『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』 認知・農業・科学

村上 浩2016年09月12日 印刷向け表示
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サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福
作者:ユヴァル・ノア・ハラリ 翻訳:柴田裕之
出版社:河出書房新社
発売日:2016-09-08
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わたしたちは孤独だ。人口が70億を超え、世界中に生息域を広げたとしても、現在の地球上にはホモ属に分類される種はサピエンス、つまり現生人類であるわたしたちだけ。ライオンにはジャガーやトラのように同じヒョウ属に分類される仲間がいるのに、サピエンスは系統樹上で一人ぼっちなのだ。 

かつて、人類は孤独ではなかった。そもそも「人類」とはホモ属に分類されるすべての動物を指す言葉であり、人類には多くの種が存在していた。東アフリカに人類が誕生して以来、ヨーロッパ及びアジア西部にホモ・ネアンデルターレンシスが、ジャワ島にホモ・ソロエンシスがいたように、あらゆる場所に多くの種が分布していた。ホモ・エレクトスのようにサピエンスよりも遥かに長い期間にわたって生き延びた種もいた。

なぜ人類の中でサピエンスだけが生き残り、文明を築き上げることができたのか。歴史学者である著者は、人類誕生の瞬間から歴史を振り返ることで、この問いに挑んでいく。上下巻にわたる大部だが、取り扱うトピックの幅広さ、詰め込まれている情報量、それを咀嚼してなされる考察の深さを考えると、サピエンス全史をこれほどコンパクトに、かつ刺激的な1つの物語としてまとめあげた著者の手腕には脱帽するばかり。考古学、生物学、社会学、進化心理学などあらゆる分野の知見を活用して次々と繰り出される大胆な仮説はあまりに刺激的で、ページをめくる手を止めることは困難。歴史を大胆に繋いでいく本書の主張には各分野の通説と異なるものも多く、その妥当性は今後より精緻に検証されていくだろう。著者と議論を闘わせるように読み進めれば、本書はより楽しめるはずだ。

サピエンスがこれほどまでに個体数を増やし現代の文明を発達させるまでには、大きなターニングポイントが3つあったと著者は説く。1つ目は、7万年前から3万年前にかけて人類が新しい思考と意思疎通方法を手に入れた「認知革命」。2つ目は1万年前ほどに起こった、動植物の生命を操作することによる「農業革命」。最後の3つ目は、たった500年前に始まったばかりだが現在も進行中の「科学革命」である。この3つの革命を大きな変曲点としながらサピエンスは、「貨幣」、「帝国」、「宗教」という乗り物を生み出し、世界を統一する方向で歴史を推し進め続けている。

誕生から数百万年も大型捕食動物に怯えながら、食物連鎖の中位にとどまっていた人類がその頂点に上り詰めるきっかけとなったのは、火の使用である。火はライオンを遠ざけたり、冬に暖をとったりするためだけでなく、調理に使うことよって摂取可能な食物の幅を広げ、食材を吸収しやすい形態に変換する。その結果、消化のめに腸で使用するエネルギーを節約することができ、膨大なエネルギーを必要とする脳の拡大に貢献したと考えられる。

火を手に入れても、15万年前の人類は世界中の合計で100万程度の規模に過ぎなかった。この時点で既にサピエンスは地上に登場していたが、まだアフリカ大陸の一部に存在する小さな存在。数万年前から一万年前の間にネアンデルタール人など他の人類が次々と絶滅していったにも関わらず、サピエンスだけが生き残った。これは、認知革命によってサピエンスが「虚構」を作り出す能力を得たからだと著者は主張する。

虚構にまみれた現代を生きるわたしたちは、フィクションの威力を意識する機会は少ない。ところが、国家や宗教という虚構が果たしている役割を考えれば、その影響の大きさに気がつく。虚構は「大勢で柔軟に協力するという空前の能力」をもたらしたのである。典型的なチンパンジーの群れの上限がせいぜい50頭であるのとは異なり、サピエンスはより多くの、しかも他人と協調する。150というダンバー数が示すようにサピエンスにも自然にまとまれる集団サイズの限界は存在するが、虚構の力はより多くの人数をまとめあげ、ピラミッド建造などのとても個体では成し遂げられない偉業を現実のものとしたのだ。

1万年前ほどに起こった農業革命は、より多くの人口が食べていけるだけの食糧と同時にいくつかの不幸をサピエンスにもたらした。サピエンスに連なる人類は数百万年にわたって狩猟採集生活に適した身体に進化していたために、農耕作業は身体に無理な負荷をかけ、脊椎や膝、首などに大きなダメージを与えた。また、農耕生活はより少ない食材に栄養源を頼ることを意味し、予期せぬ病気や大規模な飢饉も歴史に立ち現われた。もちろん、ポジティブな変化も数多い。農耕は年単位でものごとを考えるという未来思考や、より多くの人が集団で暮らす都市の発展、大量の数を正確に伝える書記体系など多角的にサピエンスのあり方を変えてしまったのだ。農業がサピエンスの身体、文化、生活をどのように変えたか、本書は多角的に分析している。

「科学革命以前は、人類の文化のほとんどは進歩というものを信じていなかった」のだという。著者は科学革命における決定的に重要な転機を1492年、コロンブスのアメリカ大陸発見とする。コロンブス以前の世界地図に空白はなかった。聖書にはすべての答えがあり、世界に未知の場所などないと考えたサピエンスに、アメリカ大陸発見は「自らの理論は完全ではなく、自分たちの知らない重要なことがあると認め」させたのである。世界には未知のことがあり、その追求には価値がある、という考え方がなければ科学は花開かなかったはずだ。著者は、科学と帝国の繋がり、科学が自律的に駆動していく仕組みなど、歴史の視点から科学の本質を追求していく。

本書には興味深いトピックが他にもたくさんある。自由主義、資本主義や共産主義などのイデオロギーも本質的には宗教であること、お金は諸悪の根源などではなく他に類がないほど人類を結びつけていること、帝国がどのように多様性を飲み込んでいくかなど、とても全てを紹介しきれない。壮大な歴史を振り返った著者の考察は、サピエンスがつくりあげた「文明は人間を幸福にしたのか」へと移っていく。本書を通してサピエンスとは何かを深く知れば、幸福とは何かということがより明確になる。

著者は、歴史を知ることの意味を強く語りかける。

歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私たちの状況は自明なものでも必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ。

わたしたちはどこからきたのか、そしてどこへ行くのか。歴史の中にその答えはないかもしれない。本書の最後に著者が提示するサピエンスの未来像は、多くの人にとって受け入れがたいものだ。しかし、その未来は決して不可避なものではない。わたしたちサピエンスには、無限の想像力がある。どんな未来を選ぶかは、わたしたちの意思次第なのだ。

訳者あとがきはこちら
鰐部祥平のレビューはこちら

人体600万年史(上):科学が明かす進化・健康・疾病
作者:ダニエル・E・ リーバーマン 翻訳:塩原 通緒
出版社:早川書房
発売日:2015-09-18
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「身体」に注目して、人類がどのように進化してきたかを突き詰める。二足歩行、裸のサルという特徴を持つサピエンスは、どのようにして現代の身体を持つようになったのか、そして今後はどのように進化していくのか。レビューはこちら

ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた
作者:パット シップマン 翻訳:河合 信和
出版社:原書房
発売日:2015-11-27
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ヒトが繁栄する重大なきっかけはイヌだった、という大胆な仮説を提唱する一冊。様々に更新されていくファクトをベースに、わくわくするような説が語られていく。レビューはこちら

火の賜物―ヒトは料理で進化した
作者:リチャード・ランガム 翻訳:依田 卓巳
出版社:エヌティティ出版
発売日:2010-03-26
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火の出現が人体を大きく変え、進化させたという説の提唱者である著者による一冊。人間の進化を語る際に必ずといっていいほど引用されている。

ヒト―異端のサルの1億年 (中公新書 2390)
作者:島 泰三
出版社:中央公論新社
発売日:2016-08-18
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世界中でサルを見続けてきた著者による一冊。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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