『ソニー 半導体の奇跡 お荷物集団の逆転劇』経営と現場との板挟み 苦闘する管理職の視点

栗下 直也2021年04月24日 印刷向け表示
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ソニー半導体の奇跡: お荷物集団の逆転劇
作者:斎藤 端
出版社:東洋経済新報社
発売日:2021-02-27
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日本の電機メーカーが半導体事業で世界を席巻した1980年代、蚊帳の外だったのがソニー(現ソニーグループ)だ。同社の半導体部門は、社内でも十数年前まで「お荷物」扱いだった。

それが今では、全社利益の約4分の1を稼ぎ出し、スマートフォンなどに使われる画像センサーでは世界シェアの約5割を握る。日本企業の半導体部門は事業縮小と撤退を重ね、世界の最前線から脱落したが、ソニーは生き残り、躍進した。

本書は社内の傍流事業が基幹事業にいかにして成長したかを描いているが、企業物語にありがちな技術者たちの情熱と涙の記録ではない。技術はピカイチだが社会不適合者ばかりの集団が、熱血リーダーの下で成功をつかむ、といったストーリーでもない。

不採算事業の改善を求める経営層と技術は高いが会社に見限られつつある現場との板挟みになりながら苦闘する管理職の視点で物語は展開する。舞台はソニーという日本有数の大会社だが、日本のどこでも見られそうな構図には親近感を覚えるはずだ。

著者は理系大学出身だが専門は経営工学。入社以来、企画畑を歩むが、社内政治のあおりで半導体事業に左遷される。このとき、著者が後にソニーのナンバー2にまで登り詰める姿など本人すら想像できなかっただろう。

半導体の動作原理もわからない「素人」の著者に期待されたのは収益構造の見直し。だが、直属の上司は事業を売却したほうが早いと、ところかまわず商談を持ち込む。著者たちが一計を案じ、売却は回避されるが、その後も半導体事業の重要性が幹部に受け入れられない状況は続く。

当時の経営トップのハワード・ストリンガー氏が「何でほかのメーカーに半導体を売るんだ」と著者に詰め寄るエピソードは象徴的だ。上司や会社の無理解を乗り越え、自分のアイデアをいかに具体化するか。その例として、本書は組織人にとって参考になる。

業界の「常識」を打ち破るのはいつも素人だ。「そんなの無理です」と社内の反対にあっても、著者は「常識」を疑い、客観的、合理的判断を貫き、成功体験を重ねる。

例えば新規の生産プロジェクト。半導体業界では開発拠点は首都圏に集中し、生産は地方に分散している。ソニーでは早期立ち上げのために、200人近い開発部隊を関東から九州の工場にまるごと異動させてしまう。

「会社の都合でとんでもない」という声も聞こえてきそうだが、このとき自己犠牲をいとわなかった人々は最終的に昇進という形で報われる。

社内政治や他社との確執も全編にちりばめられている。登場人物の多くが存命のため、筆致は抑えられているが、行間からは著者との距離や当時の派閥模様が浮かび上がる(大手メーカー幹部の実名を挙げて「野人」と評するなど、痛烈な表現もある)。

新年度が始まった。望まぬ辞令を受けた人もいるだろうが、それに一喜一憂する必要はないと本書は教えてくれる。成功は偶然の産物で、われわれにはそれを引き寄せることしかできない。だが、どのような場所でもその努力を積み重ねていけば、人が「奇跡」と呼ぶ逆転劇を起こすのは決して不可能ではないのだ。

※週刊東洋経済 2021年4月24日号

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