『ごみ収集という仕事 清掃車に乗って考えた地方自治』ごみ収集の現場は、ティール組織そのもの

首藤 淳哉2018年11月09日 印刷向け表示
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ごみ収集という仕事: 清掃車に乗って考えた地方自治
作者:藤井 誠一郎
出版社:コモンズ
発売日:2018-06-06
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「ちっくしょぉぉぉー!!」思わず天を仰いでしまった。隣で立ち読みしていたビジネスマンをびっくりさせてしまったのは申し訳なかったけれど、こんな面白そうな本を見逃していたのだから仕方ない。奥付をみると初版は5月30日、9月10日で5刷とある。面白い本が出たよ!と超速でお知らせしたいHONZの一員からするとこの遅れは痛恨の極みだ。

偶然見つけた一冊は、『ごみ収集という仕事 清掃車に乗って考えた地方自治』。地方自治や行政学を専門とする研究者が、新宿区で9ヶ月にわたって清掃員としてごみ収集の現場を体験した記録だ。この時点でもう、面白そうな雰囲気ビンビンである。

なにしろ新宿区は、歌舞伎町や新宿二丁目、荒木町といった個性あふれる歓楽街や飲食街を抱えている。それに文化や生活習慣が異なる外国人も多い。今年の成人式で驚いたのは、新宿区の新成人の45%が外国籍だったことだ。新宿区の人口は346,975人(2018年11月1日現在)。約12%にあたる43,690人が外国人だ。比率は23区中トップ。そんな新宿区でごみ収集とは、聞いただけで大変そうである。

地方自治というと、メディアはとかく「スーパー公務員」にスポットライトを当てがちだ。「調整型から立案型へ」の合言葉で一時は21世紀型の公務員像と持て囃されたが、著者はこれに違和感をおぼえていたという。行政を支えているのは、光が当たらなくても自らの役割をコツコツとこなしている人々ではないか。そうした人々を可視化することこそが、地方自治への理解につながるのではと考え、著者はごみ収集の現場に飛び込んだ。

その心意気やよし!……なのだが、実際に体験した現場はとんでもなく過酷だった。本書には初めて知るごみ収集現場のディテールが満載だ。

普段よく見かける収集車は「小型プレス車」と呼ばれる。ごみを「押し板」で圧縮しながら最大約2トンを積み込める車だ。新宿区では車1台につき作業員2名で作業し、1日に6台分を積み込むよう作業量が決められている。

初めて向かった現場はファミリータイプのマンションだった。容量いっぱいに紙おむつなどを詰め込んだ袋が多く、雨を吸ってずっしり重い。60リットルのごみバケツいっぱいに詰められたごみを、投入口まで抱え上げてひっくり返す作業は想像以上の辛さだ。さらにプレス車の回転板は、縄跳びに入っていくようにうまくタイミングを見計らって投げ込まないと、袋が落ちてしまい拾い上げるのに余分な体力を使うはめになる。しかも均等にタンクの中に押し込まれるように左右に投げ分けなければならない。

危険とも隣り合わせだ。ごみ袋の中には注射針が入っていることもあるため(新宿二丁目の現場では、注射器だけでなく避妊具や下剤、人糞まで入ったごみ袋があった……絶句)慎重に袋を取り扱いたいが、時間がそれを許さない。職員は破傷風のワクチンを接種して仕事に臨んでいるという。

スプレー缶や乾電池が入っていれば、圧縮されるうちに爆発し、火災を起こすこともある(近年、全国で清掃車の火災が増えているという)。ひとたび火災になれば、運転手や作業員が危険にさらされるのはもちろん、1台900万ほどする清掃車が廃車になってしまう。

著者はルール破りのごみが多いことにも憤りをおぼえる。代表的なものが、きちんと水気を切っていないごみだ。この手のごみはプレスされる時に水分が飛び散る。もしそれが住宅や通行人にかかれば取り返しのつかないトラブルになってしまう。で、どうするかといえば、なんと!作業員が身を挺して盾となり、ごみ汁の飛散を食い止めるというのだから驚く。本書にはこのように読んでいると切なくなるような話が随所に出てくる。

新宿区には清掃工場がないため(荒川、台東、千代田、中野、文京にもない)、タンクが満杯になった清掃車は、指定された遠方の清掃工場に向かう。そして作業員は別の場所で待機している清掃車のもとへ走るのだ。こうして2台の車を使い回すため、交通事情によってはどうしても待ち時間が生じてしまう。にもかかわらず、清掃車の戻りを待っている職員を見かけた住民からは、「働いていない」などという苦情が寄せられるという。おなじみの「税金の無駄遣い」というやつだ。

だが、苦情を述べる人たちは、次のような言葉をどう受け止めるだろうか。清掃車の運転手は、収集作業が終わると、翌日に備え車を洗う。臭いがこもらないようタンクの中まで丁寧に洗浄するのだが、その思いをある運転手はこんなふうに語っている。

「ごみという、汚く、臭い、誰もが嫌がるものを運搬するのだから、車まで汚れていれば、それを見た住民はいい気分にはならない」

ところが、そんな思いを踏みにじるかのように、ある女性運転手は、信号待ちの際、見知らぬドライバーから「おねーちゃん、臭くねーのか」などと心ない言葉を投げつけられる。

「21世紀は都市の時代」などと言われ、東京はその最先端のように思われているが、都市の暮らしを本当に支える縁の下の力持ちは、ごみ処理のような仕事に携わる人々だということを、どれだけの人がわかっているのだろう。深く考えずに「税金の無駄遣い」と叫ぶ人に、それならお住まいの区に新しく清掃工場をつくっては?と問いかけてみたい。途端に威勢の良かった言葉は、勢いを失うはずだ。

企業の人事担当者に提案したいのだが、今後、研修のひとつに、ごみ収集体験を取り入れてみてはいかがだろうか。というのも、本書で描かれるごみ収集の現場は、いま話題の「ティール組織」そのものなのだ。清掃員ひとりひとりが現場で高度な判断を行い、しかも自発的に協力しあっている。

たとえば清掃員は、工場の特性まで考えながらごみを収集しているという。本書で初めて知ったのだが、清掃工場の焼却プラントは、敷地の形や広さによって、工場ごとに異なるメーカーの設備が採用されているそうだ。工場によっては、木の板や段ボールがまぎれこんでいただけで、ごみを投入する装置が停止してしまうところもあるという。焼却炉停止に及べば復旧まで数日を要する。清掃員は現場で「なにを収集してはいけないか」を判断しながら仕事をしているのだ。

清掃センターに戻った後も、自分の持ち場が片付くと、職員は自発的に他の人の分別作業などを手伝うという。自ら考えて動くからこそ、現場が回っているのだ。会議室での研修よりも、こうした現場を踏むほうがよっぽど得るものが多いと思う。

最後に、本書を読んで個人的に新しく始めたことを挙げておこう。ある作業員は、住民から「ご苦労様」と言ってもらえるだけで、やりがいを感じると述べている。ごみ収集の仕事は、肉体労働であると同時に、過酷な感情労働でもある。「ありがとう」のひとことで彼らのモチベーションが上がるのならそんなのお安い御用だ。いくらでもお礼を言おうではないか。

こんど清掃作業員を見かけたら、ぜひあなたも声をかけてあげてほしい。笑顔で応える彼らをみて、きっと晴れやかな気持ちになるはずだ。

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