カカポ奇跡の復活! 『ねずみに支配された島』のもうひとつのメインストーリー

土屋 敦2014年07月23日 印刷向け表示
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ねずみに支配された島
作者:ウィリアム ソウルゼンバーグ
出版社:文藝春秋
発売日:2014-06-13
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 ニュージーランド原産のオウムであるカカポは、体重は3〜4キロとオウムのなかでもっとも大きく、そして飛ばない。

カカポ。何とも味わいのある風貌をしている(※この写真は本書の口絵をスキャンしたもの。版元の許可のもと掲載しています)

哺乳類のいない世界で進化した彼らの敵は、上空から襲いかかる猛禽類だけだった。その攻撃を避けるためにカカポは夜間に活動し、危機に直面した際には、茂みのなかでじっと動かず、その美しい緑色の体を草木に紛らせて敵をやりすごす。

しかし、ネコ、イヌ、イタチなどの捕食動物が侵入してくると、このやり方でうまくいくはずはない。加えてカカポは体臭が強く(ハチミツやフリージアのような匂いがする)、その肉はたいへん美味だという。夜間、カカポは巣をほったらかしにして、よたよたと歩いて餌を探しにいく。巣の卵や雛は奪われ、また、成鳥は行く先々で捕食される。しかも繁殖は数年に1度しか行われないのだ。

カカポについて著者はこんなふうに書いている。

つまるところ、どれほど残酷な造物主でも、カカポほど無防備な鳥、つまり、陸生の肉食動物の鼻先でおいしそうな匂いをぷんぷんさせて、その殺戮本能を刺激する鳥は、作れなかったに違いないのだ。

 『ねずみに支配された島』がHONZのレビューに登場するのは3度目である。本書のメインはなんといっても峰尾健一が書いたように「ねずみの掃討作戦」であり、また仲野徹が記したような「天国」に捕食者が侵入したゆえに起こる悲劇についてである。

カカポをめぐる物語もそんな悲劇のうちのひとつなのだが、実はそれだけ取り出して一冊の本になるほどに魅力に満ち溢れ、本書のもうひとつのメインストーリーといえるほど、抜群に面白い。

無防備なカカポが、外来の捕食者たちに食べられて着実に数を減らし、すでにめったに見られないほどになっていた19世紀末、ニュージーランド議会は、まだイタチやネコ、イヌなど捕食者たちが侵入していないレゾリューション島という無人島に、カカポ、そして同じく飛べない鳥であるキウイとウェカを移住させ、保護する計画を立てた。そしてその人員として政府が白羽の矢を立てたのが、リチャード・ヘンリーという一人のホームレスだった。

ヘンリーは両親、そして兄弟たちとともに故郷アイルランドからオーストラリアに向かったが、母と幼い弟は船の中で病に倒れて死に、もう一人の弟もオーストラリアに移住して2年後に死んだ。ヘンリーは初等教育さえもまともに受けず、10歳になるとアボリジニたちと出会い、さまざまな狩猟法を学び、森や原野を駆け回るようになる。

そして、22歳のとき、今度は弟が製材所での事故で死ぬ。悲しみに暮れ、また製材所での労働にうんざりした彼は、森の奥地へ消え、アボリジニたちと交流しつつ、放浪生活をスタートさせるのだ。

「彼ら(アボリジニ)はユーモアがあり、陽気で、友好的で、喜びと活気に満ちあふれ、互いを思いやっている」(中略)「製材所では、仕事を終えて小屋へ戻ると、そこにいるのは、労働に疲れきった、無愛想で下品な労働者たちだ。その不快さは、幸福そうなアボリジニとは対照的だ」

 ヘンリーは徒歩と船で移動を続け、1870年、ニュージーランドに上陸する。そしてニュージーランド最後の辺境と言われ、今は世界遺産にもなっているフィヨルドランドでカカポと出会うのだ。自分の連れてきたイヌが、なんなくカカポを捕まえ、その柔らかい肉を喰らっているのを見て、ヘンリーはこう記している。

「野生のイヌが数匹いれば、10年以内に、国のどこにもその姿は見られなくなるだろう」

ヘンリーはこの瞬間にカカポの庇護者になったわけではない。この飛べない鳥たちの天国で、彼はカカポを捕獲してその肉を食べ、また剥製用に売った。と同時に殺した鳥を解剖して砂嚢を精査し、食習慣や生態を詳細に調べた。最良の狩猟家がその生き物の最良の保護者である、というのはよくあることだ。彼はハンターかつナチュラリストとして、世界中のどんな鳥類学者より、カカポ、そしてフィヨルドランド周辺の鳥の生態について知り尽くし、その繁栄の脆弱さを深く理解していたのである。

1883年、その楽園にフェレットが侵入したことにヘンリーは気づく。

「ウサギ用の罠に二匹のフェレットがかかった。それを見てわたしは、カカポの終焉がすでに始まっていることを悟った」

ヘンリーは外来種の侵入を警告し、自然保護を訴えるようになる。しかし、学界は彼の研究成果を無視し、政府も彼の意見はなかなか受け入れられない。さらに悪いことに、彼の唯一の希望とも言えた、前述のレゾリューション島の保護区の管理人になる話も、政治上の内輪もめで棚上げされてしまうのだ。そして、失意の底に落ちたヘンリーは、各地をさまよったあげく、リボルバーで自らの頭を撃つ。

しかし翌日の未明、ヘンリーその人が病院に自ら歩いてやってきて入院した。優秀なハンターが、なぜか自分に照準を合わせた仕事をしくじったのである。弾丸は頭蓋骨に留まっていた。彼はもう一度引き金を引いたが、今度は不発だった。「人智を越えた力が働いたような気がして」、ヘンリーは自殺をやめたという。

そしてその2週間後、彼のもとに電報が届いた。ついにレゾリューション島の保護計画が動くことになり、ヘンリーが管理人に指定されたのだ。それからのヘンリーはまさにカカポの救世主となるべく奮闘し、それまで知られていなかったカカポの生態を解き明かすとともに、700羽以上のカカポを捕獲し、安全だと思われる場所に移す作業に没頭した。

しかし、ついにレゾリューション島にもイタチ類が侵入した。

「もう期待はしていない……ここに長く住むことはないだろう。あのイタチのせいだ」

絶望を抱えながら、年老いたヘンリーは、それでもカカポらをひたすら他の島に移動させ続けたが、それは最初から負けると分かっている戦に挑むようなものだった。

ヘンリーはふたたび失意の底に落ち、そのまま亡くなったが、彼の努力はすべて水泡に帰したわけではなかった。半世紀後、ヘンリーの仕事は、ドン・マートンというカカポ救出作戦の指揮者に受け継がれる。当時の学界はヘンリーの報告を無視していたという。マートン自身も、ヘンリーのことを、学界が主張する通りの「未開の奥地で希少な鳥をいじくり回した無教育な田舎者」だと決めつけていた。しかし、ヘンリーの書き残した文献を読み、実際にカカポ捕獲の現場に携わるうちに、マートンはヘンリーを卓越した鳥類学者と考えるようになり、その知見を現場に活用するようになったのだ。また、マートンは、フィヨルドランド原産の最後の一羽となった雄のカカポを、リチャード・ヘンリーと名付け、格別に可愛がった。そしてこの美しい雄鳥こそが、その後、カカポ復活の鍵となるのだ。

マートンらの努力の結果、一時はわずか数羽まで減ったカカポは、2011年現在123羽まで回復した。ヘンリーとマートン、そして愛らしく美しい「リチャード・ヘンリー・カカポ」をめぐる奇跡の復活の物語は、まさに鳥をめぐる最良のノンフィクションのひとつだ。

本書は「大規模なねずみ掃討作戦」の部分だけでも、また「捕食者に侵入された楽園の地獄絵図」としても抜群に面白い。加えて、老ヘンリーの無念を胸に抱きながら、愛くるしいカカポたちの物語も堪能できる。何冊分もの内容が重層的に重なり合り、濃縮されたとびきりお得な一冊なのである。

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