『フォッサマグナ』足下に広がるミステリー

吉村 博光2018年11月10日 印刷向け表示
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フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体 (ブルーバックス)
作者:藤岡 換太郎
出版社:講談社
発売日:2018-08-22
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部活動で調子が良いときは、勉強の調子も良かった記憶がある。無理やり敷延すると、読んでいる本が面白ければ、現実世界もバラ色ということになる。その時の本は、現実を忘れられるものがよい。没入感の高い小説も良いが、天文や考古学など気宇壮大な本も良い。今回は、そんな読書のご利益を得られる、素敵な一冊をご紹介したい。

そのタイトルは『フォッサマグナ』。日本のど真ん中を南北に走る、巨大な地溝帯について書かれた本だ。著者は鵺(ぬえ)という怪物に例えているが、名前を聞いたことはあっても実態がよくわからないものの代表選手ではないだろうか。私は、本を読む前、フォッサマグナとは糸魚川と静岡を結ぶ線(断層)のことだと思っていたが、それすらも大きな誤解だった。

私がイメージした糸静線は、フォッサマグナの西の境界でしかない。東の境界はまだはっきりとわかっておらず、一説では柏崎から千葉に至る線だとも言われているそうだ。このようにフォッサマグナとは、線ではなく、一定の広さをもった「地溝帯」のことなのである。範囲だけでなく、成り立ちをはじめ、その多くが謎に包まれているそうである。

本書の楽しさは、わかっていることを伝えるだけじゃなく、その謎解きに挑んでいる点にある。まるでミステリーを読むように、一気に読めるのだ。用語にはカタカナが多いが、海外ミステリーだと思えば邪魔になるまい。日本各地で地震が頻発していることや、日本列島の誕生に関するテレビ番組を観たことで、私の地質学への興味は高まっていた。

そんな折、書店で本書を手に取った。そして、「はじめに」を読むと、フォッサマグナについて次のように書かれているのを見つけたのである。

本書をみなさんにご覧いただく意味があるとすれば、こんなとんでもない怪物が、人間の身体にたとえれば背骨のど真ん中にあたる場所にどっかりと胡坐をかいている、そういう国に私たちは住んでいるのだと知っていただくことにあるのではないかと思います。  ~本書「はじめに」より

地震の恐怖を払拭することを期待したのだが、「我々はとんでもない怪物のうえに住んでいる」と書かれている。本書を読んでも、きっと地震への恐怖は増すばかりだろう。でも、それが一体どんな怪物なのか、私はただ知りたいと思った。地質学に関する深い知識があるわけではなかったが、私は好奇心の塊となって、ページをめくり始めた。

序章は、フォッサマグナが発見された経緯から始まる。発見したのは、「ナウマンゾウ」で有名なエドムント・ナウマンだ。1875年(明治8年)11月13日のことである。地質調査旅行の際に朝目覚めると、釜無川が流れる台地のはるか向こうに、2000m以上もの高さのある南アルプスが壁のように突っ立っているのを、発見したのである。

その時、ナウマンは言葉を失ったそうだ。見る人が見れば、物事は全く別の意味を持つのだと感心した。余談だが、この若き地質学者ナウマンはわずかな日本滞在期間の間に、北海道を除く日本すべての地質図(20万分の1)を完成させたそうだ。それまで、日本には伊能忠敬がつくった地形図しかなかったという。「日本地質学の父」といわれる所以である。

だがそれから140年あまりの時間が経っているが、フォッサマグナについてわかっていることは少ない。しかし、近年になって急に研究が進んでいるという。次章「フォッサマグナとは何か」で、その輪郭を読者に伝える。地震の影響で列島への関心が高まっている今なら、きっと多くの日本人の頭に知識が入っていくことだろう。砂漠に水がしみこむように。

そして、いよいよ2章から「フォッサマグナはどうしてできたのか?」という難問に挑んでいく。地層から、日本海から、フィリピン海プレートからのアプローチ。そして、第5章の「世界のフォッサマグナはあるか」では、日本の地形の特異性を理解でき、さらに好奇心がかきたてられるのである。

先ほど紹介した「はじめに」の文章の続きを紹介しよう。

そのうえで、そうした怪物に人間が知力だけを頼りに挑むことの面白さも感じていただければ、無謀な戦いに挑んだ甲斐もあったと思えます。  ~本書「はじめに」より

第6章は本書の真骨頂、「無謀な戦い」の章だ。フォッサマグナの成り立ちについて試論を展開している。学問上解明されていない「謎」に対して、説得力のある「解(試論)」が示されているのだ。私は著者と一緒に、謎解きに成功したような爽快な気分になった。いや、著者の企ての共犯者になった気分、というほうが正しいかもしれない。

日本海側のオラーコジンで北部フォッサマグナができ、そこに南から伊豆小笠原島弧が次々に衝突して南部フォッサマグナができた。北にはオラーコジン南には海溝三重点があったことで、その形を保つことができたのではないかと著者は推測している。

いま私が何を書いたのか、未読の方にはわからないだろう。でも本書を読めば、すぐに理解できるようになるし、すぐに誰かと語り合いたくもなる。それが、本書の面白さであり、凄さである。これほどエンターテイメント性が高い地質学の新書が、かつてあっただろうか。興味がある方は、ぜひ本書を手に取ってみて欲しい。

もしも、著者の試論が正しければ、フォッサマグナという世界で唯一の地形ができたのは、いくつもの偶然が重なったからだ。しかも、それは絶妙なバランスで1500万年という長い間、保たれている。非常にエキサイティングな話ではないか。私は、そこに横たわる膨大な時間に思いを馳せ、現実から離れ心に余裕ができた。現実生活はバラ色である。これは錯覚か。笑

また、各章の末尾には、「フォッサマグナに会える場所」として、日本各地のジオパークを紹介したコラムが付いている。時には、有給をつかって、悠久の時を楽しみたいものだ。他にも、オオグチボヤなどの生物の話も盛り込まれており、著者のサービス精神の高さがうかがえる。例えば、次のような記述が、随所にサラリと折り込まれているのだ。

ハワイ諸島もおよそ5000万年も経てばやはり日本列島にくっついてしまうでしょう。実際に、次の超大陸は日本列島の周辺に形成されると考える研究者が多いようです。「アメイジア」(アメリカとアジアがくっついた大陸という意味)という名前もすでにつけられています。ただし、それが実現するのは2億年後といわれています。  ~本書第7章「フォッサマグナは日本に何をしているのか」

この著者の本を、続けて何冊か読んでみようと思った。

山はどうしてできるのか―ダイナミックな地球科学入門 (ブルーバックス)
作者:藤岡 換太郎
出版社:講談社
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海はどうしてできたのか (ブルーバックス)
作者:藤岡 換太郎
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川はどうしてできるのか (ブルーバックス)
作者:藤岡 換太郎
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