『自画像の思想史』

出口 治明2016年07月31日 印刷向け表示
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自画像の思想史 (五柳叢書 103)
作者:木下 長宏
出版社:五柳書院
発売日:2016-06
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人類の絵画史は15,000年前のラスコーの壁画から始まると著者は述べる。これに対して自画像の歴史はわずか5~600年。なぜ、かくも長い間人類は自画像に関心を持たなかったのか。ここから探求が始まる。

まず、古代の「自画像以前の時代」。自己と他者(世界)は調和しており、人間は神(世界)に従順であった。人間の顔は普遍的に表現され(イコン、仮面など)、自画像を描く必然性が見つけられなかった。

12世紀頃から画家のサイン代わりの自画像が現れる。ルネサンスから始まる近代は、自己と他者が対等の存在となり、かつ対立する時代であった。鏡が普及し遠近法が用いられて本格的な「自画像の時代」が到来する。自己とは何かを追及する上で自画像を描くことが不可避となったのだ。最後に、現代は、自己と他者が分裂・拡散し、自画像を描く意味が喪われた「自画像以降の時代」である。

著者はヨーロッパに見る自画像の展開について、顔の造形に無関心な古代(ラスコー)から、自画像を無意味と考える自画像を描く現代(森村泰昌など)まで12の段階を想定する。

そして次に日本の自画像の分析に入る。著者は、型(群衆の中に、単独像で)、動機(落款志向、寿像、見立て、現在像)、発想源(供養者像系、御影系、見立系)、流儀/様式(頂相系≒禅僧、歌仙系、俳画系)に着目して12の指標を提示する。ただし、この12の指標は読んでいて今一つ識別が明確であるとは言い難い。

さらに著者は、日本の自画像の流儀/様式分類の方法をヨーロッパに援用して、デューラー系(D系。自己を美化、主観的)、レオナルド系(L系。自己を対象物化、客観的)、ミケランジェロ系(M系。他者に自己を仮託、演技的)という3つの系を創り出す。そして、有名な250人もの自画像を、このように分別整理したそれぞれの箱に上手に収めていく。

自画像と言えば、レンブラントやゴッホが反射的に脳裏に浮かぶが、レンブラントはM系とL系、ゴッホはD系に属するそうだ(本書もD系か)。その他では、D系はプッサンやフェルメール、L系はピカソ、セザンヌやムンク、M系はカラヴァッジオ、ヴェラスケスやクールベが、代表的な画家として例示されている。この分別は大変な作業であったろう。

読者として、好きな自画像を自分でそれぞれに当てはめてみるのも楽しいに違いない。いずれの仮説も反論はあるだろうが、なかなか面白かった。絵画(史)が好きな人には、十分、一読の価値はあると思う。

なお、著者は写真とL系を関連付けているが、3次元の世界を2次元の世界に写す同様の手段という意味では、写真の絵画史上における意味合いはもっと大きいのではないか。タブロー(額縁に入った絵)は天才が見た世界であり持ち運びできる小宇宙。地球儀、ロマン(小説)、交響曲も根は同じ、という鋭い指摘には思わず膝を打った。

出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。 
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