『野生化するイノベーション 日本経済「失われた20年」を超える 』イノベーションに今、何が起きているのか

山本 尚毅2019年11月26日 印刷向け表示
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 イノベーションは、意味のあいまいなままに、いかにも新しい内容を伝えているかのように思わせる言葉として、多用されています。日本企業の「有価証券報告書」を調べると、1,100社以上がイノベーションという言葉を用いています。この10年で4倍以上(2006〜2007年では、262社)に増え、短期間で浸透しています。

時事用語辞典では、プラスティック・ワード(人工的でプラスチックのようにさまざまに形と色を変えて現れ、意味ありげで内容は空疎だが時代に流通している言葉)の一つとして取り上げられ、会社においては部署名に採用され、違和感なく、むしろありふれたものとして、イノベーションという用語を利用しています。

この言葉に最初に光を当てたのは、20世紀初頭に活躍した経済学者ジョセフ・シュンペーターで、創造的破壊(イノベーション)こそが経済成長を導くと主張しました。要点は新しいことと経済的価値を生み出すこと、この2つが揃っていることです。

そこから、100年の時間をかけて蓄積された学術的な研究から、イノベーションがなぜ起こるのか、何が解明され、謎のまま残されているものはなにか、そして、これからどうなっていくか、現時点でわかっていることがまとめられています。

タイトルにある野生という言葉から想起されるのは、意図をもってイノベーションを生み出すことは難しそうだ、ということです。天才の発想力やアニマル・スピリッツを持つ野心的な企業家たちが偶然やひらめきを捉えて、ランダムに生まれる。それだけがわかったことだとするならば、本書を読んでもイノベーションのことはよくわかっても、見つけることも、捕らえることも、飼いならすこともできない野生動物のままです。

過去の研究の成果からわかってきたことは、イノベーションには、特定の習性があることです。そして、企業はその野性的な側面をなんとか飼いならそうとしてきました。その悪戦苦闘の過程の一つが、研究開発を企業内で行うことです。最初に組織化したのは、ペンシルベニア鉄道で化学の研究者を雇用し、鉄道のレールの研究開発をはじめました。その翌年にはエジソンが自身の発明活動を組織化するための研究所を設立しています。

しかし、期待に見合うような成果は生まれず、縮小や廃止が相次ぎました。研究の最中で、偶然の発見があったとしても、当初の研究計画から逸脱したものを追究することは許容されないからです。誰もやったことがないことは計画が難しく、不確実性がつきものですが、マネジメントは不確実性を排除し効率的に運営をしていこうとうるため、セレンディピティを煙たがります。また、オープン・イノベーションの取り組みは野生をうまく放牧して、飼いならそうとする一つです。本書では深く語られていませんが、うまくいくかどうか、その分水嶺はどこにあるのか、本書を読みながら、仮説を立て、推理するのも面白がり方の一つです。

いっぽう、イノベーションが増えれば、万事オーケーというわけではないようです。それは、イノベーションは格差の拡大の重大な原因の一つではないかと示唆されていることです。格差とイノベーションはピケティの『21世紀の資本』の出版以降、注目が集まっています。研究によれば、仕事の二極化が起こり、高スキルと低スキルの職に就く人が増えるいっぽうで、中程度のスキルはルーティン化されたり、オフショアリングによって海外に移転され、少なくなっています。

そして、具体的な対応策として、イノベーションによって代替され職を失ってしまい、賃金が下がった人たちが、他の仕事に移りやすくすること、新しく普及した技術との関係が補完的なタスクに従事する人をいかに増やしていくかが大切になります。いっぽう、それに対して、自己責任論を唱える人もいますが、思ってもいないような変化が非常に速いスピードでやってくる状況を個々人で対応するのは非常に難しいことで、責任を個人に帰するのは適切ではないでしょう。

仮に自己責任論が蔓延すると、さらにイノベーションが起こりにくくなる可能性があります。特定のタスクを遂行するスキルを持ち、コミットする人がイノベーションの担い手になります。しかし、そういった人たちは代替するようなイノベーションが起こったときに、大きな影響を受けるのです。そして、人々は変化に対応するために、つぶしが効く汎用性の高いスキルばかりを身につけようとします。そうすると、イノベーションからますます遠ざかるというジレンマに直面します。

読む前は漠然といいものだと考えていたイノベーションに対して、ふつふつと疑問が湧いてきます。イノベーションはほんとうによいものなのか、イノベーションは組織の文化を変えるのか、イノベーションは人々を幸せにするのか?どれも重要な問いです。

イノベーションの実現が至上命題になっている会社においては、前提を切り崩すような青臭い議論を会議で持ち出すことはなかなか難しいことです。ただ、本書で丁寧にまとめられたイノベーションの習性と野生化していく今後を共通認識として持ち、議論の土台とすれば、会議の生産性と議論の質が高まるに違いありません。

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 「未来」も同じように疑われずに多用される言葉です。さまざまな時代と社会における未来の「取り扱い方」を問い直し、未来のリアリティについて考えてみては。

経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究〈上〉 (岩波文庫)
作者:J.A. シュムペーター 翻訳:塩野谷 祐一
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 シュムペーターの著作では、新結合として、5分類が紹介されています。(1)新しい生産物または生産物の新しい品質の創出と実現(2)新しい生産方法の導入(3)産業の新しい組織の創出(4)新しい販売市場の開拓(5)新しい買い付け先の開拓

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