『日本国最後の帰還兵 深谷義治とその家族』

刀根 明日香2015年02月19日 印刷向け表示
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日本国最後の帰還兵 深谷義治とその家族
作者:深谷 敏雄
出版社:集英社
発売日:2014-12-15
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1978年、日中平和友好条約が締結された。その際の政治の駆け引きに利用されたひとりの軍人、それが深谷義治さんだ。深谷さんは、終戦時、当時の上官から「任務続行」の命を受ける。以後、13年間中国に潜伏、中国当局に逮捕され、獄中生活は20年4ヶ月にも及んだ。拷問を受け、生死をさまよい、家族が迫害にあっても守り続けたもの、それは一体何なのか。本書は、義治さんの次男、深谷敏雄さんが6年の歳月をかけて書き上げた一冊だ。

敗戦国である日本が終戦後、「任務続行」という命令をだし、戦勝国である中国にスパイを潜入させたことは、国際法に違反する行為だった。しかし、特殊任務に従事してきた義治さんは、戦中にしろ終戦後にしろ、上官の命令に従いそのまま実行することは、決して辞することの出来ない使命であったのだ。そのため「日本のスパイ」という公安からの嫌疑を認めれば解放を約束されたにもかかわらず、義治さんは日本国名誉のため絶対に認めなかった。

世界で最も処遇が厳しいといわれる上海第一看守所(拘置所)と上海市監獄(刑務所)。判決を受けるまでの16年間、義治さんは外界との連絡を一切禁じられ、公安によって家族には生死さえも極秘にされていた。当時の過酷さは義治さんの身体に生々しい傷跡を残す。結核、肋膜炎、そして脊髄骨骨折・・・。いずれも、ほとんど治療を受けていない。零下6度の寒さのなか、食いしばる歯がすり減っていく。

「地獄のようなところで骨を埋めるな、必ず家族全員で祖国に帰る。」その強い意志だけが義治さんを生かす源だった。文化大革命のなか長男は無実の罪で投獄、次男は農場に下放され、三男は山奥へ行かされ、母親と妹は差別と公安の監視のもと生きながらえた。何度も無理矢理引き離される度必死につなぎ止めた家族の絆を、ただの感動話として読み過ごすことは決して出来ない。

本書が語るのは、共産党公安の非人道的な仕打ちだけではない。日本の醜い、目をそらしたくなるような現実も含まれている。深谷さん家族が帰国した後、政府からの援助は全くなかった。あまりにも困窮した生活のため、帰国7日後には、兄弟それぞれが肉体労働につくはめになる。さらに義治さんは「重婚罪」のため裁判所に呼び出され、再び監獄の危機を向かえる。20年間希望を持ち続けた母国でそのような扱いを受けなければならなかった状況はあまりにも切ない。

本書の最後には、義治さんの孫娘にあたる、深谷富美子さんの文章が載っている。実は私は富美子さんと同じ歳だ。第三世代に祖父と父の戦争史はどのように映っているのだろう。戦争を経験していなくても、彼らの生き様は私たちの心に軌跡を残す。

日本兵の精神を貫いた祖父の生き方は、確かに一家に不幸を招いてしまったのかもしれない。しかし、祖父が自身の信念を最後の最後まで貫徹したからこそ、父が生まれ育ち、私が生まれ、そしてその私が今、こうして生きている。私にとって、彼は祖父である以上に、誇り高き「さむらい」である。

中国では「好死不如悪活」という言葉があり、変わり果てた姿になったとしても、死ぬよりは惨めながらも生きている方がよい、という意味らしい。中国で獄中20年4ヶ月耐え抜いた深谷義治さんとその家族の人生が、この言葉を体現しているようだ。もし、著者が父親の話を本にしなかったら、消えゆく無数の人間の物語と同様に、彼らの戦争史も永遠に失われてしまうところだった。国家の戦争史よりも、ひとりひとりの戦争史の方が、身近に感じられて戦争についての思想を促す。独学で日本語を学び、長い歳月をかけて想いを記した本気の一字一句を、多くの人に読んでもらいたい。
 

台湾海峡一九四九
作者:龍 應台
出版社:白水社
発売日:2012-06-22
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この命、義に捧ぐ    台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡 (角川文庫)
作者:門田 隆将
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 2冊とも、戦争に翻弄された人間の生き様を描いていて、私が深く影響を受けた本です。

『台湾海峡一九四九』麻木久仁子のレビューはこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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