好蟻性生物に萌える! 『アリの巣の生きもの図鑑』

土屋 敦2013年03月13日 印刷向け表示
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アリの巣の生きもの図鑑
作者:丸山 宗利
出版社:東海大学出版会
発売日:2013-03
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本書は、アリの巣に住み、アリと共生する昆虫(好蟻性昆虫)やその他の節足動物(クモやダニなど)に関する図鑑である。なんというか、読者対象狭すぎな本だが、好蟻性昆虫マニアやヘンな虫好きにとっては、よくぞ出してくれた! と狂喜乱舞するような、奇跡的な一冊なのだ。

著者は、HONZでも話題になった『ツノゼミ ありえない虫』や、好蟻性昆虫の魅力とその研究の苦労を活き活きと、楽しげな筆致で語った『アリの巣をめぐる冒険』丸山宗利氏に、アリ好きなら知らぬものはいない、アリ専門店Antroom経営の島田拓氏(ここで売っている蟻マシーン3号が欲しくてたまらない)、岐阜県の蟻ならこの人!の、木野村恭介氏、不幸にして虫、特に始末におえない蝶の世界に足を突っ込んでしまった岩手大学の博士課程在籍の若きホープ、工藤誠也氏、そして、すでに好蟻性昆虫の写真集も出している小松貴氏。まさにオールスターである(たぶん)。

言うまでもなく、HONZでは虫ネタはまったく人気がない。虫嫌いの成毛眞は、仮にここまでなんとか「ぽかーん」としつつも読んでくれたとしても、そろそろブラウザを閉じる頃だろう。本書を見せたときに「気持ち悪いですね」という感想を一言を発して本を突き返した山本尚毅に至っては、このレビューの存在自体を無視しているに違いない。

しかしながら、本書は、とんでもなく面白い。特にアリの社会を人間社会に置き換えるような、アナロジーで想像力をふくらませながら読むと実に楽しい妄想に浸れ、幸せな時間を過ごせる。

アリは体表面を覆う複数の炭化水素の組成を触覚で感じ取って敵か身内か見分けるが、まず、この体表炭化水素を奪い取って自らの身体に塗りつけ、偽装をして自由に巣内を闊歩し、アリに給餌してもらったり、アリの幼虫を食べたりする類の虫がいる。人間社会で言えば、完全に人間に化けた宇宙人が、実はあちこちにいて、ときどき人間の赤ちゃんを盗んで食べるという、B級ホラーな感じ。また、無関心共生者と言われる虫たちは、アリにまったくその存在を気付かれない。アリはそれらの虫がこの世に存在しないものとして生活しており、こちらは座敷わらしや透明人間のイメージか。

ゴマシジミという蝶とアリの関係もかなりホラーだ。ゴマシジミの幼虫はシワクシケアリに出会うと甘い蜜を出し、それを舐めたアリは幼虫を巣に運び込む。するとそれまで草食だったゴマシジミの幼虫は肉食性に変わり、アリの幼虫をむしゃむしゃ食べて育つ。体表炭化水素の組成は宿主のアリと類似し、女王アリが発する音響シグナルと似た音を出して優先的に世話や護衛を受けているという報告もあるから、化学的偽装でアリを騙してもいるようだ。目の前で子どもたちが食べられていてもアリたちはまったく気が付かず、我が子を食べる寄生者の世話を熱心にし続けるのである。

逆に、実に美しい共生関係を取り結んでいるのが、アリノタカラとミツバアリ。アリノタカラは巣内で甘露を出し、アリはそれを食べて生きていく。一方でアリはアリノタカラを守り育てる。アリノタカラがいなければ、ミツバアリは生きてゆけず、逆も同様。牧畜民と羊や牛の関係のようだ。そして、若い雌羽根アリは、アリノタカラを1頭くわえて巣から飛び立ち、新天地で新たな巣を作る。嫁入り道具に牛1頭、という感じだろうか。

さて、そんなふうに妄想を膨らませながら好蟻性生物の生態を堪能するのも、本書を読む喜びだが、実は、掲載されている写真も本当に素晴らしい。特に、マルムネアリヤドリがハヤシケアリに化学物質を噴射する瞬間や、クシケアリヤドリバチがシワクシケアリの幼虫に卵を産みつける瞬間の写真、アリクイノミバエがアリ同士の喧嘩をホバーリングして監視し(このハエは抗争中のアリを狙って、隙を見て卵を産み付け、寄生されたアリは半狂乱状態に陥る)、さらに一瞬のすきを突いて腹部に卵管を差し込む写真など、本当に惚れ惚れとしてしまう。いずれも研究室内ではなく、野外で撮影されたもの。わずか数ミリの微小な生物の生態を見事に活写して、感動的でさえある。

上記の写真を撮影したのは小松貴氏だ。特別な機材が用いられているわけではなく、LUMIX FZ50にレイノックス社のスーパーマクロレンズDCR-20、それに牛乳パックで作った自作のディフューザーをかぶせる、という手作り感あふれる装備で撮影したそうだ。小松氏いわく、

結局昆虫撮影で最後に物を言うのは虫に関する知識と経験、さらに各人が生来もつ「虫と通じる能力」(これをフォースと呼ぶ)の質だ。肝心の被写体発見能力なくして、撮影も糞もない。

本書には著者たちによるコラムが差し挟められているが、上記は小松氏によるコラムから。上記の一文からも想像できるように、実は小松氏のコラムは図鑑らしからぬ個性的なもので、実におもしろい。例えばこうだ。

俺は人と関わるのがとにかく嫌で、可能なら一切の人語を操ることなく生きものだけを相手に、時々パソコンゲーム(18歳未満購入禁止)だけして過ごしたいほどだった。そんな俺に、丸山氏が「講義生生物の図鑑を作るから、写真撮ってこい」と命じたのは数年前.(中略)

実は、丸山氏は人嫌いな俺にさまざまな人との交流を通じ、俺が失いかけていた「人の心」を思い出させるため、あえてこの任務を与えたのではないかと思う。好蟻性昆虫を巡る旅は、人の縁を考える旅だった.

小松氏は、2歳のときに、家の周りの石をひっくり返してアリの巣のなかにいる好蟻性昆虫、アリヅカコオロギを発見している。しかも、1歳のときに両親に買い与えられた昆虫図鑑にこの虫に関する記述があったため(つまり小松氏は1歳で図鑑を読みこなし、その内容を暗記していた)、2歳にしてアリヅカコオロギをきちんと同定しているのだ。

まさに好蟻性昆虫の申し子。そのうえ、ブログの自己紹介では、「三十路的魔法使い」(わかる人にはわかりますよね)を公言し、ときに講演に黒マントの魔法使い風の恰好で登場するそう(その講演も細部まで作り込まれ、観客にバカ受けするそうです)。また自身で、好蟻性昆虫の萌えキャラもデザインしているという(次は萌え絵満載の『アリの巣の美少女図鑑』を出版してほしい。いかがでしょう、東海大学出版会さま)。この個性、本当に素晴らしい。まさに得がたい人材であり、しかもまだ若い。今後の活躍を大いに期待したいところだ。

なんだか途中から小松氏礼賛のレビューとなってしまったが、本書は、私にとっては、数々の珍しい好蟻性生物と同時に、小松貴という希少な「虫屋」を発見した図鑑でもある。「まだわからないことだらけ」だという好蟻性生物の生態のみならず、素晴らしい昆虫写真家であり、フィールドをなにより大切にする研究者である小松氏自身が広くこの世に知れ渡ることを願ってやまない。

ツノゼミ ありえない虫
作者:丸山宗利
出版社:幻冬舎
発売日:2011-06-23
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アリの巣をめぐる冒険―未踏の調査地は足下に (フィールドの生物学)
作者:丸山 宗利
出版社:東海大学出版会
発売日:2012-09
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昆虫食入門 (平凡社新書)
作者:内山 昭一
出版社:平凡社
発売日:2012-04-15
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栗下直也のレビューはこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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