著者インタビュー『殺人犯はそこにいる』清水潔氏

栗下 直也2014年01月17日 印刷向け表示
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殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件
作者:清水 潔
出版社:新潮社
発売日:2013-12-18
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79-96年に北関東で5人の少女が殺害、行方不明になった事件。この5つの事件に連続性を見出し、真犯人に迫ったのが本書だ。5件の事件のひとつが「足利事件」。著者はDNA型鑑定に着目した調査報道で、服役していた菅家利和さんの冤罪の立証を支えた。一方、DNA型鑑定に注目したことで、九州で2人の女児が殺害された飯塚事件の判決にも疑問を持ち、取材に乗り出すが、そのことで当局が長年ひた隠しにしてきた衝撃の事実にぶちあたる。彼らが守ろうとしたものは何なのか。

著者の清水潔さんは、足利事件だけでなく、99年に起きた桶川ストーカー事件で警察よりも容疑者を早く割り出し、警察による被害者の告訴もみ消しをスクープしたことで知られる。05年には海外逃亡した強盗殺人犯を追跡しブラジルで発見したこともある。多くの記者が一生をかけてもひとつもモノに出来ないようなスクープを、10年あまりで3本も放つ凄い人物。実際、帯には「伝説の記者」とまで書いてある。

そう聞けば、一体、どんな人かと知りたくなる気持ちは抑えられない。記者は記者でも、酒場での惨劇という名の「伝説」しか残したことがない私にしてみれば雲の上の存在。それなのに清水さん、本の中では「普通のおじさん」を自称する。「どう考えても、普通のおじさんのわけがないだろ。普通のおじさんはブラジルまで行かないよ」という思いを胸に秘め、1月某日、HONZの足立真穂の伝手で取材が叶ったため、新潮社を訪れた。

意気込んで応接室に入ると、誰もいない。困る。アホ面下げて誰かが来るのを待っていると、「清水です」と清水さんが到着した。ダウンジャケットにショルダーバッグ、クリっとした大きな目に、人が良さそうな笑顔。そして朝日新聞の「人」欄に取り上げられた時と同じように、足元は登山靴。インタビューするのになぜか隣り合って座る私たち。「年始なので忙しいのではないですか」と話しかけると、「そうでもないよ。もう、働きたくないよ~」。会話もまるで「普通のおじさん」ではないか、と驚いていると、編集者の方々が来てインタビューが始まった。

-本の中でも書かれていましたが、本当に登山靴なんですね。

「いつでもどこでも取材に行けるように、軽登山靴を履いています。この仕事を始めて30年以上ですが、革靴を履いたことはないですね。服は全身ユニクロ、靴は登山靴が定番です」

-もともとはカメラマンで、新潮社の「FOCUS」編集部にいた時は、数々のスクープをものにされたとか。カメラマンになったのはなぜですか。

「報道の世界に進もうと思ったとき、カメラマンが一番入りやすかったんです。それと父親が写真好きで、子供のころからカメラに親しんでいたということもありますね。カメラマンのときも現場で取材はしていて、小さな記事を書いたりもしていたんですが、完全に記者に転向したのは、桶川事件の2、3年前の96年頃です」

-桶川事件の時と同じく、今回の事件でも地を這うような取材を続け、現場にも100回近く通われていますね。そこまでのめり込んだ理由を「幼い5人の少女の命が奪われたこと」と何度も記されていますが、なぜそこまで出来るのか、という思いも湧いてきます。

「もともとすべてを自分で見ないと信じられない性格なんです。知らないことがあるのが、怖い。だから徹底的に取材する。特に足利事件では、最高裁の判決に異議を唱えるわけだから、警察や検察が調べあげた事実も、全て確認しておかないといけなかった。よく若い記者に『どこまで裏をとればいいんですか?』って聞かれるんですが、私は、自分の報じたことが間違いだと分かったときに『あれをやっておけばよかった』と後悔しないようにやれと言っています。ただ、それだけやってもミスは出る。本の中でも書きましたが、今回も致命的なミスをおかしています」

-取材期間も5年以上と、ずいぶん長いですよね。

「最初は96年に起きた『横山ゆかりちゃん誘拐事件』を調べ始めたんです。それが他の事件にもつながってしまった。ただでさえ、ひとつの事件でも徹底的に調べないと気が済まない性格なのに、それが5件分。取材するべき人も場所も5倍でした。FOCUS時代には、『新潮社が通った後はペンペン草も生えない』と言われた『新潮ジャーナリズム』に鍛えられましたが、それでも今回は大変な取材でした」

-本書ではDNA型鑑定が大きなカギを握っています。一見、とっつきにくいですが、知識がない私でも矛盾点がわかるように、平易に書かれていました。

「そこは苦労しました。勉強すればするほど、専門家の目を気にして、読者に分かりにくい書き方をしてしまうんです。それで深みにはまっていたところを編集者がうまく軌道修正してくれました。読者が『私』と一緒に取材を進めて、だんだん理解していけるように書いたつもりです。DNAについての記述は、なじみがない人だとすっ飛ばして読みたくなりますが、そこをすっ飛ばすと、この本は何も分からなくなってしまうので。本当は、文中に『ここは我慢のしどころですよ』とか、『もうちょっとですよ』とか書きたかったくらい(笑)」

-書き方にもそうとう気を遣ってらっしゃるんですね。

「本書全体を通じて、わかりやすさには気を使いました。これだけ長い期間の話だと、単純に時系列で書いてもわかりにくいので、それをどう構成するか。また、国が認めた事実、自分が取材で明らかにした事実、自分の頭の中の疑問符という3つがしっかりと区別できるように書きました。結局、中身も大幅に削りましたね。じつは原稿が完成したのは昨年の春なのですが、刊行直前まで、ずっと削る作業をしていました。12月に出ているんですが、晩秋まで(笑)。最初はブラジルに行った時の話なども入っていたのですが、これが前後の話と絶妙につながっていなくて(笑)。仕方なく削りました」

-文体も「私」の一人称で進むので、非常に読みやすいです。

「『桶川ストーカー殺人事件遺言』の時と同じですが、一人称でしか書けないんです。最初はすごく葛藤がありました。ノンフィクションで、事件の加害者でも被害者でもない『私』が出てきていいのか。事実の羅列が続いているところに、いきなり『私』が出てくるなんてありえないだろ、と。中年のぼやきも一部で好評なのですが(笑)、確かに文中には、私の脳内のつぶやきや、食事をしたとか飲みに行きたいとかも書いてあります。あれは堅苦しい話が続いたときに、休憩してほしいという気遣いです」

編集者「『私』について補足すると、じつは『私』がいないと事件のピースが揃わないんです。清水さんは桶川でも足利でも、当事者なので。だったら『私』が出てきても違和感はないと考えました」

-そこも気になっていたのですが、なぜ「気が付くと当事者になっている」ほどに事件に入り込んでしまうのですか。

「調べているうちに、そうなってしまうんですよ。報道とは事実を伝えること。自分は事実にこだわり続けているだけで、冤罪にもDNAにも全く興味はなかった。それなのに群馬県で横山ゆかりちゃんの事件を追っていたら、いつのまにか第二の足利事件とも言われる飯塚事件の取材で福岡にいる。事実にこだわって取材していたら、つながってしまった」

-ただ、当初は飯塚事件には乗り気ではなかったようですが。

「足利事件と違って、飯塚事件には再鑑定用の試料がなかったので、立証は不可能だと思っていました。しかし取材してみると、試料がないことではなく、鑑定写真の改ざんこそが問題だった。中途半端な理解や、筋読みが危険だということを改めて思い知らされました」

-本書を読んで司法や警察の隠蔽体質に驚く人も多いと思います。桶川事件を扱った『桶川ストーカー殺人事件―遺言』以来指摘され続けたことですが、当時に比べて状況は悪化していますか。

「彼らの日ごろの仕事に問題があるとは思っていないんです。問題は、自分たちに責任がまわってきたときです。どうやってそれを回避するかということに全力を使う。それは明らかに悪質になっている印象がある。もちろん当局だけではなく、メディアにも問題がある。例えばメーカーが食品偽装した場合、メーカーの言い分をそのまま信じるメディアはいない。それなのに、官庁や警察で不祥事が起きた場合、当事者の発表に基づいて、彼らの言い分に乗っかってしまう。こんな間抜けな構図はないでしょう」

-ただ、これまでの経緯や今の状況を考えるとメディアの体質も変わりそうもないですが。

「じつは今回の事件を『文藝春秋』で連載していたころ、足利事件の真犯人を取材したいと言って、築地にある新聞社と大手町にある新聞社の記者が連絡をくれたんです。本当に取材して書く気があるのか、それとも犯人が捕まったときのためにアリバイ的に取材したいのかと聞いたら、大手町の記者は『書けるかどうか現状ではわかりません』と言って帰っていった。一方、築地の記者は『やります。100回くらい連載します』ってすごい意気込みで。こっちとしても、連載が終わったあと新聞にバトンを渡せれば面白い、事件も動くのではないかと期待しました。資料も提供して、事件関係者も直接紹介したし、真犯人と目される男の住所も教えた。それなのに結果は、『社内のあつれきでやっぱり無理でした』。がっかりして、購読する新聞を替えました(笑)」

-メディアと当局との関係を考えれば、やはり難しいと。

「この本も雑誌やインターネットでは取り上げられるけど、大手新聞と当局は完全に無視ですよね。臭い物にはすぐふたをする。『あの清水という記者が書いていることは小説だ』って叫んでると思います(笑)。まえがきに『これは小説ではない。事実だ』って書いたのは、そういうことも念頭にありました」

-清水さんのような取材は、今の若い人たちにもできるものなんでしょうか。

「今回のケースは、普通の調査報道とは別物と考えた方がいいと思います。最高裁の確定判決を覆すことをテーマに設定して取材する人はいないでしょう。そこは分けて考えるべきで、調査報道については、やりたいという記者が増えていると思います」

-清水さんの頭の中には常に取材対象となりそうなネタが転がっていると思いますが、今の関心はなんですか?

「昔からいろんなネタに喰いついては、ものになったりならなかったり。そんな『かじりかけの煎餅』が何枚も缶の中に入っている状態です(笑)。しけった煎餅や腐った煎餅も多いけど、じつはそれをどれだけ持っているかが、優秀な記者のひとつの指標なのかもしれない。なにかあったときにそれを取り出すんです。今は本書の延長線上にある8件の事件を調べています。足利事件と同じ手法のMCT118型DNA鑑定で有罪確定判決が出ている事件が8件あるんです」

-本書の続編の予定は。

「今回は100を調べて、10も書いていない。とても書ききれないし、今はまだ書けないというものもいっぱいある。そもそも私の人生には本を書く予定は無かったし、ノンフィクション作家になりたいという気持ちもない。いつのまにか、目の前のおかしいぞ、ということを調べていたら、こうなっちゃったんです(笑)。ただ、真犯人が捕まったときには、『えー、そんなことがあったのか!』という仰天の事実もお知らせできると思います」

-楽しみにしています。ありがとうございました。

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