「ぐりとぐら」創作の原点 『子どもはみんな問題児。』

吉村 博光2015年05月26日 印刷向け表示
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子どもはみんな問題児。
作者:中川 李枝子
出版社:新潮社
発売日:2015-03-27
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本書は、ミリオンセラー絵本『ぐりとぐら』の作者、中川李枝子さんが書いた教育エッセイだ。著者は、17年間保母として勤務したのち、絵本作家になった。ここには、主にその17年間に著者が感じたことがまとめられている。子を持つ親たちにとって、子供たちが保育園でどのように過ごしているのかを思い浮かべるのは、文句なしに楽しいことだ。私も読みながら、思わずニヤニヤしてしまった。またもしも、毎朝、泣き叫ぶ我が子を保育園にあずけているお母さんがいれば、これを読めば安心して仕事に身が入るようになるに違いない。子育てへの勇気がもらえるという意味では、少子化に悩む日本の将来を拓く本といえる。

なぜ、勇気がもらえるのか。それは、本書が身も蓋もないほど、正直につづられているからである。例えば、著者が勤めていた保育園では、面倒なことは一切やらない方針で「園だより」も出さないし、毎日の連絡帳もなかったそうだ。勤め始めたころ、「この仕事は儲からない。だからその分、子どもからもらえるものはもらっておいて、そして楽しまなきゃ損よ」と園長から言われたという。それにしても、『ちびくろ・さんぼ』に熱中する子どもたちをみて、「なにがトラのバターよ!(笑)」と奮起して、『ぐりとぐら』のカステラの話が生まれたというエピソードには、お腹をかかえて笑ってしまった。

子どもたちに本気でぶつかってきた「爽やかさ」と「汗」が、本書から伝わってきて、私の心を揺さぶった。私は、著者が映画「となりのトトロ」のオープニングテーマ曲『さんぽ』の作詞も手がけていることを、本書ではじめて知った。「歩こう、歩こう、私は元気。歩くの大好き、どんどん行こう」私は、この歌を何度、子どもと一緒に口ずさんだか知れない。著者が、体当たりで子どもたちと接した時間が、あの素晴らしい創作につながり、実際の保育のシーンで使われているということだと感じた。心を動かす創作の多くは、日常を正直に生き抜くところから生まれるのではないだろうか。ウソはないか、私も自問自答していきたい。

子どもたちのありのままの姿を受け入れる著者の姿勢が、鮮明に表現されているエピソードを紹介したい。ある日、新しいブラウスを着てきた女の子に誰に買ってもらったのかを尋ねると、彼女は「三軒茶屋のおばさん」と嬉しそうに答えた。その後、またかわいいスカートを履いてきたので訊いてみると、普段あまりおしゃべりする子ではなかったがやはり嬉しそうに、「三軒茶屋のおばさん」と答えた。すっかり、著者の頭の中に「三軒茶屋のやさしいおばさん」の像を浮かべていたが、お母さんにきいたら「そんな人いませんよ。あれは私が買ってやったんです。」といわれたという。

きっとその日、弟たちはお父さんとお留守番で、女の子はお母さんと二人きりでお買い物に出かけ、そのときのお母さんはおめかししていつもと違うタイプのやさしいおばさんに変身してくれたのでしょう。
私はその子をうそつきとは言えません。
子どものうそは創意の所産だと、民俗学者の柳田国男さんもおっしゃっています。
「創造の所産で、それは豊かな発想ということだから、子どもをうそつき呼ばわりしてはいけない」と。     

(本書「子どもの言うことは全部ほんとうです」より)

さまざまな子ども、さまざまな個性、みんな違ってみんないい。子どもたちにとって、現実と創造の狭間にあるもの。膨大な領域、膨大な数の理解と受容。その無限の繰り返しを経て、著者の身体に芽生えたもの。そこから生まれた創作の数々。「このよでいちばん すきなのは おりょうりすること たべること ぐり ぐら ぐり ぐら」あらためて、絵本『ぐりとぐら』のセリフに触れてみると、なんとも素敵なリズムをもった言葉ではないか。現実と創造の狭間。人の心の柔らかいところに触れる、自然な響きがなんとも心地良い。

さて、『子どもはみんな問題児。』という書名はなんとも刺激的だが、同時に「問題児で良いじゃないか」と胸を張っているような微笑ましい印象も受ける。ここで、この書名の元となった文章を抜粋したい。

子どもらしい子どもは、ひとりひとり個性がはっきりしていて、自分丸出しで堂々と毎日を生きています。
それで大人から見ると、世間の予想をはみ出す問題児かもしれません。だからこそ、かわいいのです。
子ども同士で集まると「お母さん自慢」をして喜びあい、大好きなお母さんが本当に困った時には、ちゃんと気配を察知する力をもっています。いずれも私が17年間保母をして、知った子どもの姿です。

(本書「はじめに」より)

どんな母親自慢があるのかと読み進めると、お弁当自慢は言うに及ばず、なんと帝王切開の傷跡自慢などもあるというから驚いた。そこから発展して、盲腸の傷跡自慢になり、最終的にはとある子の母親の胆石の傷跡自慢で、みんな降参したそうだ。それだけ、子どもたちはみんな母親が好きだということだろう。お母さんはナンバーワン。ここから、実践的なしつけの方法が紹介されている。

子どもが何か悪いことをしたときは「そんなことをしたら、お母さんが悲しむでしょう」、褒めたいときは「お母さんが喜ぶわよ」。この言葉が、一番効き目があるそうだ。これは父(ナンバーツー?)である私にも、心当たりがある。著者いわく、保育者なんて、残念ながらいつもナンバーフォー以下だったという。だから「子どもと仲良くなるには、その子がこの世でいちばん好きな人、すなわちお母さんを保母である私も好きになることが必要」だったそうだ。そんな経験からだと思うが、著者は、保育者ととかく対立が生まれやすい保護者に対して「いろんなお母さんがいて、いろんな良いところがある」と、とても寛容なスタンスをとっている。こういう土壌なら、子ども本人を置いてきぼりにした教育方針の対立などは、きっと発生しないだろうと感じた。

私は、本書をすでに3度読んだ。繰り返しになるが、この本にはウソがない。感じたままを書いていて、大上段に振りかざすところがない。そして、なんといっても爽やかだ。ところどころに入っている『ぐりとぐら』や『いやいやえん』などの挿絵も可愛いく、リビングで読んでいると子どもたちも覗き込んできた。本書に書かれていた、危険なことだけはしないようにキチンと怒ること、「おててピン!」「あんよピン!」は早速、我が家でも使わせていただいている。お父さんもお母さんも、まず自分で読んでみて、良かったら、ぜひパートナーにプレゼントしてみてはいかがだろう。流行りの書名になぞらえれば、こうでなければならないという「子育てという病」から解放されるとともに、夫婦の絆が深まることは間違いない。

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