『都市と地方をかきまぜる 』 都市住民を閉じ込める、二つの「見えない檻」

堀内 勉2016年10月16日 印刷向け表示
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都市と地方をかきまぜる 「食べる通信」の奇跡 (光文社新書)
作者:高橋 博之
出版社:光文社
発売日:2016-08-17
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食べる通信」という情報誌をご存知だろうか?

これは、農業や漁業など食の作り手の情報が書かれた冊子と、彼らが収穫した野菜や魚が定期的にセットで届く、生産者と消費者をつなぐ新しいタイプの「食べ物付き情報誌」である。それに加えて、ここには生産者と消費者が直接つながる様々な仕掛けも設けられている。

この情報誌を始めたのが、本書の著者で、岩手県花巻市のNPO法人・東北開墾の代表理事を務める高橋博之氏である。同法人は、2013年に高橋氏を編集長として、冊子と共に東北の農水産物を会員に届ける「東北食べる通信」をスタートした。月2,580円(送料・税込)の会費で読者になると、月に一度東北の農水産物と冊子が届く。冊子には生産者のインタビューやレシピなどが紹介されており、生産者も参加したクローズドなFacebookグループに招待される。

この仕組みはまたたく間に全国に広がり、2014年には高橋氏を代表理事とする一般社団法人「日本食べる通信リーグ」が立ち上り、「食べる通信」に関する商標の管理や加盟地域の審査などを行なっている。更に、2016年には、「一次産業を情報産業に変える」をコンセプトに、農家や漁師から直接、旬の食材を購入できるスマホアプリ「ポケットマルシェ」もスタートした。2016年10月現在、全国36地域で「食べる通信」が発行されている。

高橋氏は、東日本大震災直後の2011年7月、岩手県議会議員を辞して岩手県知事選挙に出馬したものの次点で落選し、その後、県議時代に培った経験と問題意識から、「東北食べる通信」を創刊した。

今の食物市場の問題は、生産者と消費者とが完全に切り離されていて、お互いに顔が全く見えないところにある。スーパーマーケットで生産者の顔写真を貼って野菜を販売するケースはわずかにあるが、生産者の側は誰がどう食べているかを知ることはない。こうした孤独な生産者は、消費者の顔が具体的に見えることでやり甲斐を取り戻すということに、高橋氏は気が付いた。

と、ここまでは如何にもありそうな話なのだが、ポイントはその先にある。高橋氏は、東日本大震災をきっかけに、実は消費者の側も大きな問題を抱えており、生産者と消費者が直接つながることで新たな価値を生むということに気が付いたのである。

高橋氏は、県議時代にはUターンやIターンの推進を担当していたが、都市と地方のどちらが魅力的なのか、どちらを選ぶのかという二者択一の議論になってしまうと、人生を賭けるUターンやIターンという選択は、都市の人たちには重過ぎるものだった。

ところが、東日本大震災で都市から岩手にやってきた大勢のボランティアの中には、有名企業の名刺を持つ人が沢山いた。そして、ボランティア活動を通じて、被災地の人も都市の人たちに影響を与えられることが分かった。無理に移住しなくても、ソーシャルメディアがあれば、週末や月に一度だけ地方に行くことでつながりを作り、維持することはできるし、二カ所居住でも同じことができる。

これまで語られていた「地方創生」の問題点は、人口減少、高齢化にあえぎ、消滅の危機に瀕する地方をどうするかがテーマだった。しかしながら、むしろ実際には都市の方がより行き詰まっているのではないだろうか、一見きらびやかに見える都市も、一皮むけば人々の生きづらさは増し、生きる力は減退し、限界都市とでも言えるような状況になっているのではないかというのが、高橋氏のたどり着いた結論である。

この地方と都市の双方が抱える深刻な問題は、昨年大きな話題になった、元総務大臣の増田寛也氏による『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』と『東京消滅 - 介護破綻と地方移住』の二冊の本で詳しく説明されている。

本書を読んだ感想を一言で言えば、高橋氏の見立ては100%当たっていると思う。つい先日も日本の大手企業での過労死が社会問題として大きく取り上げられたが、“TSUNAMI”と同じように、”KAROSHI”が英語になってしまうような都市で働くビジネスパーソンの中で、高橋氏の下記の文章を読んで、身につまされない人はどれくらいいるだろうか?

都会での生活は一見快適なようだが、実はバランスをうまくとることに苦慮している人々がたくさんいることを知った。都会に暮らす自分に納得し満足しながらも、都市では埋めることのできない「何か」を田舎に求める人々。そこにはある種の欠乏感があるように感じられた。その欠乏感は一体どこから生まれているのだろうか。私はその答えを求めて、県議時代の車座座談会を再開し、都市住民との対話を100回以上繰り返してきた。

 

そこで感じたのは、ふたつの「見えない檻」の存在だった。そしてその檻に閉じ込められた都市住民の閉塞感、窮屈感であった。

今日の都市住民が幽閉されているのは、「自由の奴隷」ともいうべき檻だ。本来人間にとって、家族との関わり、他人との関わり、地域との関わり、自然との関りは面倒なものである。なぜなら家族も他人も地域も自然も、自分の思い通りにならないからだ。そうした関わりに縛りつけられ、抑圧され、翻弄されていた田舎の「個」が自由を求め、それらの関わりを断ち切って、都会に出ていったのが戦後の日本だった。

 

しかし人間はひとりでは生きていくことができない。家族や地域のつながりに助けられ、自然が生み出す食べものに命を支えられ、私たちは生きている。それまでの土着由来の関りを手放し都会に出てきた人々は、その関わりの代わりとなるサービスや財をお金で購入し、自由と両立させてきた。しかし「失われた20年」という経済失速の中で、その両立が困難となり始めている。

もうひとつ都市住民が囚われているのは、「生きる実感の喪失」という檻だ。それもまた日常生活の利便性を極限まで追求してきた私たち自身が作り出したものといっていい。私たちは、自らの手で自らをこの見えない鉄格子のなかに幽閉させている。都会は人間がコントロールできない自然を排除し、人間が設計した人工物でつくられている。1日中パソコンの前で数字とにらめっこし、頭ばかりを使って働いている人が多い。この状態を養老孟司さんは、「脳化社会」と呼んだ。人間がどんどん頭でっかちになっていると。そして、身体感覚が失われていると。

 

人間がつくるものを人工物、人間がつくれないものを自然と定義すれば、私たちの体も本来は自然である。だから自然の中に体を置くと、気持ちがよいと感じる。自然がない都会で頭ばかり使っていると、頭と体の均衡が崩れ、心が健康でなくなり、命の心地が悪くなる。(中略)

生物としての身体感覚が弱くなり、生きる実感がわかない都市住民たち。その数は急増している。こうして都市住民は、もうひとつの「見えない檻」の中に閉じ込められてしまったのだ。

こうした問題の解決策として、高橋氏は、「都市と地方をかき交ぜることで、行き詰まった日本にフロンティアを創りたい」と語る。そして、地縁や血縁ではなく、ソーシャルメディアで緩やかに人々がつながる地方と都市の新しい関係を模索しているのである。

都市と地方の問題は、同時に、また連関させて考えるべきである。今の都市(特に東京)は大きな時限爆弾を抱えている。もしかしたら地方の人々は東京をうらやみ、東京への「一極集中」を批判するかも知れないが、実際に東京に住み続ける、東京で働き続けるというのは、ボディーブローのように心身に効いてくるのである。

自分自身、やはり何処かで人間としてのリアルな感覚を取り戻す場がないと、東京だけではかなり辛いと感じ、長野の田舎との二カ所居住を選んだ。勿論、東京には東京の良さがあり、世界と直接つながっている感覚、世界最先端の芸術や食文化、クリエイティブクラスとの刺激的な交流など、何物にも代え難いものがあるのは事実だが、常にリングに上がり続けているような状況が続けば、心身の休まる場がない。仮にあったとしても、心身を休めるために膨大なカネがかかってしまい、持続可能性に乏しい。

東日本大震災を通じて、そうした東京の弱点を理解した著者のひとつの回答が、双方向のコミュニケーションを可能にする「東北食べる通信」なのだと思う。このように、本書は地方創生の本であると同時に、東京再生の本とも言えるのである。 

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