『幻想の経済成長』 訳者あとがき

早川書房2019年03月20日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
幻想の経済成長
作者:デイヴィッド ピリング 翻訳:仲 達志
出版社:早川書房
発売日:2019-03-20
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

本書は、昨年英語圏で出版されるや、アメリカのトランプ現象やイギリスの欧州連合(EU)離脱などの根底に潜む様々な要因を「幻想の経済成長」というプリズムを通して分析し、直ちに「時代精神を見事に捉えた」という高い評価を得た。著者のデイヴィッド・ピリングは、2002年から08年まで英フィナンシャル・タイムズ紙の東京支局長を務めたベテラン報道記者で、その後、アジア編集長を経て、現在はロンドンを拠点にアフリカ編集長を務めている。

2014年に英語版と邦訳版が刊行された前著『日本‐ 喪失と再起の物語──黒船、敗戦、そして3・11 』(邦訳早川書房)は、新たな日本論を提示したとして注目を集め、米ニューヨーク・タイムズ紙、英エコノミスト誌、読売 新聞など、各国のメディアで大きく取り上げられた。

本書において、著者は「五大陸にまたがる」取材体験に基づき、「GDP懐疑論」を展開する。過 去70年間にわたり、私たちはGDPを自国経済のパフォーマンスや国力のバロメーターとすること にすっかり慣れてしまった。GDPは経済を測る指標だが、実は私たちは経済というものの定義をよく知らないままそれを使っているのではないかと著者は疑問を投げ掛ける。

GDPが上昇してさえいれば国家は安泰だというのが従来の一般的な考え方だった。だが、実はこの指標は現実をひどく歪めており、経済や成長の定義はもはや一般庶民の生活や幸福度とは懸け離れたものになりつつあるとピリングは指摘する。本書における著者の狙いは、専門家であるはずの経済学者たちが描く世界と私たちの実生活との間に横たわる大きなギャップを明らかにし、それを埋めるための方法を模索していくことにある。

ピリングは「GDP不要論」を説いているわけではない。欠点はあるにせよ、それが利用価値の高 い政策ツールであることを著者自身も認めているからだ。それでも、彼はこの指標が生まれた歴史的背景を一つの物語として紡ぎつつ、経済成長に関する統計が実際に何をどのように測る物差しとして機能し、何が測定対象から外されるようになったのかを実際の経緯を振り返りながら説明していく。

その語り口は具体的かつ明快だ。売春婦の統計を取り始めたイギリス国家統計局の話から、中国の 「エアポカリプス」と「グリーンGDP」、アイスランドの「バイキング資本主義」、「絶望死」に追いやられるアメリカの中年白人層、それに「不平等賃金を拒否する猿」の研究に至るまで、多様なエピソードを通じてGDPの盲点を次々に明らかにしていくのが著者の手法である。

その上で、最終的にはGDPを補完することで、世界のより微妙な側面まで反映できる究極の指標を求めようとするのだが、現存する指標はどれも一長一短があり、それは経済学者だけでなく、あらゆる社会科学者にとって「聖杯」の探求のようなものかもしれない。  

ピリングは、イギリスはもちろん、中国、インド、北欧諸国、アフリカ諸国などでの豊富な取材体験に基づき、各国が直面する現状を一般読者向けにわかりやすく解説している。そのため、本書は一読するだけで「ポスト経済成長」時代における複雑な世界の全体像を鳥瞰できる構成になっている。

GDPや資本主義の限界に関する議論は、近年メディアで最もホットなテーマの一つであり、その入門書としても理想的な一冊と言えるだろう。マクロ経済学の話とはいえ、教科書のように堅い内容ではないので肩肘を張る必要はない。サービス精神が旺盛な著者は、読者の知的好奇心を刺激するツボ を心得ている。テンポのいい平易な文体と乾いたユーモアに引き込まれて読み進め、気がつけば最終 ページの締めの一文に頷いている自分に気づくはずだ(少なくとも訳者はそうだった)。日本でもアベノミクスの限界が取り沙汰され、「賃金統計」の不正問題をきっかけに、経済統計全般に対する関心がかつてなく高まっていることを考えても、その内容はきわめてタイムリーである。

本書の原題はThe Growth Delusion: The Wealth and Well-Being of Nations といい、明らかに経済学の祖とされるアダム・スミスの古典的名著『国富論』(An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations)を意識したものとなっている。ピリングが本書を執筆するに至った経緯は 冒頭の「日本の読者へ」に詳しいが、そこで言及されている前著を読まれていない読者には、次のエピソードが参考になるかもしれない。

私が深刻な不況の最中にあるとされたこの国に到着して抱いた最初の印象は、「日本には金持ち が多そうだ」というものだった。イギリス北部出身のある国会議員は、訪日した際に夜の東京を こうこうと照らすネオンや、レストランやバーの外にできた長蛇の列を見てこんな感想を述べた。「これが不況だというなら、うちの選挙区にもぜひ欲しいものだ」(『日本‐喪失と再起の物語』 ハヤカワ・ノンフィクション文庫上巻、241頁)

この印象的な逸話は、前著の第4部「ポスト成長神話」に登場する。当時の日本は、バブル崩壊を 経て「失われた20年」の低成長期に突入していた。ところが、と著者は言う。

名目GDPだけから見れば「悲惨な状態」にあるはずの日本で、悲惨さを感じることはまるでなかったのである。失業率は極端に低く、物価は安定しているか下落しており、国民の大半の生活水準はむしろ上昇していた。地域社会の結束も、少なくともアメリカ、イギリス、フランスと比較すれば、失われていなかった。犯罪率は低く、薬物乱用もほぼ皆無に等しい。食事や消費財の品質は世界に通用するし、国民の健康状態や平均寿命も世界でトップクラスである。だが、それにもかかわらず、経済学のプリズムを通して見れば、日本は悲惨な失敗例にほかならなかったのだ。(本書31頁)

ピリングに本書を書かせるきっかけとなったのは、この個人的な体験に基づく違和感にほかならなかった。経済学は、世界の姿を歪めて伝えることがあると彼は私たちに警告する。人間にとって重要なことの多くは、その視野に入ってすらいないからだ。だからこそ、経済成長の定義について人任せにするのはあまりにも危険な選択ではないかと彼は読者に問い掛ける。それは、人生で真に大切なあらゆることを、自称専門家たちに丸投げすることを意味しないだろうかと。

著者は前著で、小説家の村上春樹が彼に語ったこんな言葉を紹介している。「バブル経済が崩壊したことは、日本にとって良かったと思います。私は豊かだった頃の日本がどうしても好きになれませんでした。当時、この国は愚かでくだらなくて傲慢でした。(中略)でも今の私たちはもっと冷静で、『私とは何だろう』とか、『私たちとは何だろう』などと自問するようになっています。これはきっと良い兆候なのです」(『日本‐喪失と再起の物語』上巻、236‐37頁)  

この言葉が本書を書くもう一つのきっかけとなったと考えるのはうがちすぎだろうか。

これは前著にも共通するが、本書の顕著な特徴の一つに、著者によるインタビューの巧みさがある。ピリングは取材対象者の懐にするりと入り込むことを得意としており、膨大な人脈を築きつつ、次々と興味深いエピソードを引き出していく。それは相手が発展途上国の閣僚であろうと、本書に数多く登場する統計の専門家であろうと、あるいはノーベル経済学賞の受賞者であろうと変わりはない。

訳者もその片鱗を目撃したことがある。もう4年以上も前になるが、前著の出版直後に、著者や取材スタッフの方々と食事をしていると、後から来日中の経済学者ポール・クルーグマンが合流してきたことがあった。彼は、日本では硬派の論客としての印象が強いが、ピリングとは鎧を脱いだ付き合いをしている様子がありありと見え、そのシャイな一面に意外な思いをした記憶がある。クルーグマンは熟成肉の塊に舌鼓を打つ合間に、若い頃にSF小説『ファウンデーション』シリーズに登場する心理歴史学者ハリ・セルダンに憧れて経済学者を目指すようになったという(今ではよく知られた)逸話を語ってくれた。

小説に登場する心理歴史学は、数学的に未来を予測して文明の行方さえ左右する架空の社会科学だが、「僕にはこれが限界だった」とやや自虐的に笑う表情を見て、訳者はこれがこの著名な経済学者の「聖杯」だったのだなと妙に納得してしまったものである(ちなみに、本書ではクルーグマンに対する直接の言及はないが、彼は昨年ニューヨーク・タイムズ紙に「経済成長で得をしているのは誰か、GDPだけを見ても全体像はつかめない」という趣旨のコラムを掲載している)。思えばピリングは、この時点ですでに「次の本ではGDPについて書きたいと思っている」と口にしていたのだった。  

最後に余談になるが、本書を訳出中に思い出したジョークがある。

数学者と統計官と経済学者が同じ仕事に応募してきた。

面接官はまず数学者を部屋に呼び入れると、「2+2は何になるかね?」と質問した。数学者は「4です」と答えた。面接官は、次に統計官を呼び入れると、同じ質問をした。統計官は 「平均すると4になりますが、10%ほどの誤差が出る可能性があります」と答えた。最後に経済学者が呼ばれると、「2+2は何になるかね?」とまた同じ質問が繰り返された。経済学者はおもむろに席を立つとドアの鍵を掛け、ブラインドを下ろして、面接官のすぐ横に座り、彼の耳元でこう囁いた。「2+2が何であれば、あなたのお気に召すのですか?」

これは何年か前に、英エコノミスト誌のサイトに読者から投稿されていたブラックジョークだが、そのシニシズムは、本書における著者の懐疑的なスタンスに通じるものがある。

2019年2月

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon Kindle

『ノンフィクションはこれを読め! 2014』電子版にて発売中!

HONZ会員登録はこちら