時間とはいったいなんなのか?──『時間は存在しない』

冬木 糸一2019年09月05日 印刷向け表示
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時間は存在しない
作者:カルロ・ロヴェッリ 翻訳:冨永 星
出版社:NHK出版
発売日:2019-08-29
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時間は存在しない、といきなり言われても、いやそうは言ったってこうやって呼吸をしている間にもカチッカチッカチッと時計の針は動いているんだから──とつい否定したくなるが、これを言っているのは、一般相対性理論と量子力学を統合する、量子重力理論の専門家である、本職のちゃんとした(念押し)理論物理学者なのである。

名をカルロ・ロヴェッリ。彼が提唱者の一人である「ループ量子重力理論」の解説をした『すごい物理学講義』は日本でもよく売れているようだが、本書はそのループ量子重力理論から必然的に導き出せる帰結から、「時間は存在しない」ということをわかりやすく語る、時間についての一冊である。マハーバーラタやブッタ、シェイクスピア、『オイディプス王』など、神話から宗教、古典文学まで幅広いトピックを時間の比喩として織り込みながら、時間の──それも我々の直感に反する──物理学的な側面を説明してくれるのだが、これが、とにかくおもしろい!

物理学系のノンフィクションで関係ない文学やらの話を取り混ぜられると、「そんなんはいいから、はやく本題に入ってくれないかなあ」とイラついてしまうこともあるのだが、著者の場合それがあまりにたくみなので、気にならないどころか、時に表現それ自体に感嘆してしまうことさえあった。「とはいえ、そんな専門家の人が書いた本なら、さぞや難しいんでしょう?」と思うかもしれないが、本書には数式は一箇所しか出てこないので、どうぞ気軽に読み始めて欲しい。

ざっと紹介する。

本書は三部構成になっていて、第一部では現代物理学が時間についてどのような見解を持っているのか、といったおさらいを。第二部ではその前提をふまえ、量子重力理論はどのような世界像を作り上げるのか。第三部では、なぜこの世界には時間は存在しないのに、我々は時間を感じるのか? を仮説も交えながら大胆に描き出していく。この第三部は、著者の『第三部はもっとも難しく、それでいていちばん生き生きとしており、わたしたち自身と深く関わっている』という自画自賛通りのものだ。

なぜ我々は過去と未来を区別できるのか?

そもそも「時間は存在しない」ってどういうことなの? というのが多くの人の頭に疑問として浮かんでいることだろう。ただ、これを説明する前にある程度時間の基本的な法則を紹介せねばなるまい。たとえば、相対性理論にのっとれば、時間の流れは一様ではない。質量は周囲の時間を減速させるから、物凄い質量の周囲の時間は物凄く遅くなる。たとえばブラックホールの近くまで行ったら、凄い質量でめちゃくちゃ時間が遅くなるので、そこでの一瞬が他の場所での永遠のような時間に匹敵する。

これはブラックホールのような極端な事象を想定しなくても起こる。たとえば山の上と平地なら、平地の方が巨大な質量を持つ地球に近いので、時間はゆっくりと進む(人間には知覚できないレベルだが)。つまるところ、宇宙の至るところでそれぞれ異なる時間の流れがある。それとあわせて重要なのは、基本的な物理法則において、過去と未来は区別できないということだ。ハイゼンベルクやシュレディンガー、ディラックが導いた方程式の中は、同じ出来事をどちらにでも進めることができる。

よく、原因は結果に先んじるといわれるが、物理法則なるものによって表される規則性があり、異なる時間の出来事を結んでいるが、それらは未来と過去で対称だ。つまり、ミクロな記述では、いかなる意味でも過去と未来は違わない。

とはいえ、過去と未来を物理法則が区別できないのなら、我々にそれが存在するように見えるのはなぜなのだろう。それは、基本的な物理法則の中でも、熱力学については時間が関連してくるからだ。有名な熱力学の第二法則、熱は高温から低温に移動し、その逆は起こらないという法則によって、世界は一つの方向へと向かって流れ、その逆は起こらない。月にクレーターが残るように「過去の痕跡」がある一方で、「未来の痕跡」が存在しないのはエントロピー増大の過程が、不可逆だからである。

なぜ我々の世界はエントロピーが低い状態から始まったのか問題

なるほどねと、納得しかけるが、すぐに「なんで昔はエントロピーが低い状態だったの?」と次の疑問が沸いてくる。というのも、エントロピーが低い状態とは秩序だった状態ということだが、なぜこの宇宙は秩序だった状態で生まれてきたのだろう? 不思議な話である。これについての著者の見解はちょっとびっくりするものだ。

かれによると、エントロピーが存在するのは次のような理由になる。『エントロピーが、じつはお互いに異なっているのに、わたしたちのぼやけた視界ではその違いがわからないような配置の数〔状態数〕を表す量であることを証明したのだ。つまり、熱という概念やエントロピーという概念や過去のエントロピーのほうが低いという見方は、自然を近似的、統計的に記述したときにはじめて生じるものなのだ。』

これだけではおそらくわかりづらいので補足しよう。トランプ52枚が、前半分と後ろ半分で赤と黒で分かれていたならば、我々はそこに秩序を見出し、「エントロピーが低い」と感じる。それをシャッフルしたら秩序が失われ、「エントロピーが増大した」と感じる。でもこれは色に注目した場合だ。ハートとスペードが交互に連続していても、我々はそこに秩序を見出す。だが、それが「特別だ」と感じるのは特定のカードの性質に特別に注目し、我々がそのような統計的な認識を行うからだ。

世界をよりミクロな目でみると、特別さも統計的な粗雑さも消える。だから、著者はエントロピーは我々が世界を曖昧な形で記述するからこそ生まれ、昔を「エントロピーが低い状態だった」と感じるのは、我々が物理系として相互作用してきた変数の部分集合に関してのみの話なのではないか、と語るのである。『過去と未来が違うのは、ひとえにこの世界を見ているわたしたち自身の視界が曖昧だからである。』

そうやって事物のミクロな状況を観察すると過去と未来の違いは消えてしまうから、時間が過去から未来へ向かって流れているように見えるのは、結局のところは人間がそれを生み出しているからだ、といえる。とまあ、そんなところが第一部までの話である。第二部からは、「時間がない世界」をどう記述するのか? に分け入っていき、著者の主要な研究テーマであるループ量子重力理論がもたらす結論のひとつである、「世界は空間量子によって形作られている」ことを説明してみせる。

時間は存在しないって?

簡単に説明すると、ニュートンやアインシュタインはそれぞれの方法で時間と空間が入り交じる「時空」を想定したが、量子論を取り入れたループ量子重力理論では、分割不可能な最小単位である「空間量子」が連続することで、まるで時間や空間といった一つなぎのものが存在するかのように「見えるだけ」としているのである。

空間量子が空間を埋め尽くしているのではなく、空間量子それ自体が空間なのである。それらは時間の中に存在するのではなく、絶えず相互作用しあっていて、それこそがこの世界のあらゆる出来事を発生させている。『時間は、元来方向があるわけではなく一直線でもなく、さらにいえばアインシュタインが研究したなめらかで曲がった幾何学のなかで生じるわけでもない。量子は相互作用という振る舞いを通じて、その相互作用においてのみ、さらには相互作用の相手との関係に限って、姿を表す。』

おわりに

本書は第三部にいたり、丁寧にその存在しなさを証明されてきた時間を、我々はなぜどうしようもなく感じてしまうのか、といったことが極めて詩的に語られていくことになる。物理学的にもハードな(著者ならではの仮説がかなり混じった)語りなのだが、それと同調するようにして神話と古典からの引用も加速し、なにがなんだかよくわからないがとにかく異常なテンションの高さが持続していて、大きな物語を読んでいるような気分になる。時間に興味のあるすべての人に手にとって欲しい一冊だ。

すごい物理学講義
作者:カルロ ロヴェッリ 翻訳:竹内 薫
出版社:河出書房新社
発売日:2017-05-22
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