科学は生死の境界線を動かし続ける『人はいかにして蘇るようになったのか』

佐藤 瑛人2015年09月03日 印刷向け表示
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人はいかにして蘇るようになったのか: 蘇生科学がもたらす新しい世界
作者:サム・パーニア 翻訳:浅田 仁子
出版社:春秋社
発売日:2015-08-20
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死は可逆的なプロセスとなった

心拍が停止し、呼吸が停止し、瞳孔が拡大・固定される。この3つの条件がそろった場合、人は死んだとみなされていた。しかし近年の蘇生科学の発達は、遺体がこれら3つの条件を示した数時間以内であれば、人間を蘇らせ、脳や記憶に障害を与えずに元の生活に戻すことを可能とするようになった。

本書では、幾度となく心停止の現場に際してきた臨床医師であり、ニューヨーク州立大学の医学助教授である著者が、蘇生科学の最先端の知見に基づき、死の現場で起きていることを明らかにしようと試みる。

私たちはよく生前と死後という表現を用いる。むろんその間にあるのは死だ。死という名のある一点におけるイベントが、両者を非連続に、そして永久的に分つ様を連想させる。しかし蘇生科学の発展は、死が0次元の瞬間ではなく、時間軸上の長さをもったプロセスであることを示唆している。「死んでいる最中」という状況が存在するというわけだ。そしてそのプロセスは可逆的ですらある。

「死んでいる最中」の人間は、適切な蘇生処置によって、一定の確率で生の世界に引き戻すことができる。現在の技術でリミットは3時間だ。個別の組織に限ればそのリミットはさらに長く、神経細胞は死後8時間、脂肪組織は13時間、皮膚組織は24時間、骨は4日間以内であれば、生き延びて修復することができる。解剖用の死体から採取された脳細胞を実験室で培養・増殖させるような試みは、いまや日常的になされている。

心停止後にも生き返り元の生活に戻ることのできる患者が増えている理由は、主に現代的な心肺蘇生法の確立と、ここ10年ほどで発見された低体温療法の効能である。前者は血液と空気の循環を人口的に作り出し、電機ショックで心臓の再始動を試みる。後者は氷などで体温を32℃前後まで下げ、細胞が死ぬプロセスを遅らせる。これに適切な蘇生ケアを組み合わせることで、脳や臓器への損害を最小限に抑え、患者を元の生活へ戻すことが可能となる。

臨死体験はなぜ起きるのか

心停止後、蘇生を経て日常生活に戻った人々は、死んでいる最中に何を体験したかを語るようになった。暗くて長いトンネルと、その先に見える光。ときには亡くなった親戚の顔。暖かく包まれるような安らぎ。そして体外に離脱した自分の意識が、蘇生施術中の自分の肉体とそれを取り囲む医師たちを見下ろしていた、という証言も増えている。

 「わたしは天井のあたりにいて、下の様子を見ていました。心停止になる前にはあったことのなかった看護師さんがみえました。(中略)お医者さんがわたしの喉に何かを入れているのが見えました。(中略)最初に看護師さんが『444にダイヤルして。心停止です』といったのを聞いたんじゃなかったかしら。」

彼らは非常に明晰な記憶で自らの体験を語り、意識がないはずの状況下で周囲の医師によって交わされていた専門的な会話の内容まで覚えている者もいる。そしてこういった体験談は、実に何万件もの実例があるのだ。無神論や不可知論をふくむ、あらゆる信仰を持つ人々がこのような体験を報告しており、その内容は信仰の種類には影響されていないという。ただし内容をどう解釈するかについては、信仰が反映される場合が多い(同じ光り輝く存在を前に、キリスト教徒はイエスを、ヒンドゥー教徒はラクシュミを見る)。

既に立花隆氏などがその著作で記しているように、こういった臨死体験は純粋な科学の研究対象となっており、自ら心停止に陥った医師や神経科学の専門家が、臨死体験が起きたと語る例も増えている。

臨死体験〈上〉 (文春文庫)
作者:立花 隆
出版社:文藝春秋
発売日:2000-03
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本質的な問題は、臨死体験(著者は、そういった患者は実際に一度死んでいるので、「実際死体験」と呼ぶべきだと主張している)が、どういった要因によって発生するのかである。科学者の多くは、脳内現象説を検討している。脳内の化学物質の変化、酸素の欠乏、側頭葉の痙攣など、脳の内部の変異が実際死体験のイメージを作り出しているという主張だ。しかし今のところはどれも説明に限界があると著者は主張する。

実際死体験者の証言は数多く科学的な検証を経ており、客観的な正確さを備えていることも明らかになっている。LSDで引き起こされる幻覚や眠っている間に見る夢とは、まったく異なる性質を持っていることは否定できない。

もし脳内に原因がないとすれば、なぜ実際死体験が起きるのか。もう一つの説明は、意識そのものが脳とは独立に存在しており、脳が活動を停止した後も、(少なくとも一定時間の間は)意識は存在し続ける、というものだ。

ノーベル賞を受賞した神経科学者のジョン・C・エックルスは、カール・ポパーとともにこの二元論を支持していた。前述の立花隆氏も、脳内に起因するという説を支持しながらも、意識の独立存在の可能性を排除していない。今のところ、どちらも決定的な証拠はなく、つまり科学は両方の可能性を考慮しなければならないと著者は述べる。

もし脳の活動の有無に関わらず意識が存在するのであれば、それは日常的な人間の意識そのものの起源についても、極めて深遠な問いを投げかけることになる。私たちの「自己」は、果たしてどこにあるのか。

この議論は、脳科学と医学のみならず、心の哲学や量子力学など、あらゆる学問の分野を巻き込んで長年の論争が続けられている。著者はAWAREプロジェクトと呼ばれる、英米豪の20を超える病院に4,000台もの観測装置を据えた体外離脱の実証実験を行い、この問題に蘇生科学の立場から回答を試みようとする。

タイタニック号の乗客たちが本当に死んだのはいつか

蘇生科学の発展と実際死体験の豊富な実例は、もう一つの大きな問題を提起する。それはつまるところ、死んでいる最中の人はいつ後戻りできない完全な死に至るのか、というものだ。日本でも脳死は人の死かについて激しい議論が交わされたのはつい20年ほど前の話だが、人工呼吸装置はすでに1950年代から、脳組織が完全に死んで液状化した後でさえ心臓を動かし続けることを可能にしていた。さらに近年の低体温療法によって、完全な脳死と判定されてから7日後になって脳が回復の兆しをみせる、というケースさえある。

現代の科学では生死の境界線を厳密に定義することは不可能であり、将来の長い間にわたってその状況は続くだろう。科学技術の進歩が、境界線を後ろにずらし続けるからだ。この生死の境界の不安定さは、脳死患者から移植のために臓器を摘出できるのはいつか、といった倫理的な問題もこの先ずっと解決されないままに留めてしまう。

また最終章において著者は、背筋が凍るような疑問を投げかけている。1912年、タイタニック号が沈没したとき、乗客はマイナス2℃の海に投げ出された。沈没から2時間後には最初の救助船が到着するが、彼らが目にしたのは極寒の海に浮かぶ大量の遺体だった。映画「タイタニック」で描かれたこの光景を覚えている方も多いだろう。

事故当時は当然ながら、現代的な蘇生法はもちろん、低体温療法は発見されていなかったから、いずれにせよ犠牲者たちを蘇生することは不可能だった。しかし、極寒の海で十分に冷やされた大量の遺体は、かなり長い時間にわたり「蘇生可能な状態」で保たれていたと推測される。臨死体験が内在的なものにせよ、そうでないにせよ、遺体の多くは凍死したまま意識を体験していたと考えてもおかしくはない。さて、彼らが本当に後戻りできない死に至り、意識を失ったのはいつなのだろう。数時間後か、数日後か。

人類最後のタブー―バイオテクノロジーが直面する生命倫理とは
作者:リー・M. シルヴァー 翻訳:楡井 浩一
出版社:日本放送出版協会
発売日:2007-03
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結合性双生児という、双子がくっついたまま生まれてくる子供が稀にいる。日本でも話題になったベトちゃんドクちゃんを覚えている人も多いだろう。ベトちゃんドクちゃんは対称的な身体を有していたお陰で分離に成功したが、そうでない場合も多い。

 例えばマルタ島のアタード家で、結合して生まれた双子のグレイシーとロージー。誕生後まもなくロージーの心臓が停止するが、グレイシーが摂取した栄養を奪い続けることにより、ロージーの生命は維持されていた。双子を強制的に分離しなければやがてグレイシーが栄養失調で死に、その結果としてロージーも死ぬ。双子を切り離せばロージーを殺すことになるが、グレイシーは助かる。さて、ここにおいて(もしそんなものがあるとすれば)正しい行いとは何だろうか。

一時期ブームになったミニブタは、実は人間への臓器移植用に開発された品種である。ブタの内蔵は人間のそれに近いため、他の類人猿よりも異種間臓器提供が成功する可能性が高いからだ。もちろん英米では多くの人々が、臓器提供用にブタを飼育するのは生命倫理に反していると拒否反応を示した。殺して食べるためだけに大量のブタを飼育しているにも関わらず、である。

日本でもマイケル・サンデルの『これからの正義の話をしよう』がベストセラーとなったが、読者が突きつけられる問題は、本書の方がはるかに重い。それどころかサンデルさえも文中でその欺瞞を著者に論破されてしまう。生命倫理と呼ばれる主張のほとんどが、実は科学を装う宗教やスピリチュアリズムの隠れ蓑であることを著者は次々と明らかにする。私たちの道徳や倫理は、いとも簡単に崩壊する。

評者個人のオールタイムベスト3にランクインするバイオテクノロジー分野の傑作。 

死ぬ権利はだれのものか
作者:ウィリアム・H. コルビー 翻訳:大野 善三
出版社:西村書店
発売日:2012-01
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脳が液状化した後も栄養チューブによって15年間生かされ続けた女性、テリー・シャイボ。生命維持装置を外すべきか否かについて、アメリカという国を二つに割っての論争が繰り広げられた。自らの生活を犠牲にして長年の介護を強いられる家族。栄養チューブを外す行為は殺人だとして、家族の家を取り囲むデモ隊。妻の尊厳死を望む夫と、生命維持を永続すべきだと主張する両親の間で繰り広げられる裁判。明確な回答を出せない宗教指導者たち。尊厳死を肯定する人も、そうでない人も、自らの主張について再考を迫られる一冊。

ちなみに長期間の裁判に勝利したシャイボの夫が、栄養チューブを外してシャイボの尊厳死を実行しようとしたとき、急遽法律を制定してチューブの再挿入を強制したのは、今アメリカ大統領選を戦っている当時のフロリダ州知事ジェブ・ブッシュだった。

脳死後の遺体を生命維持装置で生かし続けることは不自然だと否定するのは簡単かもしれない。下の動画は、脳死と判定された後の、テリー・シャイボの様子だ。あなたは何を見て取るだろうか。彼女はまだ生きていると考える人もいるだろうし、このような容態にまでなって強制的に生かされていることの方が残酷だという考えもあるだろう。いずれにせよ簡単に結論が出る問題ではない。

プルーフ・オブ・ヘヴン--脳神経外科医が見た死後の世界
作者:エベン アレグザンダー 翻訳:白川 貴子
出版社:早川書房
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ハーバード大学でも教鞭をとった神経科学者が、自らの臨死体験を綴った体験談。アメリカのAmazon.comでは9,000件を超えるレビューが投稿されているロングセラー。

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