武士は戦さでポニーを駆る 『武士の日本史』

吉村 博光2018年07月09日 印刷向け表示
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武士の日本史 (岩波新書)
作者:高橋 昌明
出版社:岩波書店
発売日:2018-05-23
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侍ブルーと一銭五厘。本書にあった言葉で私の印象に残ったのは、この二つだった。「サムライブルー」はサッカー日本代表のこと。「一銭五厘」は召集令状の葉書代のことで、兵隊の代わりなど葉書一枚で済むという意味がこめられている。書名にあるとおり、本書はわが国の武士の歴史をまとめるとともに、「武士道」などの精神史もたどっている本だ。

本書を読んだ直後にサッカーW杯を観ていたら、選手の口から「日本人のメンタリティ」という言葉が出た。そのとき「おやっ」と思った。それは“強い相手に屈しない強靭な精神”を表現した発言だったが、その“メンタリティ”が日本人固有のものなのか、私は違和感を覚えたのである。第2次世界大戦の当時によせて、この本には、次のような指摘がある。

当時、物質文明は欧米の方が優れているかもしれないが、精神文明では日本が優れている、だから日本が勝つ、という主張がなされた。物質文明、つまり生産力や科学技術力の優劣は客観的なものである。しかし、ある民族だけが特別に精神力に優れていて、ほかはそうではないと断言できる客観的な根拠はあるのか。 ~本書より

ところで、「サムライブルー」や「一銭五厘」という言葉が本書で使われているのは、次のような文脈である。著者は、海外で活躍する日本人を、安易にサムライと呼ぶ風潮が気にかかっているという。そして、「武士の国(warrior nation)日本が自ら事に当たる可能性があるぞ」と中国に警告した、トランプ大統領の発言を紹介している。

それは明らかに、先の大戦で降伏を拒否して死ぬまで戦った、日本兵の「勇敢さ」の残像を利用しているのだ。著者はその「勇敢さ」は日本人固有のものではなく、「生きて虜囚の辱を受けず」という“戦陣訓”を徹底的に叩き込まれた結果であったと指摘。「一銭五厘」の葉書で召集された人命が、無駄に浪費されたことを心から嘆いている。

サムライという言葉で自らを着飾るのは危険だ。コマーシャリズムの世の中では、吸引力の強いこの言葉は排除できないだろう。でも、その危うさには十分な注意が必要なのだ。本書は、武士の美しいイメージを覆す数多の「史実」を提示することで、「サムライブルーと一銭五厘」という警鐘を私の胸に鳴らした。関連して、本書から引用する。

我々は日本が武の国とか日本人は勇敢な民族だとかいう確かめようのないプロパガンダに乗ぜられるのではなく、むしろ「軍事面での勇敢さ」を不要とする、平和と安全保障の国際関係、国際環境を構築する方向で、それこそ勇敢に、粘り強く努力すべきである。いわずもがなのことだろうが、日本の武士の歴史を学ぶのには、そういう今日的な意味もある。 ~本書より

国際情勢は、風雲急を告げている。武士研究を長年牽引してきた著者が満を持して書き下ろした本書を、いま読んで、そのメッセージを受け止めるのは大変意味があることだ。日本史学界の最新の武士像は、ステレオタイプの報道や安直な時代劇で刷り込まれた「武の国プロパガンダ」のメッキをバリバリとはがす。その爽快感たるや凄まじい。

それを伝えるために、オビには「常識vs史実」と書かれている。ただ勘違いして欲しくないのは、決して雑学本の類ではないという点である。歴史が好きな方にとっても、非常に読み応えのある内容となっているのだ。それを知っていただくために、本書で浮かび上がる驚愕の「武士のリアル」の一部を列挙していきたい。

冒頭で、武士のルーツが芸能人であることが示され、いきなりカウンターパンチを食らう。これは、奇をてらう珍説ではなく大方の承認を得ている学説なのだそうだ。また、発掘調査によると武士が乗る馬は体高130センチ程度の在来馬だったといい、「現在148センチ以下はポニーに分類されるので、当時の馬は、すべてポニーである」と断定している。

さらに、戦場で騎馬武者の集団が疾駆する場面は実際にはなく、武器も日本刀より弓が主体だったという。我々は、見ごたえ十分に創作された、時代劇の影響を受けすぎているようだ。他にも、幕府という呼称は後世がつけたものに過ぎないということなど多数の史実が示され、最後に、武士のメンタリティに関する虚像が示される。

現代では、人気男性タレントがテレビなどで紹介するたびに、新渡戸稲造の『武士道』が売れる。だがその内容は、実際に武士の時代に存在した『山鹿語類』士道・『葉隠』武士道とは全くの別物だという。それは、日本人固有、武士固有のメンタリティを表現したものではないようなのだ。本書から、驚愕の記述を引用する。

そもそも彼は日本の歴史や文化に詳しくなかった。『葉隠』を読んだ形跡もない。第一『葉隠』は世に知られていなかった。新渡戸の主張する武士道は、片々たる史実や習慣、倫理・道徳の断片をかき集め、脳裏にある「武士」像をふくらませて紡ぎ出した一種の創作である。  ~本書より

専門性がありながら、全体構成は読みやすい。第1章で武士のルーツにふれ、第2章で中世~近世の発展過程を紹介。第3章で武器・武具・馬・戦闘方法をまとめ、第4章で一転して「武士道」をめぐる精神史を紹介する。そして第5章で、「近代日本で生まれた武士の虚像」を示し史実への理解を促す形になっていて、立て板に水の説得力がある。

ここまで読んで、「武士の本当の姿を知りたい」と思われた方もいれば、逆に反発を覚えた方もいると思う。すなわち「歴史は半分フィクションなのだから、楽しければそれでいいではないか」そして、海外で活躍する日本人はサムライの化身ということで良いではないか──固いこと言うな。というわけである。

確かにひと度、本書を読んでしまえば、日の丸をボディペイントするような熱狂は味わえなくなるだろう。ただ成熟するということは、元来そういうものではないだろうか。好奇心を手がかりに人は成長する。これからも私は、時代劇も愉しむしサッカーも応援する。しかしそれは単に、フィクションとしてスポーツとして愉しむだけだ。それで、いいのである。 

戦国武士道物語 死處 (講談社文庫)
作者:山本 周五郎
出版社:講談社
発売日:2018-07-13
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山本周五郎が戦時中に書いた未発表の小説が見つかった。当時は原稿を返す習慣がなく、講談社の資料室に残されていたという。この作品には「命は惜しい」という武士の姿が描かれている。誰もが先陣を切りたがるなか、留守城の守りを買って出る主人公。理由を問い詰める息子に、虚名に惑わされるなと諭す。偉い人が嫌いだったという山本周五郎のメッセージを、『武士の日本史』とあわせて読みたい。 

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