『全告白 後妻業の女』67歳で婚活、狙いは寂しい高齢者

栗下 直也2018年07月10日 印刷向け表示
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全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと
作者:小野 一光
出版社:小学館
発売日:2018-06-29
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「毒婦」と呼ばれる女性が世間を騒がすことはあるが、見るからに妖艶さを身に纏っていたり、いかにも男性がだまされたりするんだろうなという雰囲気を醸し出したりしている場合は意外に少ない。京都、大阪、兵庫3府県で起きた連続青酸死事件の犯人・筧千佐子(逮捕時67歳)も、どこにでもいそうな気さくなおばちゃん、どころか、おばあちゃんにしか見えない一人だろう。

事件は、2013年12月に死亡した京都の筧勇夫さん(75歳)から、青酸化合物が検出されたことから全てが始まる。警察が妻の千佐子の周辺を探ると、1994年に夫を病気で亡くして以降、結婚相手や交際した高齢男性が相次いで死んでいることがわかる。なんとその数は11人。結婚相手の遺産はもちろん、内縁関係でも、ご丁寧に遺言公正証書まで作成させて資産を相続していたために、連続不審死事件の様相を帯びてくる。

著者は彼女との対話や手紙のやりとりを通じて、事件の全容に迫るが、読み進めれば進めるほどに、千佐子の不気味さが浮き彫りになる。

一部報道では、受け取った資産は8億円ともいわれ、メディアから「後妻業」として注目を集める。とはいえ、捜査は一筋縄ではいかない。亡くなった男性たちは一度は病死と判断されており、警察の腰も重い。捜査するにも、亡くなった人が多く、警察の管轄が異なることなども障壁となる。

最終的に4件の殺人などの容疑で捕まり、極刑になるのだが、裁判で彼女の発言も二転三転する。黙秘すると言ったかと思えば、次の瞬間には私が殺したと発言し周囲を困惑させる。次の公判になれば前回、何を言ったか覚えていないと言い張り、自分は認知症だと言い出す。

裁判での千佐子のぶっ飛びぶりも本書の読むべき箇所のひとつであるが、何よりも驚くのは、犯行に及ぶに際し、千佐子が同時並行的に男性と付き合い、籠絡することだ。彼女が「獲物」を見つけるのは主に結婚相談所。複数の相談所に登録し、年収や資産があり、高齢、子どもがいないことを条件に、手当たり次第に男性に会う。

千佐子と結婚、交際をした相手をリストにして年表を作ると、まるで仕事のスケジュールを空白を埋めるかのように、次々と相手が移り変わったことがわかる。しかもそれは次第に重複するようになり、その間隔は狭まっていった。彼女の殺人という行為に対する、異様なまでのハードルの低さは際立っている。

被害者とのメールや犯行時の外部とのやりとりの音声データが残っているのだが、犯行を隠そうという気配が全く感じられないのも特徴だ。

119番通報した際も落ち着き払って、泣きわめいたりもせず、対処法を聞くわけでもない。一大事だというのに素っ気ない。一方、一緒に住んでいる人間が死んだというのに、数時間後には深夜にもかかわらず開錠業者に電話をかける。「超特急指定はないんですか」と少しでも早く金庫をあけたい気持ちを隠さない。どう考えても、後で事件性があると判断され、捜査されたら、怪しく映る行為だが、欲望を前へ前へと押し出し続ける。

多くの殺人犯に接してきた著者は、誰もが多少なりとも犯した罪に対して良心の呵責を抱くが、千佐子の場合は見られないと指摘する。

そのため彼女の一連の犯行は、必要に応じて実行されてきた無機質な“作業”といった色合いを持つ

著者は千佐子の逮捕前、警察の内偵が始まった頃から千佐子の周辺取材を始める。中学、高校時代の同級生などへの地道な取材で浮かび上がる彼女の昔の姿と「毒婦」を結びつけるのは難しい。

私自身はそうした千佐子の行動原理がどのように醸成されていったのか、そこに興味を抱くようになり、約四年もの期間をかけて取材を続けてきた。なぜ、どうして、そのような行為を平然と行えるようになったのかということが、取材のなかで浮かび上がってくればと期待していた。だが、結果としてわかったことは、そこにそういう考えで行動に移す人物がいた、という現実への理解のみだ。

ただただ、お金が欲しいという欲望だけで人を殺す。決して粗暴であったり、日常生活を営むのが困難だったりするわけではないだけに、こちらは読み進めるほどに理解に苦しむ。著者の言葉を借りると千佐子の「底はない」。本能のみで動いており、悪意もなければ自覚もない。犯罪に走った背景をたぐり寄せようとした著者の取材が緻密であるからこそ、彼女の底の見えなさ、常人には理解できない行動の不可解さが炙り出されている。

千佐子は拘置所での面会が終わる度に著者に手紙を送っている。「人恋しいです。お会いしたいです。〈本心で〉」、「スレ違いドラマ(昔のメロドラマ)みたいですね。本当に!マジで!お会いしたかったのにくやしいです」。読んでいて赤面してしまうが、寂しさを抱えながら生きている高齢者にとっては、判断をまちがえても不思議ではない「愛のささやき」として届くのかもしれない。交際しながらも千佐子の毒牙にかかる前に別れた男性の中には千佐子に好印象を持っている者も少なくない。

高齢者の貧困や超高齢化社会という社会構造を考えると、第二、第三の千佐子が出てきても驚くことではない。実際、70歳以上で婚活している人も多い。この事件が千佐子や被害者の固有の問題でないことも本書は教えてくれる。

「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実
作者:田中 ひかる
出版社:ビジネス社
発売日:2018-07-02
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毒婦伝説―高橋お伝とエリート軍医たち
作者:大橋 義輝
出版社:共栄書房
発売日:2013-04-01
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新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相 (文春文庫)
作者:小野 一光
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