この写真から目を背けてはいけない『フォト・ドキュメンタリー人間の尊厳』 いま、この世界の片隅で

東 えりか2014年03月06日 印刷向け表示
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最初はちょっとした好奇心からだった。アメリカ・ペンシルバニア州の大学に通う林典子が、大学の掲示板に貼りだされていた「西アフリカ・ガンビア、研修参加者を募集」の掲示に興味を持ち、参加を申し込んだのは2006年1月。大学3年の春学期になったばかりのことだ。

ガンビア共和国は大西洋とセネガルに囲まれた細長い国土で人口は180万人ほど。その年の5月に教授の引率で入国し、行政機関を視察しアフリカの政治について授業を受けたのち、彼女ひとり帰国を遅らせ、現地の人と暮らすことにしていた。

ガンビアは1944年に軍事クーデターが起き、ヤヤ・ジャメ大統領が独裁政治を敷いている。拷問や違法逮捕など人権侵害が頻繁に行われ、報道管制が厳しいなか、林は独立系の新聞「The point」に押しかけて記者として採用された。驚くべき行動力というか、若さゆえの無鉄砲というか。この持って生まれた気質が、彼女を大きく成長させていく。

ガンビアの記者の何人かは表だった取材は新聞に、批判や暴露はアメリカのオンライン新聞に匿名で送っていた。

経済的に余裕があったら、家でもなく車でもなく、新聞社を作りたいんだ。ガンビアでは500ドルあれば新聞社を設立できるんだよ。たとえ一日で潰されてもいいから、書きたいことを全部書くんだ


実情を知らせたいと2度と入国できなくなるのを覚悟で糾弾記事を書き、ガンビアを後にした。残されたガンビア人のジャーナリストの中には命を落としたものもいる。これが林典子の出発店となった。

その後、内戦の跡が生々しいリベリアの難民キャンプを取材後、一度帰国。2年間写真について学び2009年、カンボジアのHIV感染者の取材に出発する。

ここで初めて取材対象者と一緒に暮し、生活の一部を写し取ることを学ぶ。母子感染によってHIVキャリアとなった8歳のボンヘイという少年は生まれながらにして耳が聞こえず、言葉も話せない。さらに左目の視力も失っていた。母のチャリアはすでに発症しており、祖母のロチョムとの3人暮らしの中に馴染むため、近くのゲストハウスから通う日々。日々の生活や学校の様子を撮影していたが、ちょっとしたきっかけで信頼を失ってしまう。2年後、もう一度訪ねると、母親は死亡しており祖母とボンヘイはもっと貧しくなっていた。幸いなのはボンヘイが成長し、家計を助けていたことだ。取材はまだ続いている。

約20年前,義母らからの借金を断り硫酸を顔にかけられたブシュラ・ハン(36 歳).勤務する美容院で開店前に身だしなみを整えている(2010年8月,パキスタン・ラホール)


2007年からわずか6年ほどの取材経験の中で一番大きな手柄は、パキスタンの硫酸で顔を焼かれた女性たちへのアプローチだろう。パキスタンでは結婚や交際を断ったり、浮気の疑いをかけられたりした女性は名誉を傷つけられたとして、相手の男や近親者から報復措置として顔に硫酸をかけられる事件が後を絶たない。年間150人から300人が被害に遭っているという。硫酸自体、500ミリリットル100円ほどで市場に売られている。 

多くの男たちは卑怯にも、女が寝ている間に塀を乗り越えて家に侵入し顔だけにかけて逃走する。医者もすぐには手当をせず、一晩放っておかれることも多い。その姿は説明するのも憚られる。

夫からの暴力に耐えられず避難した実家で,追いかけてきた夫に就寝中に硫酸をかけられたセイダ(22歳).火傷で,顔から首にかけての皮膚は溶け落ちた(2010年7月,パキスタン・イスラマバード)


それでも林は女性たちの側に寄り添い話を聞き、手術に立ち会い、実家にまで招待されるようになる。今は、この現状を世界の人に知ってもらえることが一番大事だ、彼女のカメラがパキスタンの女性を救いつつある。

もうひとつ、林が暴いた人権蹂躙された女性たちは、中央アジア、キルギスの「誘拐結婚」である。2012年、この取材に訪れた林は、この国の風習として残る暴力的な形態が、罪悪感なく普通に存在していることに驚愕する。

首都ビシュケクで大学に通い、翌年には留学も決まっているような女子大生が、簡単に誘拐され携帯電話もつながらないような田舎に連れ去られ、結婚を強要される。

散歩中に誘拐され,小さな村に連れてこられた大学生ファリーダ(20歳).誘拐した男の親族に腕をつかまれ,家の中へ連れていかれた(2012年9月,キルギス・ナルイン州)


どうしても帰りたいといえば、最後は許されるが、多くの女性は一度、男の家に入ったら、純潔を失ったとみなされて「恥」だと教育されてきたため、長時間の説得に肯んじてしまうのだ。もちろんそれで幸せになる者もいるが、自殺や逃亡も多い。林もひとりの元女子大生を救出しようとするが失敗してしまう。

女性の人権が叫ばれてずいぶんと経つが、未だに世界中で辱められ、ひどい境遇に追いやられている。30代になったばかりの林典子は、これからも多くの悲惨な現実に目を向けていくことだろう。彼女の写真がたくさんの女性を助けていくことを願っている。

林典子は2013年9月にフランスで開催された世界最大規模の報道写真祭「ピザ・プール・リマージュ」で、日本人初の最高賞(報道写真特集部門)を受賞した。

(※写真はすべてⒸNoriko Hayashi 編集部より掲載許可を得ています)

以下写真展などの情報です。

『フォト・ドキュメンタリー人間の尊厳』刊行記念ミニ写真展「いま,この世界の片隅で――」
会場 岩波書店 一ツ橋ビル1階ロビー
東京都千代田区一ツ橋2-5-5
日時 2月19日(水)~3月7日(金) 9時~17時(※土・日は休館)
入場料 無料

『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳』刊行記念
講演会「いま,この世界の片隅で――」(岩波BOOK CAFE)
会場 岩波書店 本館1階ロビー
東京都千代田区一ツ橋2-5-5
日時 3月7日(金)
開場18:00/開演18:30
料金 500円(コーヒー付き)
定員 40名(先着順,事前予約のみ)※満席につき受付を終了

「岩波新書「フォトドキュメンタリー人間の尊厳」刊行記念パネル展」
ジュンク堂書店 池袋本店
開催日時:2014年02月21日(金)15:00 ~ 2014年03月15日(土)23:00 フェア・イベント一覧開催店舗ページへ
ジュンク堂書店 池袋本店 3F壁面 

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 土屋敦、渾身のレビュー

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イギリス人女性がイタリア旅行中に誘拐され、売春婦に去れたという事件。鰐部祥平がレビュー。

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