『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』 未来を知らない十二月八日の言葉

吉村 博光2018年08月09日 印刷向け表示
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朝、目覚めると、戦争が始まっていました
作者:
出版社:方丈社
発売日:2018-08-03
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意表を突かれた。企画も内容も構成も、見事という他ない本だ。毎年、終戦の日にむけて様々な本が出版されるが、とりわけ異彩を放つ本である。本書を手にしてはじめて私は、「開戦を人々がどう受け止めたのか」という個々の情報が、ごっそり抜けおちていたことに気づいた。

ものすごく解放感がありました。パーッと天地が開けたほどの解放感でした。
(本書11頁、吉本隆明、原典:三交社『吉本隆明が語る戦後55年・5』)

僕の命も捧げねばならぬ。一歩たりとも、敵をわが国土に入れてはならぬ。
(本書45頁、坂口安吾、原典:筑摩書房「真珠」『坂口安吾全集03』)

本書は、太平洋戦争勃発時の知識人・著名人の反応を日記や回想録から抜き出した、アンソロジーである。さぞかし重苦しい空気なのかと思いきや、むしろその逆だった。戦争を歓迎する言葉が多いのである。知識人にして、そうなのだ。「一般人は?」と考えずにはいられなかった。

その問いの答えが、本書の最後にある。何とも心にくい演出だ。太宰治の短編小説『十二月八日』が収録されているのである。この小説は次のような書き出しではじまっている。「きょうの日記は特別に、ていねいに書いて置きましょう。昭和十六年の十二月八日には日本のまずしい家庭の主婦は、どんな一日を送ったか、ちょっと書いて置きましょう」

名文家の筆を借りて、当時の一般的な受け止め方を浮かび上がらせているのだ。絶賛ついでに言っておくが、そこに至るまでの構成も、じつに秀逸である。本書はまず、開戦を告げる午前7時の臨時ニュースから始まる。その後、吉本隆明、岡本太郎らの言葉が並ぶ。そして、午前12時の東條英機首相演説。

その後、午前12時半、午後3時、午後5時、午後7時、午後9時のニュースを時系列ではさみながら、山本周五郎、坂口安吾、室生犀星、永井荷風、近衛文麿、斉藤茂吉ら総勢50名を超える知識人・著名人の言葉を年齢順に紹介している。

重みある言葉を、次々に受け止める醍醐味。異なる口から出た言葉だが、私は一様に「意外性」を感じた。「違和感」とも違う。ただただ、思いもよらなかったのである。ページをめくる手が止まらず、次の言葉に出会いたくて、夢中で読みきってしまった。

きっと、現代に生きる日本人の多くが、私と同じような読み方をすると思う。そして、読み終わって呆然とするだろう。信じられないことだが、これは人類の長い歴史の中では、ほんの少し前の出来事なのである。

今日みたいにうれしい日はまたとない。うれしいというか何というかとにかく胸の清々しい気持だ。
(本書15頁、黒田三郎、原典:『黒田三郎日記 戦中篇3』思潮社)

課題先送りの現状を思うと、当時のように戦争を「出口」ととらえる未来が、すぐそこに迫っているのではないかと不気味な思いに襲われる。しかし、どんなに閉塞感が高まっても、そこにだけは出口を求めてはならないのだ。当時も、この点で覚醒していた気骨ある知識人がいた。

僕は、アメリカとの戦争が始まったとき、二、三の客を前にしながら、不覚にも慎みを忘れ、「ばかやろう!」と大声でラジオにどなった。
(本書79頁、金子光晴、原典:講談社学芸文庫『絶望の精神史』)

清沢は「けさ開戦の知らせを聞いた時に、僕は自分達の責任を感じた。こういう事にならぬように僕達が努力しなかったのが悪かった」と、感慨をもらした。
(本書86頁、清沢洌、原典:『文壇五十年』正宗白鳥・河出書房)

いまも戦争反対は一般論だが、戦争経験者は減り、気骨ある政治家も少なくなった。そんな状況では、閉塞感が一定水準を超えた時、何かの拍子に一線を踏み越えてしまうことはないのだろうか。その時、私は、どちらの立場でいられるのだろうか。

きっと私は、皆と一緒に快哉を叫ぶことも、大声で怒鳴ることもできないだろう。なぜなら、本書で最も私の心に残ったのは、観察者として事実を書きとめた作家や、慣れ親しんだ日常が制限されることを嘆いた文化人の言葉だったからだ。

アメリカと戦闘状態に入ればアメリカ映画はみられなくなるというのが私の考え方で、その日私が妻子をともなってみにいったのは三越新宿店の裏手にあった昭和館で、フィルムは『スミス都へ行く』であった。
(本書27頁、野口富士男、原典:「消えた灯──新宿」『いま道のべに』講談社)

三時から支度して、芝居小屋のセットへ入ったら、暫くして中止となる、ナンだい全く。
(本書59頁、古川ロッパ、原典:『古川ロッパ昭和日記 戦中篇』晶文社)

不安に押しつぶされそうになりながらも、いつもと同じところで同じことをしようとする。しかし、その先々で「ナンだい全く」が立ちふさがるのだ。どこまでいっても自分は、そんな毒にも薬にもならない生き方しかできないのではないか。そう思う。

勇気がないだけかもしれない。でも、皆と一緒に快哉を叫ぶことができない自分を私は評価したい。多くの人々の運命を変えた、あの日の重々しい言葉の数々に、あなたなら何を感じるだろう。どう受け止めるにしても、新しい視点で戦争に向き合える、これまでになかった一冊であることは間違いない。

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