『世界鉄道史 血と鉄と金の世界変革』歴史も続くよどこまでも

村上 浩2012年02月22日 印刷向け表示
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世界鉄道史---血と鉄と金の世界変革
作者:クリスティアン・ウォルマー
出版社:河出書房新社
発売日:2012-02-16
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電車が好きである。どの乗り物が好きかと問われれば、迷わず電車と答える。

車を運転していては本が読めない。飛行機は酔ってしまうのでよほど体調が良い時でなければ本が読めない。船は体調が良かろうが悪かろうが酔ってしまうので本は読めない。タクシーの後部座席で本を読むなど考えるだけで恐ろしい。三半規管の発達が未熟な本読みの移動は電車と決まっているのだ。なので、電車が好きとは言っても、交通新聞社新書を買い漁ったり、時刻表をまじまじと眺めたりするいわゆる「鉄ちゃん」というわけではない。

安価で、時間通りに、大して揺れずに目的地まで運んでくれる安心・安全な電車が好きなのだが、本書の副題はそんな電車のイメージとは大きくかけ離れている。原題も『BLOOD, IRON, GOLD』であり、なんだかおどろおどろしい。こんなタイトルの映画があったらきっとバンパイアや狼男がたんまり出てくるだろう。本書には一体鉄道の何が書かれているというのか。

本書は鉄道技術の詳細や車両、路線の美しさを論じているわけではない。鉄道は一つの趣味分野としては最大級のファン人口を擁すると思われ、そのような内容を論じた本は既に大量に出版されている。また、そのような点を深掘りした本は「酔わないから電車が好き」と言っている輩にはレビューは書けないだろう。

交通・運輸部門が専門のジャーナリストである著者は、鉄道がどのように社会に影響を与えたか、その発達には政府と民間でどのような役割分担があったのか、当たり前のように感じている鉄道の敷設の裏にはどれ程の血が流れたのか、更には、世界をどのように変えたのかを描き出そうとしている。何とも大きなテーマである。わくわくしてくるじゃないか。

Amazonをポチっとする前に1つ警告しておこう。レビュー締め切り2日前に本書を読み始めてはならない。まえがきで著者が「途方もない大仕事だった」と言うように、あらゆる国の、あらゆるプロジェクトのディテールがこれでもかとテンコ盛りの509ページである。終盤に差し掛かるころには、本の内容にドキドキしているのか、これ間に合わねぇんじゃね?と〆切に怯えてドキドキしているのか分からなくなる。何といっても、鉄道大国日本が登場するのは300ページを超えてからである。「線路は続くよどこまでも」とばかりに著者の鉄道への愛もどこまでも続くのだ。

本書の始発駅は産業革命の発信地、19世紀の英国の港町リヴァプール。1830年9月に開通した<リヴァプール&マンチェスター鉄道>が世界初の本格的な鉄道となったのは偶然ではない。リヴァプールは綿花の水揚げ港であり、マンチェスターは当時最先端の蒸気機関による綿花工場のメッカだった。この2大都市を鉄道で結ぶメリットは火を見るより明らか。産声を上げたばかりのテクノロジーは最高の出発地を見つけたのだ。この路線はあっという間に黒字になり、投資家にもたんまり配当金が出ることとなる。

この成功を出発の汽笛として、鉄道網は瞬く間に世界中に広まることになるのだが、その開発の動機は経済合理性の追求ばかりではない。ある国ではまとまりのない国家を一つにするために、ある国では更なるフロンティアの開拓のために、ある国では外国投資家の利益のために、ある国では文明開化の象徴として、途方もない距離の鉄道が途方もないスピードで拡張されていく。そのスピードには本当に目を見張る。何しろ、<リヴァプール&マンチェスター鉄道>開通から84年間で鉄道の総延長は100万キロを越えることになるのだ。

資本主義対資本主義』でも解説されている通り、資本主義に英・米型と大陸欧州型があるように、鉄道開発のやり方も英・米と大陸欧州では大きく異なる。前者は主に民間主導での開発を行い、後者は政府主導の開発を行っている。民間主導とは言え、国土の多くの部分を利用する一大事業であるため、英・米においても政府の関与が皆無と言うわけではない。鉄道という公共事業における官と民のバランスの取り方についてのケーススタディ集という視点で見ても楽しめる。その進め方は本当にバラバラだ。

また、大陸型で政府主導とは言っても各国政府の意図は様々であり、その発達具合にもお国柄が表れている。フランスなどは、「鉄道は田園地帯の平和と静寂を乱す存在なのか、それとも進歩と発展の象徴なのか」という抽象論を闘わせている間に、当時まだ小国の集まりでいがみあってばかりだった隣国ドイツに、その鉄道網開発で圧倒的に遅れをとることとなる。なんともフランスらしいエピソードではないか。

万里の長城やピラミッドをテレビで見ると、よくこんな巨大なものを人間が作ったなと驚かされる。しかし、我々は鉄道にもっと驚いてもよいのかもしれない。“万里”の長城と言ってもせいぜい数千キロのオーダーだが、鉄道の総延長距離は1960年で約145万キロであり、文字通り桁が違う。これだけの距離の建設が容易だったはずがない。本書には鉄道黎明期にその途方もない建設計画に関わった人々の苦難の歴史が克明に描かれている。当時の建設現場では本当に次々と人々が死んでいった。

自分がこれらの現場に参加するとしたら、シベリアの極寒の地で囚人たちと働くのは嫌だし、オーストラリアの灼熱の地でこれまた囚人たちと働くのも嫌だ。中でもアフリカを南北に結ぼうという<ケープ-カイロ線>だけでは絶対に働きたくない。何しろ辺りには食人部族、獰猛なライオンが待ち構えており、熱帯病が蔓延していのだ。とは言え、死亡率で言えばインドのガーツ山脈越え路線も負けていない。何しろ最盛期でもせいぜい42,000人だった現場で、累計25,000人もの人が伝染病で亡くなっているのだから。

このように途方もない血に支えられた鉄道だが、それは本当に世界を変えてしまう程のイノベーションだった。鉄道ができるまでは庶民には旅行や通勤の概念は乏しかったし、都市部で新鮮な食材が手に入ることもなかった。一部の人間には尋常でない富をもたらした。しかし、このイノベーションも世界中どこでも順調に開花したわけではない。中国では苦力の仕事がなくなるからと鉄道そのものへの反対運動が起こり、外国資本の受け入れを拒否したイタリアの民間鉄道会社は経営が立ち行かなくなった。何がイノベーションを後押しして、何がイノベーションを阻害したのか、鉄道から学べることは多そうだ。

自動車の登場により衰退の道を辿っているかに見えた鉄道だが、省エネルギーとCO2削減や人口増大に伴う都市化など、現代を取り巻く大きな課題とは相性が良さそうである。鉄道は再び世界を変えることはできるだろうか。

特急ではなく、鈍行列車に揺られながらじっくり読みたい一冊である。

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鉄道ファンでなくともこの人のデザインした電車にはワクワクさせられる。いつか電車で湯布院にゆっくり向かいたい。

人類大移動 アフリカからイースター島へ (朝日選書)
作者:
出版社:朝日新聞出版
発売日:2012-02-10
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この本を読むと、ホモ・サピエンスには移動せずにはいられない遺伝子が組み込まれているようにかんじる。色々な著者が最新の研究結果を分かりやすく解説している。

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