『わたしが出会った殺人者たち』 新刊超速レビュー

仲野 徹2012年06月26日 印刷向け表示
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わたしが出会った殺人者たち
作者:佐木 隆三
出版社:新潮社
発売日:2012-02-17
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二日連続で、殺人者本のレビューである。しかし、この本、すこしも「超速」レビューになっていないのである。すみません。遅れたのにはいささかの理由がある。以前、沢木耕太郎訳、というのにつられて、『殺人者たちの午後』という本を買った。英国での殺人者たちへのインタビュー集である。怖かった。最後まで読み切れなかった。そんな経験があったので、この本、出版されてすぐに購入したものの、なんとなく怖くて読み始められなかったのである。

それなら買うなと言われそうであるが、タイトルと作者を見たら、即ポチせずにおられなかったのであるからしかたがない。しかし、読み始めたら、一気に読み通してしまった。それにしても、内容が内容である。「おもしろい」と勧めるレビューを書いていいものかどうか、また迷っている間にしばらく時間がたってしまった。そして、昨日レビューした佐野眞一の『別海から来た女』を読んだ。佐木隆三が出会った幾多の殺人事件と読み比べると、その連続殺人事件の特異性がくっきりと浮かび上がってくるのがわかった。やはり書くことにした。

殺人者と他の人間との違いは程度の差であって、種類が異なるものではない

という英国の評論家コリン・ウィルソンの言葉を引用し、 “まったく同感” であり、殺人者達を “「日常の陰の隣人たち」と呼んできた” という佐木隆三。この本は、殺人犯へのインタビュー集でもなければ、完全なドキュメンタリーでもない。直接取材したり、裁判の傍聴であったり、佐木隆三がなんらかの形でかかわった殺人事件についての、覚え書きのようなものである。

佐木隆三といえば、その代表作『 復讐するは我にあり』が、カポーティーの『冷血』と並び称されるほどの作家である。殺人事件の裁判の時などに、テレビでインタビューをうける氏は、クールにして熱く、殺人事件を語るにはなんだかちょっとかわいらしいおじさん、というより、いまや、おじいさんである。その代表作でとりあげられた殺人犯・西口彰にはじまり、死刑適用基準の元となった連続射殺事件の永山則夫、オウムの麻原彰晃、など、ずらり18の「有名」殺人事件がとりあげられている。

それぞれの事件についての大まかな解説と、佐木隆三の関わり方が書かれている。それ以上に興味がひかれるのは、それぞれの殺人犯に対する佐木隆三の肉声である。おかしな言いようかもしれないが、これだけの殺人者に何らかの形でかかわった佐木隆三は、殺人事件と殺人犯についての日本一の「目利き」であろう。そして、その目は、ときに厳しく、ときにやさしい。麻原彰晃こと松本智津夫に対してはもっとも手厳しく、“この人物に訴訟能力がないとは、まったく思っていない”、そして、“わが国に死刑制度が存在するかぎり(中略)その執行の早期実現を、願っている”、と書く。一方で、中州連続夫殺人事件の美人ママには、“もし「美人ママ」でなければ、関心がなかったろう”、と正直に書きながら、ちょいと甘かったりする。

逃亡15年の末、時効間際に逮捕されたスナックホステス福田和子の話が、いちばん印象的だ。福田和子って?美容整形手術をして、金沢の和菓子屋さんと結婚していた、ほら、あの、と言えば思い出される方も多いだろう。佐木は、福田との面会をかさね、その内容を記している。まったく知らなかったが、福田は、通報されることを知っていたが逃げも隠れもしなかったらしい。通報の賞金をうけとったうちの一人であるオデン屋のママが、以前に福田に語っていたとおり、賞金の半分以上を「愛は地球を救う」に寄附したことを佐木から知らされた福田は、“知らんもんだから、どこかでママを恨んでたけど、良かった!”と、満面の笑顔で涙を流し続けたという。そんな福田が任意出頭しなかったのは、若い頃に刑務所で強姦されたことが理由の一つであると考える佐木。無期懲役の判決を下した “裁判長の石頭ぶりは、度し難いものに思えてならない” と怒る。

なんとか殺人事件、と名付けられるような事件であっても、大騒ぎされるのは、逮捕後しばらくまでであって、ワイドショーはまた次の事件へと興味を移していく。判決が下るころには、あぁそういう事件もあったか、という程度の記憶になってしまっていることが多い。さきに書いた福田和子は、最高裁での無期懲役確定後、和歌山刑務所で服役中に脳梗塞となり、五十七歳で亡くなっている。「千葉大女医殺人事件」は、同世代の医師による犯行だったこともあり、よく覚えているが、犯人の藤田正が、獄中で自殺していたことは知らなかった。

何十年も前の事件であっても、佐木の筆にかかると、記憶が鮮明に甦ってくる。そのころの自分が何をしていて、事件についてどういうふうに考えていたかも。当時も今も同じ感想を抱く事件もあれば、かなり考えがかわっている事件もある。成長なのか、堕落なのか。あるいは単に時代の流れなのか。いずれにせよ、過去の自分と殺人事件を通して対話しているような、タイムトリップ感がいい。「復習するは我にあり」とでもいったところであろうか。

若い人は知らない事件ばかりだろう。私にとっても、まったく記憶にない事件がたくさん含まれている。しかし、それらの事件を読んでいくと、佐木が埴谷雄高に言われたという「とことん刑事裁判に付き合っていれば、きっと人間の正体が見えてくる」というのは本当なのだろうとわかってくる。殺人事件にシンパシーを感じるわけでは決してないが、たしかに人間のスペクトラムというのは量子的ではなくて、連続的なもののようだ。しかし『別海から来た女』の犯行はどうだろう。木嶋佳苗についても、佐木隆三は “程度の差” と考えているのだろうか。

この本があまり話題になっていないようなのが、もう一つ、遅ればせながら、やっぱりレビューを書こうと思った理由である。書評でもお目にかからなかったし、Amazonのレビューコメントもゼロのままである。おもしろい、というと、語弊があるだろうし、たしかに、すこし扱いが難しい本ではある。あたりさわりなくいうと、刺激的で興味深い、というところだろうか。しかし、人間の正体を暗い側からのぞき込みながら自己と対話する、そんなことをさせてくれる本はめったにない。英語でいうところの quite thought-provoking な本なのである。

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