『地方選 無風王国の「変人」を追う』
米大統領選にも負けない!日本の地方選挙の面白さ

首藤 淳哉2020年11月06日 印刷向け表示
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地方選 無風王国の「変人」を追う
作者:常井 健一
出版社:KADOKAWA
発売日:2020-09-25
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「地方は国よりも大きい」などと言うと、そんなわけないだろとツッコミが入りそうだ。でも事実そうなのである。

日本経済全体に占める地方政府(都道府県と市町村全体)の最終支出は、58兆5千億円。GDPの約11%である。一方、中央政府(国)のそれは22兆円あまり(『地方財政白書』平成30年度版)。地方政府の支出は国の2.5倍に及ぶ。

上下水道や道路などのインフラ整備、ゴミの収集、教育から介護に至るまで、私たちの生活は地方政府によって支えられている。にもかかわらず私たちは、自らが住む市区町村のことをあまりにも知らない。たとえば、本書の冒頭で著者が投げかける次のような質問に、どれだけの人が答えられるだろうか。

あなたは自分が住んでいる市区町村の首長のフルネームを言えますか。
そもそも名前をご存知でしょうか。
その人のホームページやフェイスブックを見たことがありますか。
あなたが住んでいる市区町村の議会には議員が何人いるでしょう。
直近の選挙で誰に一票入れたかを覚えていますか。
自宅から一番近い保健所はどこにあるでしょうか。
自治体が財源不足に備えて積み立てる貯金をなんと言うか、知っていますか。
「専決処分」という言葉を聞いたことがありますか。

おそらく即座に回答できた項目のほうが少ないのではないだろうか。
「地方自治体への関心なんてそんなもの」と言う人もいるかもしれない。
だが、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、最近はその傾向も変わりつつある。

思い出してほしい。今年の春以降の一連の騒動を通じて私たちが目にしたのは、自分たちが住む市区町村の「能力差」ではなかったか。「一律10万円給付」ひとつとっても、自治体ごとに支給までのスピードに著しく差が出た(もちろんこの混乱を招いた責任は前政権にあるが)。もはや私たちは自分たちが暮らす地域に無関心ではいられなくなってしまった。首長の行政手腕が劣れば、そのツケは私たち自身の生活に跳ね返ってきてしまうからだ。

ところが、ここに驚くべき数字がある。
「84.2%」
これは、町村長の再選率である。地方選では圧倒的に現職が有利なのだ。この数字はいかに「無風状態」の自治体が多いかも示している。対立候補も立たず、無投票で現職が再選を重ねてしまう。こんな状態で、民意がちゃんと地方自治に反映されていると言えるのだろうか。

本書は「無風王国」に風が吹いた7つの地方選のルポルタージュである。
現状維持や前例踏襲など、さまざまな理由でなし崩し的に無投票になりかけた時、「待った」をかけた人たちがいた。その結果、青天霹靂、急転直下で選挙戦の火蓋が切られた。選挙戦をめぐるすこぶる面白い人間ドラマの中から見えてくるのは、この国の民主主義の現在地だ。

「無風王国」がどんなものかイメージしてもらうには、第3章で取り上げられている大分県姫島村の例がわかりやすいかもしれない。国東半島沖に浮かぶ姫島は、『古事記』にも登場する由緒ある島である。「一島一村」の自治体で、周囲17キロの島に人口1930人が暮らす(2017年3月現在)。この島で2016年秋、歴史的な事件が起きた。なんと61年ぶりに村長選が行われることになったのだ。

1984年から村長の職にある現職は、現職村長としては全国最多の「8戦」の記録を持つ。さらに驚くことに、前任の村長は現職の父親である。姫島の村長選は1955年にあった一騎打ちを最後に、実に16回も無投票が続いてきた。ところが、この親子二代にわたる「王朝」に異を唱える挑戦者が現れた。島出身のUターン組の人物である。

61年ぶりの村長選ともなると、ほとんどの村民にとって初めての経験となる。そもそも村には「ポスター掲示場設置条例」がない。これまで必要なかったからだ。同様の理由で選挙公報も討論会もなく、新人は顔を売ることができない。

こうした混乱だけではない。選挙がないとこうなってしまうのかとショックを受けたのは、役場の中にある「議場」である。扉を開けると、安っぽい長机が「ロ」の字に並べられているだけ。これでは議場というよりまるで会議室である。ある村議によれば、議会では質疑も一般質問もなく、執行部提案が原案通り可決されて、1日で閉会してしまうという。村長を世襲してきたこの村では、議会なんてあってないようなものなのか。

ところが、61年ぶりの選挙は村に小さな変化を起こすのである。その変化がどんなものかはぜひ本書を読んでほしい。この姫島村のみならず、「無風王国」でひさしぶりに行われた選挙は、そこで暮らす人々に何らかの変化を生じさせた。選挙を通じて有権者の意識が変わること。結果はどうあれ、これがもっとも大切なことではないか。

本書で取り上げられている7つの自治体は、いずれも「平成の大合併」に背を向け独立独歩を選んだところだ。当時はそれなりの政治力や胆力を持った者がリーダーの座に就いたが、無風選挙が続くうちに、いつの間にか時代の流れから取り残されてしまった。絶対的な権力は絶対的に腐敗するというテーゼは、やっぱり正しいのである。

「地方自治は民主主義の源泉であるだけでなく、その最良の学校である」とは、英国の政治家ジェームズ・ブライスの言葉だ。民主主義の担い手は地方自治の現場から育つ。だとするならば、私たちは本書に描かれた地方選の現実から目を逸らしてはならない。「親戚の数」で結果が決まってしまったり、役場の派閥抗争がそのまま選挙戦に持ち込まれたり、政策論争など望むべくもないドタバタぶりに思わずため息が出そうにもなるが、このショボさこそが、私たちの民主主義の現在地を示しているのだろう。ここから試行錯誤を繰り返していくことでしか、民主主義は鍛えられない。

そもそも自治とは、自治体の政治が、時に国の意向を否定するような自律性を持つことだという。国の方針と住民のニーズが食い違う時、勇気を持って「反対」の声を上げられるリーダーを持っているかどうかはとても重要なことだ。

本書に登場するのは、ムラ社会の空気を読まずに立候補した人々である。スーパーエリートはひとりもいないし、いずれもマイナーな地方選の登場人物に過ぎない。だが、彼らはその行動によって、停滞するムラ社会に風穴を開けた。その風穴から漏れる一条の光にこそ、私たちは希望を見出すべきなのかもしれない。

日本の地方政府-1700自治体の実態と課題 (中公新書)
作者:曽我 謙悟
出版社:中央公論新社
発売日:2019-04-19
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近年、かつてないほど地方政府の重要性が増している。新型コロナウイルスから自然災害への対応まで、「どこに住むか」によって私たちの生活が左右されかねなくなってしまった。本書は全国1788自治体の実像がわかる優れた一冊だ。本書によれば、2000年代以降は、非効率を排し歳出削減に励む、都市経営の能力に長けた首長が求められるようになったという。なるほど、行政を効率や生産性のみではかるポピュリスト的政治家が出てくるわけである。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
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