書店員の2013ベスト5-紀伊國屋書店富山店 野坂美帆

野坂 美帆2014年01月05日 印刷向け表示
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HONZメンバーの田中大輔から突然、12月末に年間ベストを書け、と言われた。ええ、私、12月のこれから売る本の原稿を書いたばっかりだよ、と心中涙目だったのだが、なんとなく逆らえず、了解の旨伝えた。

そもそもある日田中が、ちょっとHONZってサイトに書いてくれない?と言ってきたときに、何も考えず、いいよーと返事をしてしまったのが迂闊だったのだ。その頃私は、理工書担当になってようやく1年がたつころで、何となく仕事の流れはわかってきたものの、相も変わらず複素関数って何?5Sって何?有機合成って何?と1つ1つわからない単語を調べながら、理工書の各ジャンルに向かい合っていたのだった。

高校時代、数学はいつも赤点で、大学に行けるのかこいつ、と危ぶまれたものだった。大学入試はセンター試験の結果と小論文だけで、お題が何だったかもう記憶はあいまいだが、赤味噌と消しゴムを題材にした気がする。今となっては自分の書いたものを読んでみたい気もする。進んだ大学は文学部歴史文化学科で、専攻は東洋史、卒論はフィリピンのキリスト教受容について。だぶん教授のお情けで卒業した落ちこぼれ学生。最初に勤めた書店の担当は文芸書、とにもかくにも理系な物事とは関わりのない人生であった。

なのになぜか、紀伊國屋書店富山店に採用されて与えられた担当は理工書。とにかく毎日が勉強であった。わからない単語を調べる、知らない著者を調べる、毎日何時間も調べる、その繰り返し。そんな自分でも、1年担当を続けていれば、これは面白そうじゃないですか?とお客様にオススメしてみたい本が出てくる。明らかにお客様の方がお詳しいのだけれども、だからポップを書いたりなんてとんでもないのだけれども、頑張って売ってみたいな、と思う本が出てくる。これはもう書店員の性である。それを見抜いたのか、絶妙のタイミングで田中は誘ってきたのだった。

レビューを書くとなれば、チェーンの恥になってはならない。責任をもって書かなければならない。1冊の本を紹介するのに、入門書や概説書から読み始め、関連書をめくり、やっと書く。書いているうちに、理解を深めることへの喜びに目覚めていくのがわかる。科学の本って、とっても面白い。知らないことを知って、もっと知って、それって楽しい。そう気付くチャンスをくれたHONZに感謝している。

今年読んだポピュラーサイエンスの中で、自分なりに理解し、面白いと思った本を5冊選んだ。コーナー趣旨とは違うけれども、以下は書店員としての私ではなく、科学を楽しんだ1人の読者の個人的ベストだとお考えいただきたい。

クモはなぜ糸をつくるのか?
作者:Leslie Brunetta 翻訳:三井 恵津子
出版社:丸善出版
発売日:2013-06-29
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地獄番 鬼蜘蛛日誌 (講談社文庫)』、『文庫版 絡新婦の理 (講談社文庫)』なんて小説に惚れ込んだことがあるからなのかはわからないけれど、そもそもクモは嫌いじゃない。地味な外見ながら、力強いハンティングをするのがいい。糸、という道具を使うのも賢そうでいい。クモ好きを決定的にしたのが本書。そりゃあもう夢中になって読んだ。面白かった。6月のこれから売る本でもご紹介しているが、クモが辿ってきた3億年を超える進化の歴史は、謎と創造に満ちている。クモは、なぜ糸を出すのか。クモの糸はなぜあのような強度と柔軟性を持つに至ったのか。クモは非常に進化しやすい動物で、環境の変化や捕食者との関係に長期にわたって適応してきた。きっと、人類が滅んでも、クモは生き残るだろう。

学術的な内容ながら、生き物や進化に興味のある方ならきっと面白く読んでいただけると思う。クモの糸をキーワードにその進化と生態の謎を解く。スリリングで、1ページだって目を離せない。

クマムシ博士の「最強生物」学講座: 私が愛した生きものたち
作者:堀川 大樹
出版社:新潮社
発売日:2013-09-18
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これは、クマムシ云々というよりは、科学者の個性に唸ってしまった1冊。土屋敦がとんでもないぶっ飛んだレビューを書いているけれど、この本の内容がぶっ飛んでいるのだからしょうがないと思う。NHKラジオで紹介されていたから、と品の良い年配の女性が買いに来てくださったことがあったけれど、読んでびっくりなさらなければいいがと心配してしまったほど(クマムシ研究者ファンになってくださったならいいのだが)。クマムシという生き物は確かにとても魅力的で、謎に満ちている。超低温、放射線、真空に耐える生き物、クマムシ。そんな最強生物ながら、その辺のコケの中にいる。クマムシだけでなく、生物の不思議さや魅力、活用研究など注目すべきトピックスを楽しく解説してくれる本書だが、よく読むと、いや、よく読まなくてもちょっと変。目次ページの章タイトルからちょっと変。「クマムシミッション・ハイテンション」「キモカワクリーチャー劇場アゲイン」「ぼくたちみんな恋愛ing」。たぶん、これで、いいのだと思う。けど。楽しいし…。とりあえず私は今のところ、こんな風に宣言した本を他に知らない。

「では、なぜ私はそれでもこの生き物にこだわって研究対象にしているのだろうか。それは、クマムシが可愛いからに他ならない。クマムシが、魅力的だからに他ならない。」

最前線の生物研究をぐっと身近に感じさせるこんな個性的な本は、売るのも楽しい。

流れとかたち――万物のデザインを決める新たな物理法則
作者:エイドリアン・ベジャン 翻訳:柴田裕之
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2013-08-22
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ある日弊社出版部の編集者から、「発売前の本なのだが、ちょっと読んでみてくれないか」と連絡がきた。その編集者は『オープンサイエンス革命』などに携わった方で、熱力学の本だという話だった。読みだしてすぐに、これはとんでもないことが書いてあると思った。プリゴジンやダーウィンに異を唱える内容で、堂々と既存のパラダイムを否定している。初学者向けに丁寧に書かれていたので、読むのに時間がかかりはしたものの、理解しづらいということはなかった。初歩的な語句説明からなされ、論理の展開もわかりやすい。

本書は、進化には方向性があり、適用される法則がある、と主張する。その法則はコンストラクタル法則と名付けられるのだが、流動系という大きな枠組みの中で捉えられた物理学、工学のみならず、生物や社会構造への適用は、挑戦的で、革命的だ。学会の主流に恐れはばかることなく唱えられた理論には敬意を表したい。理学書として扱うのはもったいない1冊。(内藤順のレビューはこちら

自信をもって、新しいネイチャー・ライティングの傑作だと断言したい。HONZのレビュアーになって、最初に取り上げた本である。2013年ピュリッツァー賞最終候補作品。

かつてレイチェル・カーソンは『センス・オブ・ワンダー』で世界中の読者に生命の神秘、自然の奥深さを教えてくれた。本作は、1㎡の森を観察し続ける毎日を記録することで、読者にまるでドキュメンタリー映画を見ているような錯覚を起こさせる。その映画の中では、コケが輝き、草木が芽生え、虫たちが生存競争を繰り広げる。

詩的で美しい文章であらわされた、自然の営みへの解説は、生物学者である著者の知識が有効に使われ、読みごたえは充分。東えりかが、1日分ずつゆっくりと読みたくなる、と言っていたが、まさしく、一気読みするにはもったいない気がする。

生き物、環境への敬意と愛情に溢れた1冊。

何度見てもいい装丁の本だよなあと思う。できれば毎日鞄に入れていたい。装丁が痛んだら嫌なので、しないけれど。何回読んでも新しい発見がある本。夢中になってレビューを書いたし、『ノンフィクションはこれを読め!2013』発売記念トークイベントinジュンク堂書店大阪本店に出演したときにも張り切ってオススメしたのだけれど、HONZメンバーでさえ若干引き気味であった。同調してくれたのは、仲野徹だけ。おかしいなあ。寄生虫の図鑑を、こんなに張り切って豪華な装丁にする、その心意気。オシャレな寄生虫本を鞄に入れて持ち歩く30代女性。…いや、きっと大丈夫。『クマムシ博士の「最強生物」学講座』でも、「オタクと変態はモテる」と書いてあったではないか。そもそも寄生虫をそんなに毛嫌いすることはないではないか。ほとんどの動物は寄生虫を持っているのである。寄生虫によるアレルギー治療が研究されていたりするではないか。寄生虫には有効利用の可能性がある。また、人間からは駆逐されつつあるとはいえ、非常に身近な存在であることは疑いもない。私たちはもっと寄生虫に関心を持つべきだと思う。寄生虫の生存戦略の面白さ、多様さ、進化の過程は、知れば知るほど興味深い。

年末キャビアを食べる機会があったのだが、ポリポジウムというチョウザメの卵に寄生する寄生虫の話をしようとしてやめたことが悔やまれてならない。勇気を出して、話題にすればよかった。

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出版社:中央公論新社
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