『ロベルト・デュラン "石の拳" 一代記』 Born to Fight

村上 浩2013年03月22日 印刷向け表示
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ロベルト・デュラン
作者:クリスチャン・ジューディージェイ
出版社:白夜書房
発売日:2013-03-11
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この男ほど、長く闘い続けたボクサーは他にはいない。
この男ほど、多くの国民に愛されたボクサーは他にはいない。
そして、この男ほど、罵声を浴びせられたボクサーは他にはいない。

WBCウェルター級王座を賭けたシュガー・レイ・レナードとの闘いを終え、祖国に帰ってきたロベルト・デュランに向けられた感情は、ねぎらいや感謝ではなく、怒りと憎しみだった。人々は彼を「弱虫」と罵り、家の壁には「デュランは裏切り者だ」という侮辱の言葉が並んだ。前回の帰国時には、空港に70万人のファンが詰め掛けた男の運命は、たった一試合で大きく変わってしまった。

デュランが「ノー・マス」(英語でノー・モアの意)と言って勝負を放棄したとされるこの試合、リング上で実際には何が起こったのか。このボクサーは、キャリアの絶頂からどん底へ落ちてなお、なぜ闘うことをやめなかったのか。彼は、終わることのない闘いの先に何を求めたのか。その生い立ちから引退までの全てを明らかにするため、著者は仕事を辞め、家族や友人を残したままデュランの祖国に飛んだ。

1951年パナマのスラムに生まれたデュランは、16歳のデビュー以来、休むことなく闘い続けた。ライト、ウェルター、ジュニアミドル、ミドルの4階級で世界タイトルを獲得したデュランの最後の試合は、彼が50歳を迎えた2001年に行われている。彼は、10代から50代まで、5つの年代でプロとしてリングに立ち続けたのだ。

デュランの通産成績は、119戦103勝(70KO)16敗という人間離れしたものである。世界王者は通常年に2~3試合程度しか行わないこと、同世代の王者達が多くとも60試合程度でグローブを置いていることを考えると、119という数字がいかに飛びぬけたものかが分かるだろう。試合数だけでなく、その強さも折り紙つきで、パウンド・フォー・パウンドランキングでは常に上位に位置づけられ、多くのファンがライト級史上最強の選手にデュランをあげる。

彼の魅力は、前に出続けるファイトスタイルと、「石の拳」と呼ばれた驚異的なパンチ力によるノックアウトである。数々の伝説を生み出した拳の強さの起源は、その血筋にある。デュランの叔父もココナッツを素手で叩き割る怪力を持っていたというが、親族の中で最もパンチ力が強かったのは、祖母のミレジャだった。ミレジャは警官と揉めて市役所に連れて行かれた際に、市長と口論になった。そして、勝気な性格のミレジャはなんと市長に殴りかかり、市長をワンパンチでノックアウトしてしまったという。酒代をタダにしてもらうために馬を一撃でノックアウトしたというデュランの豪腕は、祖母譲りのようだ。

533ページに及ぶ本書は、デュランの闘いの多くを臨場感をもって再現している。判定など狙うことなく、とにかく相手を叩きのめそうとする拳の躍動感とハラハラさせる試合展開に、ページをめくる度に胸が高鳴る。丁寧に描き出された試合の描写には、著者のボクシングへの、デュランへの愛情が溢れている。

デュランの魅力は、その強さだけではない。仲間のためなら、困っている人のためなら、行動せずにはいられない。その優しさが、ボクシングファンのみならず、多くの人を惹きつけたのだ。ビッグファイトで大金を稼ぎ出していたはずのデュランが、引退するとにはほとんど財産を持っていなかったのは、自身の放蕩癖や妻のギャンブル狂いのせいだけでなく、故郷に帰るたびに貧しい人たちにお金を配って歩いていたからだという。デュランにとって、困っている人がおり、自分がお金を持っているのなら、それを分け与えることは呼吸をするように当然の行為だったのだ。

デビュー以来無敵を誇ったデュランに初めて敗北の味を教えたのは、プエルトリコの魔法使いと呼ばれたエステバン・デ・ヘスス。その後、デュランとヘススは2度ベルトを賭けて闘っており、2度ともデュランがKO勝ちをおさめている。拳を交えるまで汚い言葉をぶつけ合っていた2人は、3度の闘いを経て互いを尊敬するようになっていく。

ガッツ石松を破りWBC世界ライト級王座にまで上り詰めたヘススだが、引退後はドラッグに手を染めてしまう。ドラッグ使用中の殺人で終身刑となったヘススは、ドラッグ摂取に使用した注射針が原因で獄中でエイズを発症し、死の淵をさまようこととなる。ホスピスに見舞いに来たデュランは、戦友の変わり果てた姿に涙を流し、即座にヘススを抱きしめた。1980年代半ばの当時、エイズに対する知識は乏しく、親しい友人ですら感染を恐れてヘススには近づけなかったというのに。

どんな相手にもひるむことなく向かっていき、仲間のためなら迷うことなく自らを犠牲にするデュランの強さは、フィクションの世界の登場人物のようだ。しかし、余りある自信が慢心となり一敗地にまみれ、フラストレーションを抑えきれず大事なものを投げ出してしまうデュランの弱さは、どんな人よりも人間くさい。あるボクシングファンは、そのファイトスタイルと生き様を評して「デュランはシンプルに生きているだけだ」と言ったという。石の拳を持たない私達では、デュランのように強く、シンプルには生きられないだろうか。本当に強い男の人生に触れることで、「強さとは何か」を考えさせられる。

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木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
作者:増田 俊也
出版社:新潮社
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もはや説明不要の一冊。と言いつつ、HONZで紹介するのは何度目になるだろうか。伝説の柔道家木村政彦の人生を追いかけることで、日本の柔道史、戦後格闘技史の壮大なドラマが描かれていく。格闘ノンフィクションの頂点の1つと言えるだろう。とにかくアツイ一冊。Kindle版も出たようなので、未読の人は是非。超長文のレビューはこちら

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「黄金のバンタム」を破った男 (PHP文芸文庫)
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ボディ&ソウル: ある社会学者のボクシング・エスノグラフィー
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