『商店街はなぜ滅びるのか』+求ム翻訳x2

山本 尚毅2012年05月24日 印刷向け表示
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前回の投稿に引き続き、商店街本を紹介したい。著者は1973年北九州生まれ、炭坑の街北九州の酒屋の息子である。角打ち(酒屋で立ち飲みすること)で店兼自宅の周りは毎日酔っぱらいが囲む騒がしい環境で育ち、その環境を忌み嫌い、また両親も酒屋を継ぐ必要はないと子どもたちに伝え、子どもたちは家業を継ぐことなくみな大学へ進学。酒屋は時代の波に乗るように流されるようにコンビニに業態変換を行い、20人のアルバイトを雇っている。著者の両親は昼夜問わずコンビニの現場で働き続けている。ここまでが本書のあらすじ、ではない。これは本書のあとがきの一部である。

話は飛んで東日本大震災。多賀城市と石巻市、著者が現地に足を運んだ復興の現場風景。石巻市の取り組みはメディアにも頻繁に取り上げられてきた。しかし、被害状況の差はあれど同じく被災した多賀城市の現状は語れることは多くはない。二つの都市の違いは端的に言ってしまうと、商店街の有無である。多賀城市は仙台市のベッドタウンであり,Wikipediaに「”市の中心部が存在しない”という特徴を持つ」と言わせるほどだ。被災三ヶ月後、バイパス沿いに並ぶ全国チェーンの店舗やショッピングセンターのうち、再開する店舗はわずかで、ボランティアをほとんど見かけることはなかったそうだ。一方で石巻市の商店街地区はボランティアを見かけないことは考えられないほどににぎやかで、商店街の有志と外部のボランティアが積極的に交流して、街の未来を共に考えていた。石巻の商店街にはレベッカ・ソルニットが言うところの「災害ユートピア」が立ち現れていたと考えることもできる。なぜ、津波で崩壊した後でも、商店街には人々を引きつける魅力があったのであろうか。

著者の原体験と東日本大震災の現場で立ち現れた商店街の蘇生力が著者を商店街の盛枯栄衰を描き出す試みに向かわせた。

その商店街が持つ魅力と可能性を紐解いていくためのスタートは1920年からスタートする。帯で上野千鶴子先生も驚いているように商店街は古くない、実は新しい。商店街の登場は当時の現実的な事情 -農民層の減少と都市人口の急増- が背景にあった。富国強兵の最中、1000人を超える大工場も登場していたが、企業は今と変わらず学歴重視で、学歴を持ち合わせない農村出身者は就業が厳しい状態であった。農村を捨て、都市に流入してきた人々は生き延びるために資本をそれほど必要としない小売業を始めた。1930年初頭の東京市内にはお菓子屋が16世帯に1件、米屋が23世帯に1軒と、その過密状態は数字にすると凄まじい。事業も無鉄砲・無計画で専門性もない。浦和市では小売店の寿命は24ヶ月弱、銀座で4年程度であった。そのような情勢で、表面化していた課題は零細規模の商売を営む人をこれ以上増やさないこと、小売業の人々の貧困化を防ぐことにあった。

そこで商店街が”発明”された。

第二次世界大戦後、商店街は急速に増殖する。その証拠に設立時期が昭和20年以前の商店街はたった6%である。その当時,国政は「製造業中心の経済成長」と「完全雇用の実現」をビジョンとして掲げていた。製造業は朝鮮戦争の特需等で生産性大幅に上昇した一方で、雇用の増加はわずか4%であった。その傍ら、戦地からの引揚者と農地改革によって溢れた農村の二男三男が労働市場に流れ込んでいた。今じゃ考えられないが、昭和30年の長期計画で、海外移民を促進し、出産数を抑制するという計画を定め、実行していた。しかし、それだけではあり余る労働力を吸収することはできなかった。その矛先が第三次産業に向けられ、零細小売商、そして商店街は爆発的に増加した。そこから零細小売商は行政を相手に大規模店舗の規制と自分たちの保護を主張し、権益を獲得していく。カリスマ中内率いるダイエーも商店街の反発を買い、店舗展開を思うように進められなかった。

商店街の凋落がはじまったのは、1973年のオイルショック後である、日本初のコンビニエンスストアが誕生したのはその翌年である。日米間の貿易摩擦により規制緩和がぐっと進行し、それに抵抗できない零細小売商は公的資金、補助金漬けになっていく。バブル以降、公的資金の投入により、国道バイパスが次々と開通しバイパス沿いに大規模な小売チェーンが出店し、商店街の商圏が崩壊し、その存在意義も同時に失っていく。と同時に大手ショッピングセンターはその裏側でコンビニの出店も押し進めていく。

コンビニは当時、小売業者が抱えた悩みを解決するものだった。著者の両親が経営する酒屋を含め。そして、イトーヨーカドーやダイエーに代表される大規模小売資本の思惑にも合致していたのである。その思惑は本書を購入後のお楽しみ。コンビニがあっという間に日本全国に広がったタイミングとそれが商店街の衰退が重なっていたのは偶然ではない。

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農村から都市部への移動、都市肥大化・スラム化が激しいアジア・アフリカの大都市。そこにも商店街が”発明”される可能性はいかに!?

Stealth of Nations: The Global Rise of the Informal Economy
作者:Robert Neuwirth
出版社:Pantheon
発売日:2011-10-18
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装丁が内容と一貫性があり、本を触ったことでわかった気になってしまい、まだ半分しか読めていない、日本語訳早急に求む。副題を直訳すれば、「グローバル地下経済の興隆」である。わかりやすい例は昨日の土屋の書評の珍バイクだろう。登場する珍バイクたちは荷物の積載量を増やすために、地下経済に潜むエンジニアによって改造されているはずだ。フォーマルな経済の"バイクの販売店"に望むことは交換部品だけだろう。もしその改造のプロセスに興味がある方は『野生のエンジニアリング』の書評を覗いていただけると参考になるはず。

根拠は明確ではないがインフォーマルな経済を総計すれば10兆ドルになると著者は試算している。(ちなみに2009年末時点の世界の株式時価総額は約45兆9600億ドル)。アメリカに次ぐ市場規模に相当し、無視できない規模の経済圏として存在している。非合法の販売組織のネットワークは莫大な利益を企業にもたらすと言われ、すでに欧米の企業は市場獲得のために利用をはじめている。都市部からかなり離れた農村のキオスクにまでP&Gの洗剤があることも頷ける。ちなみに、Wiredに著者のインタビューが掲載されている。「システムD」恐るべし。

Shadow Cities: A Billion Squatters, A New Urban World
作者:Robert Neuwirth
出版社:Routledge
発売日:2006-08-31
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著者の前作、こちらもまだ翻訳されていない。ケニアはナイロビ・キベラ、トルコはイスタンブール・ゲジェコンドゥ、ブラジルはリオデジャネイロ・ファヴェーラ、インドはムンバイ・ダラヴィ。著者は今や発展著しい4ヶ国に滞在し、不法滞在者とスラムに一緒に住みながら生活実態を観察し、記録していく。世界中で10億人と推測される不法居住者の実態に現場目線で肉薄している。尚、全世界で年間約7000万人が、地方から都市へと移住している。1分当たりにすれば、130人。日本が商店街が発明された1920年代の時代観と重なってしまう。尚、TEDの動画内の写真でスラムの様子は確認できる。

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