「性」を選んで生きるということ~桜木紫乃の『緋の河』、モデルは同郷のカルーセル麻紀だ

仲野 徹2019年09月04日 印刷向け表示
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緋の河
作者:桜木 紫乃
出版社:新潮社
発売日:2019-06-27
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パイオニアはすべからく苦悶するのだろう、「明日にならねば、開かぬ扉がある」と。『緋の河』は、ニューハーフの新時代を切り開いたカルーセル麻紀をモデルにした、直木賞作家・桜木紫乃による小説だ。

釧路に生まれた主人公・秀男は、女の子よりもずっと可愛いといわれる色白の子どもだった。だが、小学校でつけられたあだ名は「なりかけ」、女になりかけ、という意味である。

その時代の釧路は炭鉱と漁業とパルプ産業で賑わう町だった。色街もあり、秀男は偶然そこで出会ったお女郎さんのようにきれいになりたいと思う。そして、女の子よりも男の子に惹かれるようになっていく。

小学校時代には初恋をした。相手はもちろん男の子だ。中学校では、複数の体育会系男子を操りながら自分の身を守った。そして、高校1年生の時、生徒指導に嫌気がさして家出する。

その原資は、初恋の男を「買い戻す」ために貯めたお金。札幌でゲイボーイとして働き出すが、家出少年として連れ戻される。以後、紆余曲折を経て、大阪へと移り、「女より美しい男」として、芸能界へと羽ばたいていく。

桜木も同じく釧路の生まれである。ただ、世代はかなり下なので、花街が賑わいを見せていた釧路は知らないはずだ。しかし、その頃の釧路の街と、そこで必死に生きる人たちのことを実に生き生きと描き出している。タイムスリップしたかのように、冒頭から一気に物語へと引きずり込まれてしまう。

モデルがいてそのエピソードがちりばめられているとはいえ小説だ。「とことん汚く書いて」と、カルーセル麻紀は桜木に言ったという。しかし、汚いというような印象はうけない。

かといってきれい事ではない。自分の望みが受け入れられない時代と場所において、自分の力で、本当の意味で自分らしく生き抜く人生というのは、壮絶な物語にならざるをえない。

カルーセル麻紀が外国で性転換手術(現在の正しい呼び方は性別適合手術)を受けたのは有名だ。かつて、そのような手術が日本で認められていなかった頃、ニューハーフに頼まれ、おこない続けた医師がいた。

600例以上の手術を執刀し、その道では誰ひとり知らぬ者がなかったという和田耕治医師がその人だ。『ペニスカッター』は「たとえ罰せられても医師として覚悟の上」と語った男の人生を描き切っている。

ところで、『BL古典セレクション』が刊行されているのをご存じだろうか。BL=ボーイズラブ、登場人物を全員男にした現代語訳の古典シリーズである。「全員、男。」の『竹取物語、伊勢物語』、「男神乱舞!」の『古事記』についで、第3巻、ラフカディオ・ハーンの作品集、「惚れたが最期。」の『怪談 奇談』が発刊された。なんやねんそれは、と思われそうだが、読んでみたらどれもけっこうおもろいんですわ。

(日経ビジネス9月2日号から転載)

ペニスカッター:性同一性障害を救った医師の物語
作者:和田 耕治
出版社:方丈社
発売日:2019-02-04
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著者が遺した記録をもとに、性同一性障害者の手術を執刀した医師としての信念を明らかにする。しかし、タイトルがすごすぎる…
 

BL古典セレクション3 怪談 奇談
作者:王谷晶
出版社:左右社
発売日:2019-07-01
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雪女や耳なし芳一など、なじみのある怪談をボーイズラブ(BL)の設定に仕立て直して綴る。すでにシリーズ第三作!

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