『人類の意識を変えた20世紀 アインシュタインからスーパーマリオ、ポストモダンまで』 編集部解説

インターシフト2019年09月05日 印刷向け表示
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人類の意識を変えた20世紀: アインシュタインからスーパーマリオ、ポストモダンまで
作者:ジョン・ヒッグス 翻訳:梶山あゆみ
出版社:インターシフト (合同出版)
発売日:2019-09-05
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世界のヘソが消えた

歴史が未来を映し出す鏡であるなら、20世紀は私たちに何を見せてくれるだろう? 本書はとくに人類の意識・精神が、この激動の世紀にどのように変容したのかを描き出す。

かつてない破壊と解放をもたらした20世紀ーー科学・アート・文化などを横断しつつ、知られざる歴史の分岐や小径も見逃さない旅。ロックミュージックやビデオゲーム、SFや魔術思想などが、経済や政治の大きな転機とともに浮かび上がるだろう。

さて、20世紀初頭の大変動から、旅は始まる。当時、世界には秩序・体系のヘソ(軸)となる「オンパロス」の権威が残っていた。たとえば19世紀末、アナーキストのブルダンが世界の標準時を定めるグリニッジ王立天文台の爆破を試みたように。

ところが、科学ではアインシュタインが「相対性理論」を発表し、ニュートンによる絶対的な時空間の支配をひっくり返す。時空は観測者の運動状態などによって伸び縮みする相対的なものとなったのだ。

アートでも同様のできごとが進む。既存の枠組みを問い直し、一つの絶対的な視点ではなく、複数の多角的な視点から事物を捉えるような「モダニズム」の流れが現れる。デュシャンによる概念芸術、割れた視点のキュビスム、あるいは映画のモンタージュ、ジョイスらの文学や、シェーンベルクらの無調音楽。

確固たる軸・視点が失われる一方で、より高次の枠組みを求める革新的な試みが続く。それにしても、デュシャンに先立ち『泉』のアイデアを実現していたらしいエルザ男爵夫人の生き様そのものが、まさにモダンである。

政治・社会は、どうだろうか? 20世紀初頭にはまだ権勢を保っていた帝国は、第一次世界大戦後にほとんど姿を消す。皇帝・君主を戴く帝国は、階層秩序に基づく支配体制だった。しかし、テクノロジーの進展による戦争の工業化が、人間性を奪い取る大量殺戮をもたらした焼け跡で、「王」の首は飛んだ。

民主主義による複数の視点、個人の手へと権力は分散されたのだ。
 

無意識によって揺れ動く 

個人の権利と自由を尊重する「個人主義」は、2人の強力な導き手を得る。アレイスター・クロウリーとアイン・ランドである。

日本ではそれほど知られていないが、20世紀の精神に大きな影響を与えた。クロウリーは魔術思想家であり、その教えの核心は「汝の意志することをなせ」。さらに「自由を邪魔する者を殺す権利を持つ」とまで説く。

世界で最も邪悪な男と呼ばれたが、キリスト教的な倫理観・父なる神や父権主義が持つ服従感を吹っ飛ばす破壊力(道教やニーチェ哲学、魔術を取り合わせたような)は、ロックミュージックやカウンターカルチャーに麻薬のように取り込まれていった。

一方のアイン・ランドは、ロシア生まれのアメリカの作家。自己の幸福を求める「利己主義の美徳」を掲げ、レーガン元大統領やアラン・グリーンスパンも信奉者だった(驚くことではないが、ドナルド・トランプも然り)。

個人の力が台頭する一方で、人間の心の世界への探究も深まっていく。フロイトは私たちの意識の底に、不可解な「無意識」が潜んでいることを明かした。その影響を強く受けたシュルレアリスムは、不合理な夢のような世界を表現していく。また、マスメディアは大衆の無意識を操る術を磨いていった。

解き放たれた個人や集団は、けっして合理的で理性的な者などではなかった。無意識によって揺れ動く危うく不確かな存在だったのだ。

究極の孤独

この世界の確かさの土台として、数学や物理ほど強固さが求められるものはない。1+1=2でなかったり、カップに注いでいる紅茶が逆流したりしたら、私たちの日常は成り立たなくなってしまう。ところが、数学も物理もその根元はぐらぐらであることが暴かれる。

数学の土台はラッセルのパラドックスやゲーデルの不完全性定理によって、論理的な矛盾を持つことが証される。物質の根源は、量子物理学によって、きまぐれで不確定な摩訶不思議ワールドであることが分かった。私たちが自覚している「世界」は、広大で不可知な領域に囲まれた小さな泡に過ぎなかったのだ。

神もなく、理性にも信を置けない世界は、アウシュヴィッツとヒロシマによって底が抜けた。そんな世界で、いったい人間の生にどのような意味がある? 

アレグザンダー・トロッキはヘロインを常習しつつ究極の孤独を描き出し、サルトルの『嘔吐』の主人公はマロニエの根に接して不条理な「剥き出しの存在」に覚醒する(刊行は戦前だが戦後に熱烈に支持)。ベケットの戯曲では、二人の浮浪者の男が会ったこともないゴドーをいつまでも待ち続ける。

こうした虚無的な色合いの濃いヨーロッパの作家たちとは異なり、アメリカではビート・ジェネレーションの作家たちが東洋的な神秘主義を加味した作品を発表していた。小さな自己が、内なる大きななにものかとつながる境地(悟り・至福)が語られているのだ。それは個人主義がもたらす孤立や虚無を避けながら、いかに人間の自由を保つかという模索の道でもあった。
 

ティーンエイジャーと新自由主義は踊る

自由を求める抑圧からの解放は、性的解放にも結びつく。ブニュエルの映画『黄金時代』は、女性の性的欲望をあからさまに描いて一大スキャンダルを巻き起こした。もっとも、開かれていく性意識が、そのまま女性の性的解放をもたらしたわけではない。

女性の抑圧を解くには根強くはびこる差別・偏見を突き崩さねばならなかった。マリー・ストープス(古植物学者で、女性の性的充足・避妊を奨励)、ベティ・フリーダン(『新しい女性の創造』の著者)、ジャーメイン・グリア(大ベストセラー『去勢された女』の著者)などなどの奮闘や影響力なしに、女性解放は成し得なかった。そして、今日でもその闘いは続いている。
 
セックス、ドラッグ、ロックンロール……ティーンエイジャーを陶酔させる熱源であり、「ワッボップ・ルモッパ・ロッバンバン!」なのだ。

「ティーンエイジャー」という言葉が生まれたのは40年代である。戦後のベビーブームによって、この年代の若者がぐんと増え、新たな文化の担い手となった。

世界的な好景気も始まり、個人の自由を愛する若者たちの黄金時代がやってくる。この子供でも大人でもないティーンエイジ文化は、20世紀後半を牽引する主流となっていく。一方でそれは大人の体制に反抗的だった若者たちが、消費社会・資本主義経済に絡め取られることも意味していた。

折しもサッチャーは、新自由主義的な経済政策を導入。福祉・公共サービスを抑え、規制緩和による市場競争、個人の自助努力を促した(サッチャリズム。ミック・ジャガーはサッチャーを称賛していた)。

こうした新自由主義はレーガンにも受け継がれ(レーガノミックス)、その後のグローバル資本主義へと雪崩れ込む。人間ならばサイコパスだと言える「法人」(会社)による熾烈な競争は、さまざまな問題を引き起こす。

ベビーブーマーの黄金期が去り、ミレニアル世代が生まれる頃には、貧富の格差が広がり「大分岐」が始まる。社会の持続可能性が問われ、もはや気候変動などの環境問題も無視できなくなった。

ポストモダンからデジタル・パノプティコンへ

普遍的な基準・真理を持たない相対性は、「ポストモダン」によって極まる。建築・思想・文学・アート・デザイン……多くの領域でブームとも呼べる潮流が起こるのだ。

スーパーマリオブラザーズも、この流れのなかに捉えられるだろう。また、「ニューエイジ」(洋の東西を問わずスピリチュアルな伝統・実践を混ぜ合わせた)は、ポストモダンの裏側にあった。

一元的な原理や二項対立を批判し、複数性や差異を唱えるポストモダン思想は、曖昧、難解、非科学的などという批判も招いてきた。「ソーカル事件」が、こうした批判を後押しする痛打となる。とはいえ、ポストモダン的なるものはすでに私たちの日常に浸透しており、その反動としての「確かさ戦争」や、「多モデル型不可知論」を含め、多くの課題を残したままだ。

そして、いよいよネットワーク・エイジがやってくる。インターネットは、ばらばらな個人をつなげるとともに、「他者」に対する感受性を変えた。たとえば、個人の情報・活動が瞬時にデータとなり見も知らぬアルゴリズムによって利用される「システム監視(あるいは「システムとの共生」)」。また、個人が他者の視線や評価・リアクションなどをつねに意識下に置く「フィードバック型自己」。これらは「デジタル・パノプティコン」の現代における「自己」の特色だ。

ネットワークは会ったこともない多くの人々を動かす強い力になると同時に、分かり合える者たちだけで籠もる小さな泡にもなる。こうした時代には、複数の視点をもつ実践的な「現実政治的(レアルポリティーク)な個人主義」が注目されるだろう。
 

人類は月へ行き、地球を見つけた

私たちの足元には、ばらけた個人の誰もに共通する土台がある。地球だ。人類は20世紀中半、その重力を振り切ろうとしていた。米ソ冷戦が、軍事利用向けの宇宙ロケットの開発競争をもたらしたのだ。ロケット科学を発展させた主役たちは、皆どこか変わっている。

固体燃料ロケットの草分けとなったジャック・パーソンズは、クロウリーに心酔し、黒ミサも執り行うオカルティストだった。アメリカ宇宙開発の父と呼ばれたフォン・ブラウンは、ナチス親衛隊少佐でV2ロケットの開発者だったが、渡米後にはディズニーの子ども向け番組で宇宙への夢を大衆に語った。ソ連の天才、コロリョフは強制収容所に入れられ死にかけたが、やがて復帰し、世界初の人工衛星や有人宇宙飛行などの快挙を成し遂げた。

しかし、人類の意識にとって決定的だったのは、有人月着陸を目指し実現したアポロ計画である。人類は初めて地球の軌道を離れ、宇宙へと飛び出した。そして、広大な漆黒の宇宙に浮かぶ、青く輝く儚げな故郷を発見するのだ。

地球は自己調節機能を持つ一個の生命体(ガイア仮説)だとしたのは、NASAにも勤務していた科学者ジェームズ・ラブロックと、共同研究者のリン・マーギュリスである。地球は途方もない複雑さを抱えながら、みずから安定した状態を生み出している。

ラブロックはNASAで地球の大気の変動などを研究していた。この大気の変動が極めて複雑なシステムであることを最初に発見したのは、気象学者エドワード・ローレンツだった。気象のパターンは初期値が少し変わるだけで、大きく違ってしまい予測不可能だ。まるで「蝶の羽ばたきが竜巻を起こす」かのようだが、これが「カオス」と呼ばれる現象である。

ところが、自然界で多く見られる不規則な変動(カオス)には、図形化してみるとある種の秩序が潜んでいることが分かってきた。部分と全体が互いに相似なこの図形は、マンデルブロによって研究され「フラクタル」と名づけられる。

自然は予測不能で複雑なカオスでありながら、美しい秩序を併せ持っているのだ。

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