本のない原初の図書館から空想上の図書館まで──『図書館巡礼 「限りなき知の館」への招待』

冬木 糸一2019年03月25日 印刷向け表示
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図書館巡礼:「限りなき知の館」への招待
作者:スチュアート ケルズ 翻訳:小松 佳代子
出版社:早川書房
発売日:2019-03-20
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 図書館巡礼という名の通り、本書は世界各地の図書館について、本のない時代からボルヘスによって想像されたバベルの図書館のような空想上の図書館まで、幅広く取り扱っていく一冊である。原題は『THE LIBRARY A CATALOGUE OF WONDERS』。『何にもまして私たちが痛感したことは、図書館は物語にあふれているという事実だ。生と死の、渇望と喪失の、信念を貫く、あるいは枉げる物語。考えうるありとあらゆる人間ドラマの物語だ。そして、複雑でフラクタルな、世代を超えた道筋を介して、すべての物語は相互に繋がっているのだ。』

本の構成としておもしろいのは、1から10まで図書館の話というわけではなく、章の合間に数ページほどの「本」にまつわる短いエッセイやエピソードのようなものが挟まれていること。なので、図書館についての本であると同時に、一種の書物狂いたちの物語でもあるのだ。たとえば、「愉悦」と題された章では、書物に首ったけで完全に言っていることがおかしくなった人々の発言が紹介されていく。アイザック・ゴゼットは、本を収集する者には独身でいることを勧め、「結婚を考えてはならない」「もしもそのような考えが生じたときには、本を取り出して読み始め、そんな思いは消し去ってしまいなさい」と言ったという(自分は結婚してるくせに。)

デジデリウス・エラスムスは手元にいくばくかの金があれば本を買い、それで残れば食べ物や衣服を買うといったというし、とにかく本の道(に限らないだろうが)に狂うと人生とは大変なものになってしまう事例が(愉悦では)数多く紹介されていく。

図書館巡礼

もちろん、紹介されていく図書館の事例も興味深いものばかり。

何しろ最初の章は「本のない図書館」なのだ。本のない図書館は図書館じゃないのでは? と思って読み始めたら、話は本が書物の形として存在する以前の図書館、「口誦伝承」からはじまるのだ。『どの国にも、書き記されるずっと前から存在している伝説や寓話、判じ物、神話、詠唱などがある』筆記法がなければ文章は残しようがないわけだが、だからこそ当時の文明は複雑な復唱パターンを編み出すなど、いくつものやり方で「口誦」の技術を高めていた。著者によると最初の口誦図書館は、中央オーストラリアの乾燥地帯で数万年かけて形成されたという。

その後本書では、時代を口誦以後、書物がパピルスやヤシの葉や骨、樹皮や石などさまざまな素材から書物が作られた時代を経て、アレクサンドリア図書館やヴァチカン図書館、印刷所が設立された大量印刷時代、本の素材、内装などなど様々なテーマに沿って図書館を巡礼していくことになる。最初に引用した部分で、著者が図書館は物語に溢れているというように、各図書館の勃興(ものすごい勢いで膨らんで、時に無残にも壊されたり焼かれたりする)はどれも心躍るものだ。

たとえば最も有名な図書館の一角を占める、紀元前300年ころのアレクサンドリア図書館は既知のすべての国からすべての言語の書物を収集するという大志をいだき、実際にインドや中近東を始めとする各地から大量の書物を集めることに成功した。そこは同時に重要な翻訳の場でもあり、聖書のヘブライ語からギリシャ語への翻訳、有名な七十人訳聖書もここで生まれている。知の集約が行われることも関係してか、その地ではあらたな文化、知識が花開いていくことになる。アレクサンドリア図書館は最終的には3世紀ほどの繁栄の後破壊されたのは確かだが、その直接的な原因については諸説ありひとつには定まっていないというのも興味深い。

個人的にもっとも気に入ったのはフィクション上の図書館を扱った章。映画を見た人はわかると思うが、『インターステラー』に出てくる重要な書架についての話や、ジョン・スラデックが『ティク・トク』の中で描いた、惑星間を移動する広大な図書館、〈ドクター・フー〉の「静寂な図書館」というエピソードに出てくる影の中に生息する小さなピラニアがはびこる惑星サイズの図書館であるとか、ジャック・ヴァンス『ナイト・ランプ』に出てくる、時間をしっかりと捕まえて固定するように書かれた本によって、書き手がページの間を行き来しつつ永遠に生きられる本たちなど、様々な(サイエンス・フィクション多めの)図書館が紹介されている。

書物の破壊の世界史

と、そんな『図書館巡礼』の話をしたら一緒に紹介せざるを得ないのがフェルナンド・バエスによる『書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで』。「書物」ではなく「書物の破壊」に注目し、その起源から現代までを700ページ超えの圧巻の物量で概観してみせる一冊だ。書物の破壊といっても、災害での消失から、戦争での破壊、思想・心情に反する焚書、虫食いまで様々なわけだが、本書はその全てを対象とみせる。一度2004年に初版が刊行され、後に好評を受け新版が出ているのだが(邦訳の底本はこっち)、そこでは「フィクションの中の書物の破壊」について語る部分まで挿入されており、やりすぎなぐらいにやってくれている。

さまざまな「書物の破壊」の世界史を扱っているとはいえ、その記述の多くは意識的に人間が本を破壊したケースに寄っている。『書物を焼いたり図書館を空爆したりするのは、それらが敵対する側のシンボルだからだ』。中世カトリック教会の異端審問における書物の破壊、ナチスによる、数々の焚書、毛沢東によるものなど、多くの組織や個人が「文化への攻撃」として書物を破壊している歴史が広く紹介していくことで、いったい人間にとって書物を破壊するとはどのような意味を持つ行為であり、現象なのか、それをまざまざとみせつけてくるような本なのだ。

『図書館巡礼』でも、火神ウルカヌスへの憤怒と題された章で燃え落ちてゆく図書館のエピソードの数々が語られたり、虫による被害を扱う章や本泥棒について騙られたあり、と『書物の破壊の世界史』と響き合う部分も多い。エピソードは豊富だからかぶっているというわけでもなく、相互補完的に読めるので、図書館、書物といったものに興味のある人はぜひどちらもご一読を。

書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで
作者:フェルナンド・バエス 翻訳:八重樫克彦
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2019-02-28
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