埋もれた歴史の謎を解く『漂流の島 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う』

野坂 美帆2016年06月27日 印刷向け表示
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漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う
作者:高橋 大輔
出版社:草思社
発売日:2016-05-19
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ロビンソン・クルーソーのモデル、スコットランドの船乗りアレクサンダー・セルカーク。南太平洋の無人島に漂着した彼は、4年4か月を1人きりで生き延びた。彼が漂着した島はチリにあり、現在ではロビンソン・クルーソー島と名付けられている。著者・高橋大輔氏は、広告代理店の職を辞してセルカーク住居跡の発掘プロジェクトを推し進め、13年かけて遂にそれを発見した。そんな高橋氏が日本のロビンソンに興味を持つのは必然だったのかもしれない。

伊豆諸島の南端、小笠原諸島の手前に鳥島という無人島がある。直径2.7キロメートルほどの火山島で、面積は約4.6平方キロメートル。周囲を断崖絶壁に囲まれた小さな島だ。開拓の手が入ったこともあったが今では昭和に設置された気象観測所の廃墟が残るだけの島である。アホウドリの繁殖地として有名で、島全体が天然記念物(天然保護区域)として指定され、一般人の上陸が禁じられている。そんな島だ。

鳥島はしかし、「漂流の島」でもある。ここには記録に残るだけで17世紀後半から幕末にかけて累計約100人もの男たちが漂着している。練馬区の10分の1ほどの面積しかない小さな火山島に、繰り返しこれだけの数の漂着民がいる――—。しかも記録に残っているということは、何人もの生還者がいるということでもある。航路から外れ、水さえない無人島で、彼らがいかにして生き延び、どのような方法で帰還したのか。そのサバイバルを思えば、著者のような探検家でなくとも心に沸き立つものがある。

無人島漂流は、児童教育や気象学、海事史、日本史諸分野での研究が進められてきたが、世に広めた貢献者と言われれば文学作家たちだ。鳥島の漂流民を題材に書かれた文学作品に井伏鱒二「ジョン万次郎漂流記」(『さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記』新潮文庫)、吉村昭『漂流』(新潮文庫)、織田作之助「漂流」がある。(余談だが、鳥島での気象観測を題材に新田次郎は「孤島」『火の島』を書いている)高橋氏は思った。

無人島漂流。そのテーマに真っ向から挑んでいるのは文学だ。ただしどんなに史実に忠実な作品だとしても小説である以上、鳥島や漂流者たちは文学的な存在にとどまったままなのだ。現地に出かけ、事実として検証する試みが行われて初めて、埋もれた史実に現実の空間と時間軸が与えられる

「現場から見つめること。探検して事実を掘り起こすこと。」漂流民が小説の題材として以上の存在意義を示すことができる可能性と、その社会的な価値を信じて、高橋氏は鳥島漂流民の跡を追い始める。

漂流民の謎を追うにあたって、氏がこだわったのは住居跡である。彼らの生活を知る手がかりは住居に残されているということを、ロビンソンのモデル・セルカーク住居跡を発見した経験から知っていた。しかも、史料を紐解くに、鳥島には奇妙な洞窟が存在していたことがわかった。鳥島の洞窟では、生活用具を受け継ぎ、木板に書置きを残すなどして、後から来るかもしれない次なる漂流民を支えられるような心配りが代々受け継がれていた。漂流が繰り返されることで、漂着者の歴史が形成されているのだ。

しかし、鳥島で実地調査を行う道は非常に険しかった。日本で1度絶滅に追い込まれたアホウドリ保護のため、立ち入りを制限された保護区域だからだ。東京都への申請は不認可。自然保護には緊急性があるが、歴史調査は重要度が低いということなのだとしたら残念なことだ。しかし高橋氏は不屈の粘り強さで調査を続ける。

彼は、火山学者である松島氏と共に、山科鳥類研究所が鳥島で行う環境省の土木事業に参加する機会を得た。あくまで火山調査の助手かつ土木作業員としての参加であり、考古学の事前調査ではない。何も発掘しないし、自然物を動かすこともしない。しかし研究地に足を運ぶことの重要性は計り知れない。実際に風土を体感することで史料を見る目も変わるものだ。高橋氏は松島氏と共に鳥島を歩き回る中で、2つの気になる「防空壕」を発見する。鳥島を離れた後、都から調査の認可が下りない中で、氏は文献史料を読み解き、過去の鳥島滞在者である気象観測所所員らに聞き取りをし、地質学的観点からも推測を行い、ある1つの結論に達する。

本書は探検家・高橋大輔氏が書いた鳥島漂流民に関する歴史ノンフィクションであるが、それと同時に、調査を巡る悲喜と辛苦のドラマでもある。読者は、歴史を追う者にもまた思いや信念があることを知る。それは歴史書であれば決して明かされない人間ドラマだ。私たちは解き明かされていく歴史の謎を読む興奮と並行して、氏の心情を追いかける。なぜ人は探検に赴くのか、なぜ歴史は探求されるのか。その疑問の答えはぜひ本書の中で探してほしい。

江戸期の漂流民。明治や昭和初期の開拓民。明治の開拓民の中にはアホウドリを乱獲して巨万の富みを稼ぎ出した男がおり、火山の噴火とともに命を奪われた労働者もいた。太平洋戦争中には敵国と戦った兵士が常駐していた。戦後になると気象庁の観測員が島にやって来て、昭和四十年に火山噴火の危険が迫って撤退するまで命がけで観測に当たった。そして現在でも無人島に通い続ける鳥類学者や火山学者がいる。何と冒険に満ちた、ドラマチックな歴史なのだろう。そこは本当に日本なのだろうかと驚かされる。

今は誰も住んでいない鳥島だが日本人の足跡が残されている。そこには歴史という時間ばかりか無人島という隔絶された空間に埋もれてしまった名もなき人々がいる。彼らもまたわれわれと同じ国に生き、文化と歴史を共有した日本人なのだ。存在さえ知られないまま忘却の彼方に葬り去っていいはずがない。

今は認可されないが、何十年後かに本書を手にする人がいるとして、その時鳥島への上陸制限は緩められているかもしれない。高橋氏の探検は、遥か未来に続いている。

さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記 (新潮文庫)
作者:井伏 鱒二
出版社:新潮社
発売日:1986-09-29
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漂流 (新潮文庫)
作者:吉村 昭
出版社:新潮社
発売日:1980-11-27
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火の島
作者:新田次郎
出版社:新潮社
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