『馬喰』 原発20キロ圏内の馬たちは今

東 えりか2013年12月26日 印刷向け表示
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馬喰
作者:松林 要樹
出版社:河出書房新社
発売日:2013-12-17
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2011年3月11日、東日本大震災が東北地方を襲い、巨大な津波が沿岸に押し寄せた。ビルも電車も、家も車も、大人も子どもも、犬も猫も、逃げ遅れたものは津波に浚われた。飼育されていた牛も豚も、そして馬も流された。

本書はその流されながら生き残った馬を通して、ヒトとその土地に残る行事と、解決策が見えない原発問題を追ったドキュメンタリーである。

大震災から3週間たった4月、著者の松林要樹は、福島第一原発から18キロしか離れていない南相馬市原町区江井に立っていた。当時、南相馬市の桜井勝延市長が、被災者への物資を届けてほしいとYoutubeで流し、話題となっていた時だ。友人が向かうと言うのを聞き、ドキュメンタリー映画監督である松林も同乗した。被ばくを恐れて、物資を届ける者は少なく、手製の防護服を纏ってのことだったという。

今でこそ「原発の町」として世界に知られる場所になってしまったが、それまでは「野馬追の里」として有名な土地で、その郷土行事を行うために、多くの馬が育成されていた。家族同様に可愛がってきた馬だが、地震と津波、そして原発事故という一連の災害で、避難を余儀なくされた人々は、泣く泣く馬を置いていくことになる。放置された馬はどうなっているか。松林は市議会議員の田中京子さんと現地に入り、厩へ向かった。

そこにはやせがれた馬がいた。厩から顔を出そうともせず、ガレキに覆われ泥だらけで、エサもない厩の中から出てこようとしない。彼が写した映像が電波に乗り、この馬たちを救うことになる。そして松林自身、馬たちに魅入られるように深みにはまっていく。

原発から半径20キロ圏内の立ち入りは、国によって禁止されている。しかし馬の世話は出来るだけしたい、と避難所から通ってくる人もいる。殺処分の要請も断り飼育を続けていた。その年の5月、南相馬市のはたらきかけで、国はこの20キロ圏内の馬を南相馬市の馬事公苑へ避難させた。名目は、相馬野馬追という伝統行事に使うためである。

相馬野馬追は相馬中村神社、太田神社、相馬小高神社の相馬三妙見神社合同で行われる。約700年前から続けられてきたこの行事は、地元から500騎もの騎馬武者が出陣する勇壮な一大イベントである。大震災後、原発で避難していた人からは、早い復活を望む声があったのは、新聞報道などで知っていた。

フリーランスのジャーナリストとして、この馬と人との関係を映像にしようと、松林は馬事公苑にボランティアの飼育員として潜りこむ。馬とは一切接したことのないが、宿泊施設まで用意してもらい、馬と仲良くなれるなんてチャンスが滅多にめぐってこないだろう。結果としてここで腹を括って馬たちとの関係を築いたことにより、後々まで馬たちから心を寄せてもらえるようになるのだ。

初めて会った時から気になる馬がいた。大きくおちんちんを腫らした馬だ。名前はミラーズクエストという。殺処分になりそうなところを助けられたうちの一頭で、おちんちんが腫れてしまったのは、津波に流されたときに尿道から黴菌が入ったのではないか、と獣医が言う。抗生剤と消炎剤を打っても戻らないのは、神経麻痺を起こしているかららしい。2007年以降に生まれた馬はマイクロチップが埋められているので、それまでの情報が少しずつ分かり始めた。それは血統がいくら良くても、競馬で勝てなければ終りという過酷なもの。野馬追用に飼育されていても、終われば食肉にされる運命であること。しかし、放射能に汚染されてしまったこの馬たちは、果たしてどうなってしまうのか。その思いがやがて、このミラーズクエストを追う映画製作へと導かれていく。

行政担当者は一度も見に来ず、被災した馬たちの存在も隠されたなかで、復興記念として「相馬野馬追」は開催されることになる。由緒は平将門の時代まで遡るが、実際行われた記録は江戸時代からである。本来なら5つの郷に別れて行われるが、着の身着のままで避難してきた人たちは鎧も兜も、馬の鞍も鐙もない。

街ぜんぶが、この祭りを望んでいるかというとそういうわけでもない。一部の特権を持つ侍に扮することができる騎馬会の男たちだけが楽しそうで、目上だろうが観光客だろうが「この無礼者!」と馬に乗ったまま怒鳴りつけている姿は見苦しい。昔、ヤクザが仕切っていたころはこんなことはなかったという。暴対法は思わぬマイナス面を見せてくれた。

馬肉の流通についても気になる。熊本や長野、福島では普通に馬を食べる。私は信州でしばらく過ごしたが、肉といえば馬肉だったに驚いたことを思いだした。カレーも馬、しゃぶしゃぶも馬、馬の腸を煮たものは「おたぐり」というが、これは長い腸の中を洗う時に手繰り寄せながら行ったからだと言う。

馬の屠場は国内に数か所しかない。取材許可を得てそこに乗り込み、殺すところから枝肉や内臓の商品になるまでつぶさに見ていく。馬のレバーは今でも生で食べていいことになっている。低脂肪高たんぱくの馬肉は、日本人には人気だが、欧米では食べることを禁止しているところもあり、馬に対する思いは様々である。

震災後2年以上が過ぎ、原発事故の補償もきちんと決まらず、自宅へ帰れる時期も全く不明だ。仕事がある者、無い者、年齢や住んでいた場所、かつての仕事などで違う差別が始まっている。よそ者であり、映画製作者・ルポライターだからこそ書けるイジメの構造もあり、現地の人たちの心の深いところでの悩みは、本書で初めて知ったことが多い。今では家畜商と呼ばれる馬喰という仕事の面白さも知った。来年は午年。有馬記念のオルフェーヴルのような天才馬にはなれなかった駄馬たちの一生を、垣間見るのもいいかもしれない。

松林要樹監督のドキュメンタリー映画『祭の馬』は、ただいま公開中。

公式サイトはこちら

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来年は午年。HONZで紹介した馬の本の一覧。

消えた琉球競馬―幻の名馬「ヒコーキ」を追いかけて
作者:梅崎 晴光
出版社:ボーダーインク
発売日:2012-11
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戦争によって運命を狂わされたのは、相馬も沖縄も一緒だ。レビューはこちら

日本最強馬 秘められた血統
作者:吉沢 譲治
出版社:PHP研究所
発売日:2012-09-14
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オルフェーヴルですね、やっぱり。栗下のレビューはこちら

華麗なるフランス競馬 ロンシャン競馬栄光の日
作者:大串久美子
出版社:駿河台出版社
発売日:2011-03-23
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馬は美しいですねえ。久保のレビューでどうぞ

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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