いずれ劣らぬ地獄絵図 『捕食者なき世界』と『ねずみに支配された島』

仲野 徹2014年07月14日 印刷向け表示
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捕食者なき世界 (文春文庫)
作者:ウィリアム ソウルゼンバーグ
出版社:文藝春秋
発売日:2014-05-09
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ねずみに支配された島
作者:ウィリアム ソウルゼンバーグ
出版社:文藝春秋
発売日:2014-06-13
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5億4千万年前のカンブリア爆発以来、地球上には『捕食者』がはびこっている。ある意味では我々人類が地球上最強の捕食者なのであるが、そのことは棚上げにして、捕食者というと、どう猛で恐ろしいいうイメージを抱きがちだ。

捕食者のいない世界というのを考えてみてほしい。なんとなく、平穏でのどか、緑ゆたかで桃源郷のような景色が思い浮かばないだろうか。『捕食者なき世界』を読むと、そのような甘っちょろい直感的想像は木っ端みじんに打ち砕かれる。

1741年、遭難したロシア船ピョートル号に乗っていたベーリングに見つかるまで、ラッコはアリューシャン列島界隈でうようよ泳いでいた。肉は固くて食べられたものではないが、寒い海に住むラッコの毛皮は保温能力が高い。毛皮商人がほうっておくわけがない。人間の恐ろしさを知らなかったラッコは、おもしろいように狩られていった。

乱獲がたたり、捕獲すら難しい状況となった1911年、ようやく保護のための国際条約ができ、個体数は徐々に回復していった。60年代には、ケルプ-コンブやワカメ、ヒジキといった褐藻類-が海中の森林のように繁っている場所では、オットセイその他のさまざまな生き物にまじってラッコが住むようになった。ところが、ケルプが生育していない禿げ山のような海域では、ラッコの生存は認められなかった。

生態学者エステスは、このような観察事実に基づいて、アリューシャン列島では、ケルプがラッコの生存を助けているという仮説をたてた。しかし、エステスが出会った生態学者ペインは、それは因果関係が逆ではないのかと再考をうながした。

ペインは、大発見をなしとげた生態学者だ。潮だまりからヒトデを取り除くという行為を根気よく繰り返すと、ヒトデがエサにする貝だけが爆発的に増え、結果として、潮だまりの生態系が崩壊してしまうことを見つけたのだ。え、ラッコとどういう関係があるのかって?一見、脈絡がなさそうだが、両者は本質的に同じ現象なのである。

ケルプのない海底には、巨大なウニがごろごろところがっていた。ウニはラッコの大好物だ。ラッコが乱獲された結果、ラッコが食べまくっていたウニが増殖して、そのウニがケルプを食べ尽くす。潮だまりと同じで、ある生態系における捕食者、この場合はラッコ、が取り除かれると、その捕食者がエサにしていた生物が激増し、連鎖的にその生態系が破壊されるとうことなのだ。ペインの慧眼は正しかった。

保護の結果、ラッコは次第に増えつつあった。しかし、最近になって、顕著な減少傾向が認められている。その原因は、ラッコなどに見向きもしなかったシャチが、エサとしてラッコを食べるようになってきたからだという。なぜか?その衝撃の理由はこの本をお読みいただきたい。

ラッコやヒトデといった海の生き物だけでなく、ジャガーやピューマといった陸上の捕食者も、人間によって『駆除』されると同様の結末をひきおこす。それらの動物に食べられていた鹿などの草食動物が異常に増殖し、草木が食べつくされ、連鎖的に生物の多様性・生態系がくずれていくのだ。

ほんまかいな、という気がしないでもない。しかし、オオカミでの実例を聞くと納得せざるをえない。イエローストーン、有名な国立公園での話だ。最強の捕食者であったオオカミがヒトによって絶滅させられ、やはりその生態系はぼろぼろになった。それを取り戻すために、他所からオオカミを再導入するという、壮大で勇気ある実験が挙行された。その結果、ほんとうに、昔の生態系がとりもどされていったのである。

捕食者によって食べられると、草食動物の個体数が減って、草木が繁るようになるのは当然だ。しかし、それだけではない。捕食という直接的な行為によってのみではなく、捕食者が近くにいるかもしれないという『恐怖』も生態系をコントロールしている、というおもしろい事実がわかってきた。

食べられる側の動物が、捕食者の存在を認知するようになると、その恐怖感から、狙われやすそうな場所には出てこなくなる。そうなると、そういった場所の植物相が回復する。同時に、草食動物が摂取できるエサの総量が減少するので、その地域で生きられる草食動物の個体数が減る。世の中は思っているより複雑だ。

一方で、地球上には、捕食者がいない天国のような場所がある。いや、より正確には、あった。そのような天国に捕食者がやってきたらどうなるだろう。『捕食者なき世界』の逆をいく世界を描いたのが、同じ著者による『ねずみに支配された島』である。

ニュージーランドには、鳥ならば飛んで行けるが、捕食者たるほ乳類は泳いでも届かない島々がある。そういった島々では、いささか奇妙な進化が生じ、飛べない鳥がたくさん住んでいた。しかし、これらの鳥たちにとっての平和な時代はいつまでも続かなかった。

ヒト、そして、ヒトと共に猟犬がやってきた。しかし、これら比較的大型の『捕食者』たちは、『天国』に住む鳥たちを絶滅に追いやるほどの威力はなかった。より恐ろしいのは、ヒトといっしょにやってきたネズミだ。ネズミはどのような隙間にもはいりこみ、鳥の卵やヒナを食べ尽くしてしまう上、繁殖能力もすさまじい。

『ねずみに支配された島』の主役のひとつは、写真の鳥カカポだ(本書から転載)。奇妙とも愛くるしいともいえるカカポは、ヒトやネズミの侵攻をうけて、いまや絶滅の危機にさらされている。この鳥の保護に携わった男にちなんだ名前をうけついだ老カカポ、ヘンリーを中心に語られていく。

この本のもうひとつの大きなテーマは、アリューシャン列島の鳥と、その新参捕食者であるネズミだ。その昔、アリューシャン列島では、水平線まで延々と続く鳥の群れを見ることができたという。しかし、太平洋戦争の戦場となった際、兵士とともにネズミたちが上陸し、海鳥たちは食べ尽くされていった。

ここでも人間は生態系の回復を試みる。今度は、大量の殺鼠剤を散布し、ネズミを皆殺しにしようというのだ。計画は挙行された。天候に恵まれ、予定以上に順調に殲滅作戦は進行した。かに見えた。しかし、好事魔多し。期待とはうらはらの結果がもたらされてしまった。さて、いったい何がおきたのだろう。

いやはや、人間というのは勝手なものだ。捕食者を絶滅させ生態系を破壊してしまっては、捕食者を再導入して元に戻そうとする。逆に、図らずも捕食者を持ち込んで生態系を破壊してしまっては、その捕食者を根絶やしにしようとする。まるでエンドレスゲームだ。

この二冊、人間社会の寓話として読んでみることもできる。『捕食者』のような人には、直接いためつけられるだけではなく、その恐怖も大きな問題だ。しかし、邪魔だからといって、その人を追い出したら何がおきるだろう。あるいは、逆に、それまで見たこともなかった『捕食者』のような人が急にやってきたらどうなるだろう。いずれも地獄絵図をもたらす可能性が高い。

この本が教えるところによると、小さな『社会』ほど、こういったことの影響は大きく、もとに戻すのは困難であるという。想像したくもないだろうが、万が一、そのような状況がおきたとき、自分が属する集団において何が生じそうか、シミュレーションとして読んでみるのもおもしろい。

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『捕食者なき世界』は、HONZの黎明期、
単行本の出版時村上がレビューしている。今回の文庫化は『ねずみに支配された島』の出版にあわせて併読してね、というメッセージなのだろう。まんまと文藝春秋の術中にはまり、きっちり二冊読まされた訳だが、いずれ劣らぬ面白さであった。また『ねずみに支配された島』は、フレッシュな学生メンバー峰尾によるレビューもあわせてお読みいただきたい。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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