『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』

堀内 勉2019年03月26日 印刷向け表示
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1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法
作者:山口揚平
出版社:プレジデント社
発売日:2019-02-28
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著者の山口揚平氏は、軽井沢と東京に居を構えながら一日3時間だけ働くというおだやかな暮らしを実践しているコンサルタントであり、またこれからのあるべき社会の未来を提示する思想家でもある。

HONZの紹介としては若干遅ればせながらという感じだが、各方面で余りに評判が良いのでとにかく読んでみたところ、期待をはるかに上回る内容だった。

本書の結論は、冒頭に出てくるアルバート・アインシュタインの次の言葉に集約されている。

「あらゆる問題はそれが起こったことと同じ次元で解決することはできない。」

例えば、お金の問題はそれ自体について悩んでも解決することはない。それよりひとつ上の次元、つまり人生という視点からお金を捉え直した時に初めて、自分が直面する問題の解決の糸口が見えてくるのである。

20世紀までがハードディスク(情報、知識)の時代だったとすれば、 これからはCPU(思考力、想像力)が主役になる時代である。ピーター・ドラッカーは、20世紀にお金を生むのは知識だと指摘したが、現在では、知識は誰にでも手に入れることができ、もはやそれ自体がお金を生み出すことはない。むしろ、情報量が増えれば増えるほど人は思考しなくなるのであって、著者はこれを「思考と情報のパラドクス」と呼んでいる。

「思考」とは「意識を自由に動かす」ことであり、「考える」とは「概念の海に意識を漂わせ、情報と知識を分離・結合させ、整理する」ことである。むやみに情報を取り入れてしまうと、意識はそれらの情報と結合して「固定観念」になってしまう。

情報はスポンジのように人の意識を吸い尽くす毒でもあり、情報に意識がとらわれると、頭が固くなってしまう。常識に挑戦し、発明や発見を行う人に共通するのは「考える」ことであり、決して知識や情報量の多さではない。

今やAI(人工知能)やロボットの台頭によって、我々人間は何をすれば良いのか、人間の本源的な価値はどこにあるのかが問われる時代になっている。20世紀型の効率化や画一化の世界を前提にするのであれば、AIは人間よりはるかに優れている。あるべき姿と現状を理解し、そのギャップを問題として把握して、それを細分化された要素に分解しながらゴールを目指せば良いからである。

これに対して、21世紀型の問題は「あるべき姿と現状のギャップ」にあるのではなく、人々が矛盾する課題の両立を望んでいる「対立の状態」にある。そして、一見矛盾するAとBの概念を両立させるためには、上位概念Cの発見が必要になってくる。それが、冒頭で引用したアインシュタインの言葉の意味なのである。

そうした中で、著者は考えること”のみ”を職業の中心に据えている人を「ブレイン・アスリート」と呼んでいる。本当に賢い人というのは頭が柔らかく、意識が自由である。情報に意識が絡め取られておらず、ニュートラルな状態にあるからこそ、自由に意識を漂わせ、前提を疑い、問いを改めることができるのである。そして、情報の流れに逆らい、自分の頭を使って常識に立ち向かおうとする意思と努力が、日々凝り固まる固定観念への抵抗力となる。そうした訓練を通じて「意識を自由にコントロール」できるようになることが、ブレイン・アスリートの目指すゴールなのである。

このように、本書の前半では、「考えるとは何か?」についての考察が行われており、更に後半では、深く考えることを通して著者が到達したこれからの社会のあるべき姿、即ち、貨幣を中心とした今の資本主義社会が、「信用」に基づく「信用主義経済」に移行していく必然性とその道筋が示されている。

信用主義経済を突き詰めていくと、人間関係に介在する中間物としてのお金は必要なくなっていく。なぜなら、ここで皆が求めるのは、他者からの「承認」とそこから生まれる「つながり」であり、こうした社会的欲求とお金という中間物はトレードオフの関係にあるからである。人と人との関係性が主役である時代においては、本当の価値とは人とのつながりやそれをつむぐストーリーそのものであり、貨幣という数字で処理した瞬間に、その価値は消滅してしまう。従って、信用主義経済の中で、人々の社会的欲求が高まれば高まるほど、結果としてお金が使われる機会は減っていくことになり、お金は次第に経済活動のツールではなくなっていく。

著者に言わせれば、自分が「自分」だと思っているものは、実は自分を取り巻く「世界」や「環境」のことである。ほとんどの人は、自分とは肉体とその周りの意識の一部、つまり「五感を中心としたセンサーが認識できる極めて限定的な領域」のことだと信じているが、著者に言わせれば、それは間違いである。そして、人の「幸せ」とは「一体性」のことであり、人と心がつながっている時にこそ、幸福を感じられるというのである。

こうした著者のユニークな発想は、主体と客体というような二項対立的な見方を斥ける禅の世界観に通じるものであり、また、最近特にアメリカではやりのマインドフルネスや、更にグローバルに共有されつつある、地球全体の持続可能性を考える国連のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の問題意識ともつながるものだと思う。

このように、本書は「考えるとは何か?」から始まり、来るべき未来の社会までをも展望する、新しい時代の生き方の指南書である。著者の考え方や生き方を正しく理解し、それを実際の行動に移せる人はそう多くはないかも知れないが、これからの時代を生き抜く術を学ぶために、特に、若い人には是非一度読んでもらいたい。

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