『無敗の男 中村喜四郎 全告白』竹のようなしなやかさを特徴とする組織づくり

麻木 久仁子2019年12月24日 印刷向け表示
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無敗の男 中村喜四郎 全告白
作者:常井 健一
出版社:文藝春秋
発売日:2019-12-16
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「中村喜四郎」という名を聞いて何を思い浮かべるだろうか。もはやかすかな記憶…「なにか汚職で捕まった人じゃなかったかしら」。若い人たちなら思い出す記憶もなく「だれ?」というだろう。

その「キシロー」の名を最近なぜか、チラチラと見かけるのである。それも思いがけないところで。「え?このキシローさんは、あのキシローさん?」

中村喜四郎氏は1949年生まれ。大学卒業後に田中角栄事務所に入り秘書となり、27歳の時に旧衆院茨城3区で初当選。メキメキと頭角を表し、その後1987年に田中派が分裂すると経世会(竹下派)の結成に参加、翌年には若くして派閥の事務局長、さらには40歳の若さで初入閣し、戦後生まれ初の閣僚となった。その後は42歳で建設大臣。実力はもちろん、その男前な風貌も相まって名実ともに建設族のプリンスと謳われた。「小沢の次」「いずれは総理も夢ではない」とメディアからももてはやされた人物である。

が、その転落はあっけなかった。

1994年、突如、ゼネコン汚職疑惑が持ち上がり、あっせん収賄容疑で逮捕される。政治の腐敗が度々騒がれ、政治改革を世論が厳しく求めていた時代、中村氏の疑惑は大きなニュースとなり連日報じられて大騒ぎだったことを思い出す。中村氏は自民党を離党したものの議員辞職はせず、検察の取り調べにも黙秘し、最高裁まで約10年にわたって裁判闘争を続けながらも刑が確定するまで選挙に出続け、しかも当選し続けた。その態度は「ふてぶてしい」とテレビの視聴者や新聞雑誌の読者の目には映ったし、そのような刑事被告人に投票し続ける有権者は一体どんなしがらみがあってのことなのかと「旧弊に縛られた古い悪しき日本の選挙」の典型のようにも見えていた。

が、戦い虚しく最高裁で上告棄却、実刑判決が確定し黒羽刑務所で刑に服することになる。もちろん国会議員としての議席はついに剥奪された。政治家としては一巻の終わり、だろうと思われた。それ以降は全国ニュースで中村喜四郎の名を目にすることは無くなっていき、あれだけ大騒ぎしていた世間もその名を忘れて行ったのである…。

時は流れ。

2018年5月、新潟知事選挙は立憲民主党や共産党が呉越同舟で手を組み、前社民党県議の女性候補を応援するという、野党共闘が成立した戦いだったがその戦いぶりを報じる記事の中に意外な名があった。「中村喜四郎」。なんども応援に入り、どぶ板選挙を展開しているという。中村氏といえば田中角栄の最後の弟子とも言われ新潟にゆかりもあるが。なんと野党側に立ち、地元の有力者にも大いに働きかけ、保守層の切り崩しに力を発揮したというのだ。残念ながら候補は惜敗したが、手応えのある戦いにまで持ち込むことができたという。

さらにその約1年後、2019年8月、今度はその姿を埼玉知事選挙に現した。しかも立憲の枝野代表、国民民主の玉木代表らと並んで街宣車の上に立ったのである。シャツの袖を捲り上げ熱弁を振るうその姿は、70歳とは思えないほど精悍。与党対野党の事実上一騎打ちとなった選挙で野党候補の当選に力を尽くしたのだ。

「懐かしい!まだいたのか!」

しかし、本書で改めて、あの事件後、中村氏がどうしていたのかを辿るとそこには驚きの人生があった。まだいたのか、なんていってしまったら大変に失礼!だったのだ!

実は中村氏は、刑期を終えた後にも選挙に無所属で出馬し、見事当選。その後も勝利を重ね、なんと現在14期目、無敗の男だったのだ!しかも毎回圧勝だ。建設族のプリンスとは昔の話、すでに完全無所属で、なんら利権を誘導することも中央とのパイプを誇ることもない中村氏が、これほどまでに選挙に強いのはなぜなのか。この本では、今まで沈黙を守ってきた中村氏が、語る。そこに見えてくるのはかつてマスメディアが描いた人物像とはまったく違う姿であった。

中村喜四郎氏の後援会は「喜友会」という。が、この組織は他の一般的な政治家の後援会とはまったく違うのだ。普通は地域のボスや大物、地元企業の経営者などに協力を求め、そこからピラミッド型の組織を作り、いざ選挙となれば票の取りまとめや選挙活動のあれこれを上意下達で動かしていく。だが喜友会はそうした地元の名士や企業にはまったく頼らない。組織の基盤は「町内会」ごとに細分化した10人から50人といった小さな単位である。それが何百とある。それぞれが地域に溶け込んでおり、縦のつながりも横のつながりもなく、したがってピラミッド型に上から指示が降りてきたり動員がかかったりすることもない。「鉄の結束より竹のようなしなやかさ」を特徴とする組織づくりだ。

ピラミッド型だと、一番上の人が死んだり、辞めたりしたら、一瞬で組織が崩れちゃう。一番上の人の気が変わっただけで、大人数が相手陣営にひっくり返っちゃう。

だから、「俺は何百、何千票持ってるぞ」という人物よりも「うちは家族3人だけど一票入れるね」というこまかいこまかい、けれど強い支持をくれる人々を束ねていくという。だからこそ、たとえ刑事被告人となり、日本中が敵になっても簡単には離れない強い後援会なのだと。とはいえ、そんな組織は一体どうやって作るのだろうか。

これが、気の遠くなるような作業なのである。

土日は朝の7時半から夕方6時まで、街頭演説活動を行うのだが、2週間(土日2回計4日)で選挙区の全市町を回る。それも決まった時間と同じルートで回る。有権者にとって、いつも同じ時間に月に2回、中村喜四郎の「肉声」を聞くことになる。テープは使わない。肉声である。これを初当選から40年、一度も休まずに続けているというのだ。

まるで、天台宗の僧侶が真言を唱えながら千日間も山中を歩き続ける「千日回峰行」のほうな過酷な活動である。

そして国政報告会。月に1〜2回、50人から100人規模で国会見学ツアーを行う。たっぷりと政策について演説したら、あとはカラオケ大会などで盛り上げる。余興の司会も自分でやる。合間に有権者の声を細かく細かく聞く。

いよいよ選挙戦ともなれば、一日になんと20箇所も!自らオートバイにまたがって各地を周り、声を枯らして演説し、夜は1000人単位で集まる個人個演説会で全員と握手するのだ!選挙戦では各候補が「街頭演説予定」を告知するが、20箇所なんで見たことがない。

まさに選挙の鬼である。しかし、選挙に強いことこそが、孤高を保つ源泉である。政治家は何を言おうが「落ちたらただの人」だからだ。

さて、本書ではこうした中村氏の選挙戦のエピソードはもちろん、彼をここまで支えてきた母や兄との尋常ならざる絆の強さや、検察との戦いの裏側、そしてあの「あっせん収賄事件」の陰にどんな政治的駆け引きがあったのか、あるいは地元茨城のドン・山口武平氏との長年にわたる暗闘、などなど、とにかく面白い話が満載である。

だが、こうして熱い人生を駆け抜けている中村氏は、しかしながら選挙区外では沈黙し、目立って政局に絡むこともなかった。その中村氏が、動き始めたのである。前述したような知事選への関与のみならず、かつての宿敵小沢一郎との和解、小泉純一郎との再会、そして参院選では野党共闘の候補者を応援して回るなど、活発にその姿を見せはじめている。

逮捕後は自民党との関係に配慮しつつ、その後は公明党とも良い関係を築いてきたが、2015年の安保法案では棄権、2017年の共謀罪の採決では反対票を投じた。そしていま、無所属になった旧民進党議員と会派を組みつつ、自分の息子が立候補している茨城県議選ではライバル共産党の候補に必勝の為書きを送る。保守政治家でありながら、党派に縛られないアクロバティックな行動をも厭わない。どこへ向かおうとしているのだろう。ここへきて変わろうとする中村喜四郎。じつに興味深いのである。

利権か政策論か。自由か公正か。そうした政治をめぐる「2択」の谷間にこぼれ落ちてしまう「義理と人情」を体現しているようにも見える。そしてそれは、じつはとても大切な要素であり、この国の政治の局面を動かす要素であると思う。一方で、では中村喜四郎という政治家は、結局何をしたいのか、その政治目標はいままでは鮮明には見えてこなかった。そうまでして選挙に勝つのは何をするためなのか。長い沈黙が続いた。がその沈黙が破られたからには、明確なビジョンが現れてくるだろう。「絶対に選挙に落ちない男」はこれからどんな「鍵」を握るのか、握り得るのか。本書を読んでいるとその「ドラマ」に期待したくなるのだ。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
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