『美味しい進化 食べ物と人類はどう進化してきたか』 編集部解説

インターシフト2019年11月21日 印刷向け表示
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美味しい進化: 食べ物と人類はどう進化してきたか
作者:ジョナサン・シルバータウン 翻訳:熊井ひろ美
出版社:インターシフト (合同出版)
発売日:2019-11-20
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進化を食べる

日頃からなじみのある食べ物でも、進化のレンズをとおして見ると、思いがけない事実が浮かび上がってくる。たとえば、パンケーキ(ホットケーキ)……おもな材料は、卵・小麦粉・ミルクだ。これらの共通点はなんだろう? その答えはすべて生命進化の大いなる分岐点にあることだ。

「卵」は、もともと海から陸へと移った両生類が発明したものだが、ぷにゅぷにゅしたゼリー状で、これでは空気中で乾燥を防げない。だから、水中で産むしかなかった。ところが、やがて胚を羊水で満たし包む羊膜がつくられ、さらに硬い殻でおおわれるようになる。こうして、爬虫類や鳥類のように、陸上で安心して産めるかたちになった。

小麦粉の元となる「種子」も、羊膜の起源と驚くほど似ている。種子植物の祖先は、卵子と精子が出会うために、シダやコケのように湿潤な環境が必要だった。それがやがて、乾燥を防いで養分たっぷりのパッケージで胚をくるむ、という種子への大変革が起こるのだ。

最後の「ミルク(母乳)」はもちろん、われらが哺乳類が進化してきた原動力だ。つまり卵・種子・ミルクは、どれも生命を守り育てるために欠かせない決定的な要素にほかならない。あのパンケーキの中に、生命進化の素がたっぷり詰まっているわけである。

こうして見ると、日々の食事は、「進化を食べる」ことでもあると気づく。しかも、
さまざまな食べ物は進化の産物であるだけではなく、長い歴史のなかで人間が選択・改良し進化させてきた賜物でもある。

そして、私たち自身も食べ物によって、脳や遺伝子が変わっている。人類が食べ物を変え、食べ物が人類を変えたーー本書はそんな壮大な進化の物語を、料理の起源から未来の食べ物まで、知的栄養に富んだディナーとともに供してくれる。

食べ物が人類の遺伝子を変えた

料理の起源は、最近の研究ではなんと200万年以上もさかのぼるかもしれない。その根拠はMYH16というアゴの骨の筋肉を強くする遺伝子が、その頃ヒトの系統から消えていることだ。すでに料理をしていて、力強いアゴの筋肉は不要になったというわけだ。考古学的な証拠によっても、250万年前のエチオピアでヒト族が大型動物の内臓を石器で抜き、肉を切り分けた跡が残っている(ただし、火を使ったという証拠ではない)。

一方、人類が最初に栽培化した作物は、コムギの一種(エンマーコムギ)だったらしい。いまではコムギの品種は何十万もあるが、その大半はパンなどの原料となるパンコムギで世界中に広がっている。この並外れた汎用性は、パンコムギの巨大なゲノム(染色体が3セットあり、人間のゲノムより5倍も大きい)に由来する。こうした遺伝的多様性を利用して、私たちは品種を増やし各地の環境に適応させてきたわけだ。

パンやコメなどのデンプン豊富な穀物による食事は、ヒトの遺伝子を変えている。デンプンを分解して糖にする唾液中のα-アミラーゼ酵素の遺伝子のコピー数は、より穀物を食べる地域の人びとのほうが多いのだ。驚くことに人類の友であるイヌも、消化器系にあるアミラーゼ酵素の遺伝子のコピー数が祖先のオオカミよりぐんと増えている。

味覚の好みを決める遺伝子

味覚の好みにも、進化は大いに関係している。味覚のセンサーである受容体には、 「T1Rファミリー」と呼ばれるタンパク質群が関わっていることがわかってきた。動物による味覚の違いも、T1Rタンパク質を作る遺伝子の働きで理解できる。

たとえば、ネコが甘味を感じにくかったり、パンダがうま味を感じないのは、進化によってこれらの遺伝子が働かない亡霊(偽遺伝子)になってしまったからだ。興味深いのは、苦味を感じない人が、世界で3人に1人ほどもいることだ。これにも遺伝子が関わっているが、その理由として苦い青野菜などをより多く食べられることが進化的に役立ってきたから、などと説明されている。

辛いトウガラシの実を哺乳類は受け付けないが、鳥は激辛でも感じない。これは鳥が実を食べて種をまいてくれるためだ。植物は天敵から身を守るために、こうした防御機能を進化させてきた。ハーブやスパイスの香りも、植物が防衛のために生み出した化学物質にほかならない。

面白いのは、わずかな遺伝子の違いだけでも、香りが変わることだ。たとえば、ペパーミントとスペアミントの香りは、鉄道線路のポイントを切り替えるレバーのように、1つの遺伝子の働きによって決まる微妙な違いなのだ。また香りは環境によっても異なり、同じローズマリーでも、フランスとギリシャでは芳香成分が変わっている。

ちなみにトウガラシを「熱く」感じ、ミントがひんやりと「冷たく」感じられるのは、まさに熱さや冷たさの温度を感じる受容体が反応するからにほかならない。それにしても本来、植物の武器である有毒な香りに人が魅せられるのは、まさに進化の複雑さや皮肉さを表している。

食べ過ぎ監視役の目をすり抜けるマント

体に良くないとわかっていながら、デザートをつい食べ過ぎてしまうのも、進化の皮肉かもしれない。デザートの主な材料は、炭水化物(糖質)と脂肪で、どちらも純粋なエネルギー源であり、私たちは専門の味覚受容体まで備えている。糖のうちブドウ糖はあらゆる生き物の動力源となる万能燃料だが、気をつけたいのは果糖のほうだ。

ブドウ糖よりも2倍も甘くはるかに危険で、多くの植物はこの糖を果実に加えて、人間を含む動物を強力に引きつける。果糖はブドウ糖と同じカロリーにもかかわらず、体が糖のように認識しない。胃の中の満腹センサーに気づかれないだけでなく、燃料の経済性を管理する身体のほかのメカニズムにとっても見えない存在なのだ。食べ過ぎ監視役の目をすり抜けるマントをかぶっているわけで、だからこそ果糖入り食材があふれる現代ではつい過剰摂取しまう。

微生物と毒

人間が育てた最も人工的な食べ物は、チーズに違いない。チーズは何十種類もの細菌・真菌などで作られた微小生態系であり、マイクロバイオームだ。チーズの風味や香りは、スターター乳酸菌(SLAB)をはじめ、多くの微生物の協力(相利共生)によって生み出される。

チーズの中には競争もあって、たとえばスターター乳酸菌として知られるラクトコックス・ラクティスは、ほかの細菌に有害なタンパク質を作りもする。ところが、この毒性は腐敗菌も防いでくれるので、結果としてチーズの微生物群の安定に役立っている。ほかにもさまざまな複雑な関係が、チーズの美味しさを醸し出す。

微生物が絡む毒ということでは、飲んべえが身をもって知るエタノール(酒のアルコール成分)を忘れてはいけない。エタノールは、酵母によるアルコール発酵によって作られる。その起源はなんと地上に顕花植物が現れ、果実の糖を醸造酵母の祖先がエタノールに変える能力を進化させたときにまでさかのぼる。

この祖先はエタノールを武器にして、ライバルとなる酵母や細菌を防いでいたらしい。出生からして毒なのだ。とはいえ、果実(熟してアルコールを含んだ果実も)を食べていたヒトの祖先は、エタノールに対する耐性を進化させてきた。だから飲んべえも増えるわけだが、お酒に強いかどうかも、この耐性をもたらす酵素(アルコール脱水素酵素:ADH)の遺伝子が関わっている。

エタノールは、ADHによって分解され、悪酔いや頭痛の原因である有毒なアセトアルデヒドになる。少しお酒を飲んだだけでもすぐ赤くなってしまう人は、低濃度のエタノールで働くADHの遺伝子を持っていて、不快なアセトアルデヒドも急増するため、飲み過ぎることもない。なお、人間の持つADHバージョン(変異したADH4)はゴリラなどの霊長類にもあり、1300万年前〜2100万年前頃に登場したらしい。アルコール好きの起源は、霊長類の進化とともにあり、実に根が深いのだ。

ワイン醸造で主役を務める酵母は、サッカロミュケス・ケレウィシアエと呼ばれるが、日本酒もこれの地元種で造られる。この酒好きの酵母は、醸造環境のなかで、ほかの酵母の遺伝子を水平伝達によって獲得するなどして、発酵に大いに貢献している。酵母たちの独自の進化なしには、美味しいお酒もまた生まれないのだ。

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