたか」「恐竜の絶滅の原因は」という王道のストーリー展開で、できるだけ嚙み砕いた文章が展開される。恐竜に興味のある子供たちは、図鑑による基礎知識があり、そのような本でも難なくスラスラ読んでしまう。コアな恐竜ファンの親御さんは子供に負けじと暗号が羅列しているような恐竜本に立ち向かう。

現在出版されている恐竜の図鑑は、そこらへんの恐竜本より最新研究の情報が詰め込まれており、自然と子供の方が大人より恐竜に詳しくなる。そんな子供たちに大人が勝てるわけがない。

しかし、この本は違うのだ。非常に読みやすい軽快な語り口。恐竜に興味のない人にも拒否反応が起きないような話の運びには感心した。知識の広さと表現力の豊かさ、それに加えて昭和生まれが好きそうな小ネタが詰まっており、ふき出しながらページが進んでいく。いわゆる一気読みできるタイプの本だ。これは読者の皆が感じることだろう。

読み進めていくにつれ、それでもケチをつけたくなってくる。恐竜の初心者を騙すような文章がないか、日本人特有の重箱の隅をつつくような悪意のある読み方が始まった。“本物の恐竜研究者”としてのプライドをかけ、“突っ込みどころ”を探してページをめくった。

「恐竜は実際に生きている姿を見ることがないということが障壁となり、生物学のほかの分野に比べると、不確実性が高いことは確かだ。ちょっとかっこよく、『恐竜学的不確実性』と名づけよう」という。生物学者としてのおごりだと思った。この本はラブレターじゃなかったのかと。サイエンスは、どの分野も不確実性に満ちている。確かに、現在生きている生物を研究している生物学者にとって、絶滅した恐竜を研究している古生物学はそう見えるかもしれない。しかし、他の分野の専門家からは、鳥類の生態学は非常に原始的で「不確実性」満載に見えるかもしれない。いや、きっとそうだろう。

このような評価は相対的であり、自らの分野の素晴らしさを誇示するのは、恐竜に対する嫉妬心からに違いないと確信した。まあ、「愛」と「憎悪」はもともと表裏一体なのかもしれない。

さらにページを進めていくと、「恐竜化石を研究して何の役に立つのだろうか」と問いかけてきた。それは言いっこなしでしょうと思わず声を出してしまった。科学の多くは、すぐに活用できない。興味の探求による将来への投資であると感じるべきだし、医学のように、私たちに直接関係する学問は非常に少ない。「すぐに役立たないんだから、必要ない」という考えを持っている者が、ノーベル賞を取るのは難しいだろう。ま、恐竜をどんなに研究してもノーベル賞は取れないが。

仕舞いには、「鳥は恐竜ではなく、恐竜は鳥である」ときたもんだ。これには、怒りというよりも完全にラブレターの「ラブ」を感じた。愛情そのものであると。まさに、彼が抱いてきた恐竜に対する憧れが、この言葉を生み出したのだろう。

私たち恐竜を研究している者は、決して鳥類だけを見ているわけではない。絶滅した恐竜の祖先系がワニ類で、末裔が鳥類なので、恐竜の姿形や行動を推測するために、ワニ類と鳥類の両方を見比べる。

私たち人間に置き換えて、話をしてみよう。「祖先系」の親が黒髪で、「末裔」の子も黒髪なら、その間に挟まれている「私」も黒髪であろう。同じように、「祖先系」の親が長身で、「末裔」の子も長身なら、その間に挟まれている「私」が長身の可能性は高い。もちろん、遺伝のいたずらや育つ生活環境によって、「黒髪」でも「長身」でもない「私」が存在するかもしれないが、多くの場合、その間に挟まれる「私」の姿は、「親」と「子」の共通部分を共有している。

一方、「祖先系」の親が黒髪で、「末裔」の子が茶髪なら、その間にいる私の髪の色は何色だろうか。ちなみに、子供は髪を染めていたなんてつまらない回答はやめてほしい。そう言った類のナゾナゾではない。この場合の髪の色は、染めた色ではなく、生まれ持った色のことだ。

皆さんもご存知の通り、ワニ類は気温に体温が左右される「外温動物」で、鳥類は左右されない「内温動物」である。では、ワニ類と鳥類の間に挟まれている恐竜は、どちらなのだろうか。それを考えはじめただけでワクワクしないだろうか。

つまり、恐竜はワニ類(爬虫類)から鳥類への大進化の途中にいるというところが、恐竜研究の醍醐味なのだ。この醍醐味は、恐竜研究者だけではなく、ワニ類の研究者も鳥類の研究者も感じているはずだ。それを著者は、「恐竜は鳥である」という一言によって、ワニ類の研究者から恐竜を奪われないように、「恐竜は私たちのものよ!」と主張しているように感じた。

そう、ワニ類と鳥類の間をフラフラと行ったり来たりしているアイドル的な存在である恐竜を、ワニ類学者と鳥類学者の間で必死に取り合っているというのが現状と言わざるを得ない。これまでワニ類から特別なラブコールはないから、この「ラブレター」で、ワニ類の研究者よりも一歩リードといったところだろう。

著者のラブコールの極みが、「白い恐竜」「ティラノサウルス100頭で、日本全土の害虫駆除は完了」「恐竜の獣道」だ。鳥類学者の、恐竜への妄想が始まったのだ。鳥類は、ワニ類よりもコミュニケーション能力が高いためか、鳥類学者である著者のラブコールや求愛ダンスに恐竜研究者の私の心が揺らいでいく。妄想という名の、説得力のある推測で、ラブコールを畳みかけてくる。私たち恐竜研究者にはできない技である。ページを読み重ねるごとに、まるで洗脳されていくかのように、私の心が奪われていく。

最初は恐竜人気に便乗した「恐竜ビジネス」で乗り込んできた輩の本だと思っていたのに、「鳥は恐竜」ではなく、「恐竜は鳥」なのではないかという錯覚に陥っていく。著者の着眼点には驚かされつつ、ここから革命的な研究が生まれるのではないかとさえ思ってしまう。恐竜学者である私は、そもそもワニが大好きなのだが、少しずつ鳥類の方がいいのではないかとさえ感じ始める。その衝動を抑えるために、タイトルの「無謀にも」という言葉を思い出す。この著者は恐ろしい人だ。こうやって恐竜学者の心を奪っていくのだ。

本も終わりに近づき、「ネズミが転ぶと、トカゲが笑う」を読み始めた時、ああ、これはあくまでも鳥類学者が恐竜について無謀に語っている本だったのだと、目が覚める。金星人がやってきて哺乳類が滅ぶ。そして、カエルやトカゲ、ヘビ、昆虫といった動物が巨大化するというところで、どこかで味わったことのある「胡散臭さ」を感じ、一気に現実に引き戻される。

本当に危なかった。巧みな文章によって、「川上ワールド」にどっぷりとハマり、まるで一緒にダンスを踊っているように、軽快なステップを踏んでいた。危うくそのまま私は、「恐竜は鳥なのだ!」と叫び出すところだった。あともう一歩というところで踏みとどまり、正気に戻ることができた。

本書は、恐竜へのラブレターとしては完成度が高かった。しかし、残念ながら私を落とすことはできなかった。最初のラブレターとしては悪くない。あと、2、3冊ほどラブレターを書いていただこう。そして、ロマンチックなプロポーズを待つこととしよう。

追伸 ワニ業界の方、ラブレターお待ちしております。

(2018年4月 北海道大学総合博物館准教授) 

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