『悩めるローマ法王 フランシスコの改革』バチカンでいま何が起きているのか

首藤 淳哉2019年11月20日 印刷向け表示
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悩めるローマ法王 フランシスコの改革 (中公新書ラクレ)
作者:秦野 るり子
出版社:中央公論新社
発売日:2019-10-08
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ローマ法王が38年ぶりに来日する。
滞在中は広島と長崎の訪問や、東日本大震災の被災者との面会などが予定されている。前回ヨハネ・パウロ2世が来日した時は、初めてローマ法王が日本を訪れたとあって、各地で熱狂的に迎えられた。今回はどうなるだろう。個人的に気になっているのは、東京ドームで行われるミサである。何か荘厳な雰囲気を出すための演出はあるのだろうか。いまから気になって仕方がない。

新しい法王が誕生した時のことをおぼえている人も多いかもしれない。
2013年3月13日、午後7時6分、バチカンのサン・ピエトロ広場を埋め尽くした人々が、システィナ礼拝堂の煙突から白い煙が上がるのを見て歓声をあげた。新法王の選出会議コンクラーベで、新しい法王が選ばれたという知らせである。ちなみにコンクラーベ(どうしても“根比べ”と脳内変換してしまう)の結果を煙で知らせる慣習は18世紀からというから意外と新しい。

新法王に選ばれたのは、アルゼンチンのブエノスアイレス大司教だったホルヘ・マリオ・ベルゴリオ。彼は266代目の法王、フランシスコとなった。

フランシスコ法王就任以来のあれこれがいかに異例ずくめだったか、また現在のバチカンがどれだけ混乱しているかなどを知るために、ぜひ本書の一読をオススメしたい。本の面白さはいろいろな角度から語ることができるが、本書の面白さは、書いてあることが「知らないことばかり」ということに尽きる。バチカンはなんと面白い場所だろう。崇高な使命をおびて集いし人々の間で、欲にまみれた争いごとが起きる。実に人間くさい空間なのだ。

フランシスコ法王は1936年12月17日、イタリア移民の長男としてアルゼンチンの首都、ブエノスアイレスに生まれた。現在82歳。2000年の歴史の中で、中南米出身の法王は初めて。またフランシスコはイエズス会の修道士でもあるが、イエズス会出身者が法王になるのも初めてである。本書によれば、法王名にフランシスコを選んだのも異例だという。イエズス会ではなく、アッシジの聖フランチェスコとして知られるフランシスコ修道会の創始者からとった名前だからだ。

どうやらこれにはフランシスコ法王の過去も影響しているらしい。
フランシスコがイエズス会アルゼンチン管区長だった時代は、ペロン大統領の失脚と軍事クーデターで国内は混乱の極みにあった。フランシスコはその後、イエズス会士が軍部に拉致され拷問された事件で軍事政権に協力的だったとデマを流されるなどして、イエズス会内部で失脚させられている。この時の傷が生々しいのか、大司教に就任してからバチカンをたびたび訪れる機会があったものの、ローマのイエズス会本部には一切足を踏み入れなかったという。本書は、他の修道会の創始者の名前をとったのは、イエズス会への屈折した思いからではないかと示唆している。

そのキャリアのほとんどをアルゼンチンで過ごしてきたのも、法王としては異例だ。ローマで学んだこともなければ、法王庁に常駐していたこともない。ヨハネ・パウロ2世は、ローマ法王庁立の大学で学んでいたし、前任のベネディクト16世は権威ある教理省の長官だった。彼らに比べると、フランシスコは非エリートである。

このエリートではない庶民的な親しみやすさから、フランシスコは就任早々、人々の心をつかんだ。法王宮殿でなく中堅クラスの職員が住むアパートで暮らし、復活祭ではローマ市内の少年院に出向き、法王としては初めてイスラム教徒の女性の足を洗って人々を驚かせた。国際政治の舞台でも新法王は存在感を示している。中南米出身であることを生かし、アメリカとキューバとの間で仲介役を果たしてみせた。

ところがここへ来て、フランシスコ法王の人気に陰りが見られるという。
それにはバチカンが置かれている危機的な状況がおおいに関係している。
「性的虐待」の問題だ。

2015年のアカデミー賞作品賞と脚本賞を受賞した映画『スポットライト』を観た人も多いだろう。ボストンで長年にわたり行われてきた神父による性的虐待を、ボストン・グローブ紙が調査報道によって明らかにしていく過程を描いた傑作である。教会は性的虐待の事実を知りながら、加害者の神父を別の教区に移動させるなどして組織的に隠蔽していた(移動先で加害神父は犯行を重ねさらに犠牲者を増やした)。2002年に紙面を飾ったこの調査報道はピュリッツァー賞を受賞している。読売新聞のローマ特派員だった著者も当時この報道を受けてバチカンの動きを報じたが、日本の神父の中には「記事は嘘っぱちだ」と吹聴する者もいたという。愚かな話である。

この問題は法王就任前からのものではあるが、フランシスコ法王にも逆風が吹いている。もっとも衝撃的だったのは、バチカンの機構改革に着手した法王が登用した、G8と呼ばれる最側近のひとり、オーストラリアのジョージ・ペル枢機卿が、母国オーストラリアで未成年者への性的虐待を行った容疑で訴えられたことだ。ペル枢機卿は一審で禁固6年の実刑判決を受け収監されてしまった。この他にも性的虐待に関するさまざまな不都合な事実が明るみに出ている。世界各地でこれだけ声があがっているのをみると、問題の根は相当に深い。教会の存続にも関わる非常事態だろう。

離婚や同性愛、女性の司祭を認めるかどうかなど、カトリック教会に突きつけられている課題は多い。それらの問題にも本書は多くのページを割いている。宗教のすべてを近代的合理主義や市民の論理でとらえるのは無理があるという意見もあるかもしれない。だが、だからといって因習に縛られたままでは、新しい信者の獲得は難しくなってしまうだろう。

世界宗教であるカトリック教会は、いま岐路に立っている。
フランシスコ法王が来日するのはそんなタイミングなのだ。
38年ぶりの来日をただワイドショー的に消費してしまうのはもったいない。
この機会にぜひ本書で理解を深めてほしい。

ローマ法王 (角川ソフィア文庫)
作者:竹下 節子
出版社:KADOKAWA
発売日:2019-10-24
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ローマ法王がいかに現代社会に大きな影響力を持っているかを教えてくれる。
近代オリンピックも、冷戦の終結も、実現させたのは法王とカトリックのネットワークだった。
 

バチカン株式会社―金融市場を動かす神の汚れた手
作者:ジャンルイージ・ヌッツイ 著 翻訳:竹下・ルッジェリ・アンナ 監訳 花本知子・鈴木真由美 訳
出版社:柏書房
発売日:2010-09-24
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フォーブス誌にかつて「世界で最も透明性の低い銀行」と名指しされたバチカン銀行の実態を、機密文書をもとに描いたノンフィクション。コッポラの『ゴッドファーザー』パート3では、マフィアをカネで翻弄するバチカンが描かれたが、それを彷彿とさせる。現実は「清貧」とは程遠い。
 

消された信仰: 「最後のかくれキリシタン」--長崎・生月島の人々
作者:広野 真嗣
出版社:小学館
発売日:2018-05-30
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キリスト教各派にとって日本での布教は挑戦である。キリスト教徒の数が全人口の1%程度だからだ。そんな中、カトリックの歴史の中で、1865年は画期的な年として記憶されている。この年の3月17日、創建されたばかりの大浦天主堂を、15人ほどの農民の一行が訪れた。そのうちのひとりの女性が、ベルナール・プティジャン神父に近づき、耳元でこうささやいた。
「ワレラノムネ、アナタノムネトオナジ」
弾圧で250年もの間、宣教師が不在だった日本に、秘かに信仰を守り続けていた日本人がいたことをバチカンが知った瞬間である。この劇的な出来事は、ローマ・カトリック教会では「信徒発見」と呼ばれている。

この本は、長崎にキリスト教と土着の文化が融合した独特の信仰があったことを教えてくれる。「習合」は日本文化のキーワードかもしれない。
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