『消された信仰「最後のかくれキリシタン」-長崎・生月島の人々』世界遺産から黙殺された人々

首藤 淳哉2018年07月05日 印刷向け表示
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消された信仰: 「最後のかくれキリシタン」--長崎・生月島の人々
作者:広野 真嗣
出版社:小学館
発売日:2018-05-30
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ユネスコの世界遺産委員会で、日本の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されることが決まった。国内では22番目の登録遺産となる。

この「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、長崎から熊本にまたがる12の構成遺産からなり、その中には、現存する国内最古のキリスト教関連建築物で国宝の大浦天主堂(長崎市)なども含まれる。

一時の熱狂的なブームは去ったとはいえ、世界遺産への登録実現は、観光客を呼びたい地方自治体にとっては悲願だろう。今回も2015年の申請では登録に至らず、資料の内容を修正した上で再挑戦し、登録へとこぎつけた。

実はこの再挑戦の過程で、不可解な修正がなされていたことはあまり知られていない。第24回小学館ノンフィクション大賞受賞作『消された信仰 「最後のかくれキリシタン」-長崎・生月島の人々』は、冒頭でいきなりこの謎を提示し、読者を一気に歴史ミステリーの世界へと引き込む。

修正されていたのは、構成遺産のひとつ、「平戸の聖地と集落」に関する記述だ。
2014年に長崎県が作成したパンフレットでは、次のように説明されていた。
(太線部に注目)

「平戸地方の潜伏キリシタンの子孫の多くは禁教政策が撤廃されてからも、先祖から伝わる独自の信仰習俗を継承していきました。その伝統は、いわゆる<かくれキリシタン>によって今なお大切に守られています

次に2017年に作り直されたパンフレットの記述をみてみよう。

「キリシタンの殉教地を聖地とすることにより、自らのかたちで信仰をひそかに続けた潜伏キリシタンの集落である。(中略、禁教の)解禁後もカトリックに復帰することはなく、禁教期以来の信仰形態を維持し続けたが、現在ではほぼ消滅している

「今なお大切に守られている」ものが、3年後の資料では、「現在ではほぼ消滅している」と正反対の表現に変えられているのだ。実に奇妙な話である。

この修正の謎を解く鍵となるのが、生月島(いきつきしま)だ。

東シナ海に浮かぶ生月島は、人口約6000人の小さな島で、九州本島からは平戸島を介して橋でつながっており、陸路で渡ることができる。

この生月島は、「かくれキリシタン」の組織的な信仰がかろうじて残る最後のエリアだ。にもかかわらず、なぜかその信仰は、「ほぼ消滅」したことにされているのである。

ここで、この本の書影を見ていただきたい。
ちょんまげ姿の侍らしき人物が描かれた不思議な画が目にとまるはずだ。
実はこの画は、生月島に伝わる「洗礼者ヨハネ」と題された聖画である。
ヨハネは、荒野を流れるヨルダン川で若きイエスに洗礼を授けたとされる人物だが、生月島のヨハネは、新約聖書が伝えるその風貌とは著しくかけ離れている。

世間に広く流布する「かくれキリシタン」のイメージをつくったのは、遠藤周作の小説『沈黙』だろう。江戸幕府の禁教下で、信仰を棄てろと迫られてもなお、それを拒んだ人々というイメージである。もちろん当時多くの殉教者がいたのも事実だが、この生月に伝わる「洗礼者ヨハネ」は、そうした凄惨な歴史とはまた違った、どこか素朴で、長閑な雰囲気を漂わせている。

この画に象徴されるように、生月の信仰は独特だ。たとえば「土用中寄り」という行事は、信者が「御前様」と呼ぶ家屋の奥に座する御神体の聖画を虫干しするというもの。“土用”という旧暦がもとになっている上に、“土用干し”という全国各地の農村に伝わる風習が、長い年月の間にキリシタンの儀式と一体化している。

「かくれキリシタン」の末裔でありながら、その信仰の形態は、カトリックとは似ても似つかないものになっている。だからだろう、専門家の中には、「かくれキリシタン」の名称を、“カタカナ表記”に改めるべきだという人もいる。

日本のキリシタン研究の泰斗である長崎純心大学の宮崎賢太郎教授は、江戸の禁教期の「潜伏キリシタン」と、明治期以降の「カクレキリシタン」を分けるべきだと主張している。

日本のカトリック史には、「キリシタン復活」や「浦上四番崩れ」といった歴史的転換点があった。詳細は本書をお読みいただきたいが、簡単にいえば、明治期にそれまで隠れていた信者たちが表に出てくることができるようになったのだ。だが、もう隠れる必要がなくなったにもかかわらず、仏教や神道、それに祟り信仰などの民間習俗と渾然一体となった独特の信仰を続ける人々がいた。その人々は従来のキリシタンとは切り離し、“カクレキリシタン”と表記すべきではないか、というわけだ。実際、宮崎氏の著作では、「もう隠れていない」「純粋なキリスト教ではない」という点が強調されている。

だが、宗教に「純粋である/純粋でない」という線引きを持ち込むことは果たして妥当なのだろうか? 信仰に純粋さを求めることが、歴史上さまざまな悲劇を生んできたのではなかったか。

本書の中で著者は、遠藤周作の忘れられた文章を発掘している。
生月の信徒を写した写真集『かくれ切支丹』(1980年)の巻頭エッセイの中で、遠藤は思いがけず激しい言葉を使っている。「かくれ切支丹は過ぎ去った時代のある残骸にしか過ぎぬ」「一般の人々には古い農具を見る以上の価値もない」

「古い農具」という言葉から感じるのは、近代人の目線だ。遠藤は近代の視点から前近代的な信仰を守り続けている人々を一方的に断罪しているのではないか。

とはいえ、明治に復活を遂げた潜伏キリシタンの流れを汲む人々の気持ちもわからなくはない。なにしろ宣教師が不在の250年もの間、密かに信仰を守り続けた人々がいたという事実は、バチカンにも衝撃を与えたほどなのだ(ローマ・カトリック教会では「信徒発見」と呼ばれる)。そのあまりに劇的なストーリーからすれば、生月の独特の信仰は、いささか不都合なものだったのかもしれない。

だが、暮らしに溶け込んだ生月の人々の信仰が、私たちの心に訴えかける力を持っているのも事実だ。ある神父が著者に述べた、「彼らの方が、教会が置き忘れてきたものを持っているかもしれない」という言葉が胸に響く。

聖人ザビエルの渡日400年となる1949年、日本はかつてない熱狂に包まれた。
ローマ教皇特使として、教皇に次ぐ地位にあるギルロイ枢機卿が来日したのだ。実は枢機卿はこの時、教皇ピウス12世の親書を携えており、生月の信者代表らと面会し、信仰組織全体で改宗するよう諭したとされる。だが、生月の人々は、たとえカトリックの最高幹部を前にしても、自分たちの信仰を変えなかったという。ちなみに、この面会の事実は、公式記録からは消されている。

著者は、この謁見の場に臨席していたという老人の親族から、その最期を聞き取っている。老人が亡くなった時、その右手は、まるで十字を切った後のように、親指が胸の上に立てられていたという。

彼はきっと自らが信じていた「パライゾ」へと旅立ったのだ。なんと幸せな人生だろう。

本書はスリリングな歴史の謎解きの中で、「信仰とは何か」を問いかける良書だ。
この夏、彼の地を旅してみたいという人は、ぜひ本書を携え出掛けてほしい。 

カクレキリシタン 現代に生きる民俗信仰 (角川ソフィア文庫)
作者:宮崎 賢太郎
出版社:KADOKAWA
発売日:2018-02-24
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