『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』日本社会の持つ偏見のるつぼ

2017年11月6日 印刷向け表示
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 水谷竹秀はフィリピンを拠点にするノンフィクション作家。『日本を捨てた男たちフィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で現地の人々の情けを受けて生きている日本人を描き、第9回開高健ノンフィクション賞を受賞した。

この作品は、私の価値観をひっくり返した。生活する姿だけをみれば惨め以外の何ものでもない日本人が、なんの柵(しがらみ)もないことで、とてもいきいきして見えたのだ。

今回の舞台はタイのバンコク。経済発展は著しいが、2014年に何度目かの軍事クーデターが起こったように安全な国とは言い難い。ここに日本の通信販売の電話を受けるコールセンターがある。かかってくるのは日本からで、当然オペレーターは日本人ばかりだ。

業務内容の中心は通信販売の受注で、商品は健康食品、家電、衣料品、雑貨など多岐にわたっており、クレームも受け付ける。通販番組で「このあと、オペレーターを増やしてご注文をお受けします」とアナウンサーが案内している電話番号は、みなこの場所に通じているのかと思うと、地球儀上に日本からタイへの光の線が見えるようだ。

ここで働く人たちは平均年齢が30代半ば。高層ビルの一室、500平方メートルほどのワンフロアで約80人が等間隔にモニターと向き合いながら、ひっきりなしにかかってくる電話の応対をしている。

だが彼らは一般の日系企業の社員を中心とした日本人社会からは一段低く見られている。どこか常識が欠落し、まっとうに生きていくのが難しく、日本で暮らすことができずに流れ着いた人だからだ。何の資格もいらず、日本での求人に応募すればほぼ採用され、住居が用意され決まった仕事をこなしさえすれば誰からも干渉されずに生きていける。

なぜ居場所がなくなったのか。著者は根気強くコールセンターで働く人を探し当て、真正面から向き合ってインタビューを行う。

容姿に劣等感を持ち、モテない事で自ら社会から遠ざかっていた人が、外国でこの仕事に付いたことで新しい夢を持つことができた青年の話は楽しい。一番の繁華街でDJとして足場を築こうとする姿が清々しいのだ。

だが日本から夜逃げして、今はコールセンターで働く父親の収入が全てという家族の子が持つ鬱屈や、男を買春することにのめり込んでしまった女の羞恥、同性愛に偏見の少ない場所で生きることを決めた者の葛藤は、日本の社会が持つ偏見のるつぼのようだ。

海外雄飛を目指す若者の対極にいる人たちだからこそ、その事情が知りたい。働くものに著者と同世代が多く、就職氷河期やニート、非正規労働という同じ経験をした者の共感も反感もストレートに書かれている。彼らの20年後はどうっているのか、出来ればその姿を見てみたい。 (小説すばる11月号より転載)

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