『家康公の時計 四百年を越えた奇跡』 国宝申請の行方

東 えりか2013年08月06日 印刷向け表示
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家康公の時計: 四百年を越えた奇跡
作者:落合 偉洲
出版社:平凡社
発売日:2013-07-26
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1616年4月17日朝、徳川家康公は駿府城で死去した。原因は、鯛の天ぷらに当たったとか胃癌のため、などの説があるが、75歳と当時にしては長命だった。

私は、家康公のお墓は日光東照宮にあると思い込んでいた。実際は静岡市にある「久能山東照宮」にあり、日光は一周忌を過ぎたのちに勧請(分霊)されたものだそうだ。

本書は、この「久能山東照宮」の宮司が綴った家康遺品の一つ、スペイン製時計に関する物語である。わずか250ページほどの本だが、江戸時代初期の知識の整理に非常に役に立つ。世界情勢から日本の立場、家康公の知恵、外交手腕まで詳細に書かれており、私は興奮のあまり夜を徹して読み通してしまった。

徳川家康は、なぜキリスト教を禁令し、鎖国の際オランダと英国(のちに自ら撤退)だけ国交を残したのか。伊達政宗は、なぜ慶長遣欧使節の支倉常長らを見捨てなければならなかったのか。

スペインが無敵艦隊を誇り「日の沈まぬ国」と呼ばれた時代、家康は積極的な海外交易の展開を目論んでいた。マニラーメキシコ間の航路をつくり、西洋帆船の技術者の派遣をスペインの植民地、フィリピン総督に要請していた。

1609年(慶長14年)9月、フィリピン臨時総督ドン・ロドリゴ・ビベロは新スペインと呼ばれたメキシコへの帰途の途中、千葉県沖で座礁し沈没。300人以上の乗組員が近くの岩和田海岸に流れ着く。地元民は哀れがり、若い海女たちは衰弱した乗組員を抱いて温め、食料や着物を与えて命を助けたという。

幕府は彼らを保護し、様々な便宜を図る。ビベロと家康は交渉をかさね、日本初の西洋帆船を無償提供し金銭を貸与する見返りに、当時急務であった、鉱山技術者の派遣を要請する。

ビベロ等一行が無事メキシコに帰国した一年後、スペイン国王フェリペ三世の命により、探検家で商人でもあるセバスチャン・ビスカイノが日本に派遣される。日本近海への様々な調査が主であったが、前年ビベロたちが受けた救援に対する答礼も主要な任務であった。その証のひとつが西洋時計だったのだ。このことは外交関係顧問であった金地院崇伝の「異国日記」にも記されており、出自由来とも間違いのないものである。

「家康公の遺品」として久能山東照宮博物館(ただし9月30日まで設備更新のため休館)に所蔵されているものには、この西洋時計のほかに目器(眼鏡)や海図を作成するコンパス、日本最古の鉛筆などがありすべて重要文化財に指定されている。しかしその由来について記されたものは西洋時計以外残っていない。

この時計はフェリペ三世の父であり、強大な権力を誇ったフェリペ二世のお抱えの天才時計師ハンス・デ・エバロが制作したものであることが、文字盤下の銘板によってわかっている。

このハンス・デ・エバロが残した時計は、確たるものとしてはフェリペ二世の書斎に残されたものと久能山の2台、他にはオークションに出されたものが1台確認されているだけである。そのうえ、久能山の物は、かつての調査によって正常に動くことが確認されている。

果たしてこの時計の価値はどれくらいなのか。宮司の落合偉洲は2015年(平成27年)から始まる「家康公没後四百年記念」の大祭に向けて、元新聞記者の小林一哉とともに調査を始めた。スペインに飛んで専門家の意見を聞き、バルセロナの時計学校ではオークションに出されたエバロの時計の修復を行った教授に面会、3億6千万円の値がついたことを知る。

現在、もっとも権威ある調査は大英博物館によるものである。日本在住のイギリス人時計コレクターの力を借りて、大英博物館にのキュレーター派遣を要請し、紆余曲折の末、日本へやってきた。大英博物館がキュレーターを他国に派遣し調査をするのは、滅多にないことだそうだ。来日したデービッド・トンプソン氏の詳細な調査結果は、昨年大きなニュースとなったので、覚えている方も多いだろう。(参考・『杯が乾くまで』鈴木真弓ブログ)

「家康公の時計」がどのようなものであったのかという謎解きが本書の読みどころのひとつである。しかしさらに興味深いのが、国宝指定をめぐる神社側と文化庁との攻防だ。

久能山東照宮は、建造物としてすでに国宝指定され、家康公の遺品は一からげで「重要文化財」に指定されている。国宝に指定されるのは、重文のわずか十分の一。だからこそ、価値があり、地方自治体もこぞって国宝指定に必死になる。

国宝とは何か。文化財保護法では以下のように記されている。

重要文化財のうち世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものを国宝に指定することができる(文化財保護法第27条第2項)

今までの調査や残された資料、そして現物の保存状態などから、この時計が国宝と指定されてもなんらおかしくないと感じる。家康公没後400年記念祭に、堂々たる国宝としてその姿を多くの人に見せてほしい。

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