『エンジェル投資家』人が重要なのではなく、人が全てである

堀内 勉2018年08月05日 印刷向け表示
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エンジェル投資家 リスクを大胆に取り巨額のリターンを得る人は何を見抜くのか
作者:ジェイソン・カラカニス 翻訳:滑川 海彦、高橋 信夫
出版社:日経BP社
発売日:2018-07-12
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本書は、アメリカを代表するエンジェル投資家のジェイソン・カラカニスによる、スタートアップ企業への投資のための指南書である。ベンチャーキャピタルに関する本は多く出版されているが、それより一段早いステージで出資するエンジェル投資家について書かれたものは極めて珍しい。

カラカニスは、ライドシェアのUberがまだスタートアップ企業で、500万ドルの企業価値しかなかった頃に2万5000ドルを投資し、それが3億6000万ドルになったというのだから、正にエンジェル投資家として超特大のホームランを打ったと言うに相応しい人物である。そんな彼が、これまでのビジネスマン人生の集大成として自分の経験を本にしたのだから、面白くないはずがない。

そもそもエンジェル投資家とは何かから説明すると、これは創業間もないベンチャー企業に対して出資する富裕個人のことで、自らの資金を投資するという点で、第三者から集めた資金を投資するベンチャーキャピタルとは異なる種類の投資家である。元々、アメリカでミュージカルの制作費を提供するお金持ちのことを「天使(angel )」と呼んだことに由来するそうだ。

評価額が10億ドル以上のベンチャー企業を、俗にユニコーン(unicorn)と言うが、特に100億ドル以上の企業、例えば、アメリカのUber、Airbnb、Palantir、Snapchat、WeWork、Space X、pinterest、Dropbox、中国の小米、 滴滴出行などをデカコーン(decacorn)と呼ぶ。更に、10 年くらいに一度、1000億ドルのスタートアップ企業、例えば、Apple、Cisco、Microsoft、Google、Facebookといった巨大企業が出現することもある。

こうしたスタートアップ企業に出資して巨額なリターンを実現することがエンジェル投資の醍醐味なのだが、カラカニスがエンジェル投資を行うモチベーションはそれだけではない。彼は、創業者やイノベーターは決して金儲けのための傭兵ではなく、むしろ未来を広める伝道師であり、自分に代わって社会の変化を加速するスタートアップの創業者やイノベーターを手助けするために、投資を続けていると言うのである。

カラカニスによれば、エンジェル投資家には、次のような能力が必要である。即ち、①小切手を書けること(金)、②創業者が様々な課題を解決するのを手助けできること(時間)、③創業者と投資家や顧客を仲立ちできること(人脈)、④創業者が時間や金をムダにするのを防げること(専門知識)の4つに加えて、⑤人付き合いが良いことである。

特に、最後の能力は極めて重要で、創業者というのは、成功して大富豪になった暁には、後付けで「ビジョナリー(先見の明がある)」などと呼ばれるが、成功するまでは「頭がおかしい」とか、「ナルシストだ」とか、更にはもっとひどい言われ方をされる。

エンジェル投資家は、そうした自分の独特のモノの見方に合わせて世界を変えるのだと熱狂的に思い込んでいる人達と付き合っていかなければならないのである。そして、カラカニスは、そのような型にはまらないワイルドカードの創業者がいれば、むしろためらわずに会いに行くという。なぜなら、優れた創業者はほぼ全員が、そうした頑固で熱狂的なワイルドカードだからだそうだ。

エンジェル投資家の重要な役割のひとつは、こうしたワイルドカードの起業家が、揚げ足取り、批評家、言い訳屋といった、考えのスケールが小さい人間の言うことに耳を貸さないよう盾になることだという。

その上で、カラカニスが挙げるエンジェル投資家が金持ちになる方法はたったひとつ、賢明にリスクを選択することだけである。これまでの手痛い失敗の数々から彼が学んだその選択というのは、絶対予測できそうもない「どの商品が成功しそうか?」などということではなく、「どの人間が成功しそうか?」という判断だそうだ。

未来は予知できないけれど才能を見極めることは可能だから、どの商品が成功しそうか予測するのは諦め、自分が持つ限りのジェダイのフォースを創業者を理解することに振り向け、経営者を見て会社を選ぶ。つまり、10億ドルの会社を選ぶのではなく、10億ドルの創業者を選ぶのである。

従って、エンジェル投資に際して重要なのは、創業者の人物を評価するのに時間をかけ、「もしこの人物の株を買えるとしたら、買うつもりはあるか?」 を自問してみることだという。創業者と会社は一体不可分であり、もし創業者の株を買う気にならないなら、その会社の株も買うべきではない。

例えば、Facebookはザッカーバーグであり、ザッカーバーグはFacebookそのものである。ザッカーバーグは、映画の『ターミネーター』にターミネーター役で出てくるアーノルド・シュワルツェネッガーのように、成功に向かって信じられないほどの執念を示すという。創造性という点では、ザッカーバーグはずば抜けて優れていた訳ではないが、集中力と一貫性には恐るべきものがあったというのが、カラカニスの見立てである。つまり、彼が言いたいのは、エンジェル投資においては、人が重要だというのではなく、人が全てなのだということである。

彼が創業者に対して、「なぜこれをやっているのか?」と問うた場合に、しばしば耳にする最悪中の最悪の回答は、「お金を儲けるため」というものだそうだ。金のためにスタートアップを始める連中は、将来もっと早く確実に儲ける方法があることに気づくと、その事業をやめてしまうからだそうだ。事業を創業して成功させるというのは、お金儲けのためなどという矮小な理由だけでは、とても成し遂げられるものではないのである。

このように、本書はエンジェル投資家を目指す人にとっての重要なノウハウと金言が満載されているが、それと同時に、投資家を理解することは資金調達をする側にとっても非常に大事であり、これから資金を調達しようとする起業家にも重要な示唆を与えてくれる本である。そうした意味で、スタートアップを成功させる秘密を、エンジェル投資家、起業家両方の立場からわかりやすく説明している本書は、スタートアップに関わる全ての人々にとっての必読書と言えるだろう。

最後に、本書の日本語版の序文について触れておきたい。実は、これをシリアル・アントレプレナー(連続起業家)で投資家でもある孫泰蔵氏が書いているのだが、この内容が素晴らしく、一冊の本にしても良いくらいなので、以下にその抜粋を引用しておく。

孫氏が指摘するように、今、世界の金融は大きな岐路に立たされている。そして、日本が目指すべきは、周回遅れでアメリカの後を追うのではなく、自らの力で全く新しい道を切り開くことなのである。

本書のような本が刊行されるということは、ある意味シリコンバレー型のベンチャーファイナンスの「終わりの始まり」が訪れたことの象徴ではないだろうか。

今世界では、「金融の民主化・大衆化」が始まっている。クラウドファンディングがどんどん進化しており、ICO(initial coin offering)などの資金調達手法も生まれてきた。また、ベンチャーファイナンスのデータ化が進んでおり、AIが投資アドバイザーとして機能するようになると、誰でもカラカニスよりもたくみに、抜け目なくハイリスク・ハイリターンな投資ができるようになるだろう。そして、クリプトカレンシー(暗号通貨)をはじめとするトークン・エコノミーの発達は、資本主義のあり方、特にシリコンバレーのエコノミーモデルを陳腐化させてしまうのではないかと僕は感じている。

今起こっている情報革命は、「民主化と大衆化」こそが通奏低音であり、先進国のあらゆる分野で特権がなくなっていく(誰でもやろうと思えばできるようになる)ことが必定だと思う。日本が目指すべきは、こうした新しい潮流を取り入れた日本ならではの考え方で、一気にリープフロッグ(一足飛びに飛び越えて先に行く)することではないだろうか。・・・

カラカニスは本書の中で、「思がけないことが起きて壊滅的影響を与えるという『ブラックスワン』現象がわれわれの行く手に待ち受けている。そういうことが起きたときに、単に生き延びるだけではなく、むしろそれをチャンスとして活用する方法を伝授しよう」と記している。この姿勢は、複雑系の世界のなか、不確実性の時代を生きていく僕らに必要な基本姿勢であることは、僕も完全に同意し、共感するところだ。

 

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