酒、悪態、怠惰、ストレスを肯定する──『悪癖の科学 その隠れた効用をめぐる実験』

冬木 糸一2016年10月25日 印刷向け表示
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悪癖の科学--その隠れた効用をめぐる実験
作者:リチャード・スティーヴンズ 翻訳:藤井留美
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2016-08-29
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時間は充分にあったはずなのに、締め切り間際まで仕事がはじめられない。ついつい悪態をついてしまう。酒を飲んではいけない時に飲みすぎる──いわゆる「悪癖」はままならない人生に常につきまとう影のようなものだが、本書はそこに切り込んで「実は、悪いと言われていることにも効用があるんじゃないの?」と問いかけてみせる。そうだったら実に嬉しい話だ。

本書では1章が「セックス」、2章「酒」、3章「悪態」、4章「危険運転」、5章「恋」、6章「ストレス」、7章「サボり」、8章「死」とそれぞれの章で悪癖に対する「効用」を探っていく。とはいえ、効用があるとはいってもこじつけめいたものであれば興ざめである。その点、本書の著者はイギリスのキール大学の心理学講師であり「悪態をつくことにより苦痛を緩和する」研究でイグ・ノーベル賞を受賞している専門家で、各種実験をおもしろおかしく紹介しながら、あくまでも科学としての妥当性については真剣に語り、線引をしてくれるのがありがたい。

酒は健康に良いのか

たとえば2章では、飲酒と病気の調査で適量飲酒者のほうが非飲酒者よりも健康面で有利だという実験結果がいくつか紹介される。幾つか例をあげると、心臓病で死亡する人の割合は酒量が極端に少ない、あるいは多いグループほど高く、真ん中の人ほど低い。また別の調査では1日に適度なアルコールを摂取するグループはうつ病のリスクが約40パーセント低いと出ている。

こうした調査が出ると単純に「適量の酒は健康に良いんだ」と思ってしまうが、「適量飲酒者は一般に裕福で恵まれているから、健康にも反映されているだけだ」という批判もある。もちろん調査では年齢、喫煙、肥満といった要素も考慮しているが、完全ではない。

確実性をあげる調査手段としては、ランダム化比較試験といって調査サイドが被験者をランダムに飲酒グループと非飲酒グループに振り分け、年単位で健康状態を追跡調査していく方法があるが、今のところ参加者が集まらないため(酒飲みが非飲酒グループに入れられたり、その逆が起きるため)、飲酒と健康の関連実験でランダム化比較試験が行われたことは一度もないようだ。

そういう前提をきちんと語った上で、本書では基本的には事実として確認できるレベルの研究を取り上げ、確度が怪しめな研究の場合は上記のように説明をして、きちんとそれがどの程度確実で、どの程度怪しいのかをよりわけながら注意深く論を進めていってくれる。

ほかいろいろ

他に無数の実験が紹介されていくが、中でもおもしろかったのはイグ・ノーベル賞にもなった「悪態」の研究。我々は思いがけない事態(それも悪い方向に)なった時や、怒りをあらわす時に悪態をつくが(英語ならfuck、日本語ならクソッとか)著者らの研究によると「悪態(侮蔑語・卑猥語)をつくことで痛みへの耐性が高くなる」など様々な効果が発生するのだという。

たとえば、氷水に手を浸しながら、被験者は自らが選んだ言葉(悪態でも、普通の言葉でも)を発して「何分耐えられるか」の実験が行われた。その結果、被験者は普通の言葉より侮蔑的な言葉を口にしている方が長い間氷水に手を入れることができ、その際は苦痛の度合いは低くなり、さらには痛みの軽減効果さえもあることがわかった。これは悪態が攻撃感情を高め、闘争/逃走反応を引きおこしストレス性無痛状態になっているのからではないかと著者らは推測している。

上記の論文が発表された後、オンライン辞書に「lalochezia」という、ストレスや痛みをやわらげるために卑猥な四文字語を使うことを意味する単語が登録された。災い転じて福となす──とはちょっと違うかもしれないが、lalochezia現象がわかっていれば出産のような不可避的な痛みや、極度の痛みやストレスに対して悪態をつきたくなるのを世間体を考え我慢してしまうという理不尽な状況も、理屈で乗り越えられるようになるだろう。悪癖も使い方次第である。

他にも、「退屈」を取り扱った章では、知能指数テストで高い結果を残した者ほど単調な課題に対して強く退屈を感じる実験結果を受け『退屈はいまの行動を中止して、もっと有意義なことをやれという合図だとする説を考えると、退屈しやすさと知能の高さが関連する事実はそれを裏づけるものだろう。』『やはり退屈は時間のムダではない。それどころか、ためになる時間の使いかたをしていないことに気づかせてくれる、有益な状態なのだ。』と結論づけてみせる。退屈の問題は「ためになる時間でない」と気づいても避けられない点にもあるわけだし、何より極端に屁理屈臭いが、いわれてみればたしかにそうだとうなずかざるをえない説である。

本書では最終的に死さえも肯定しようと、臨死体験をめぐる実験にまでたどりついてみせる。『臨死体験者は、非体験者にくらべて死をあまり恐れなくなり、死後の世界があると信じる人が多い。人生の意味を追求することに熱心で、愛情を表現したり、他者を受け入れることをいとわない。』……というように、死さえも肯定できるのだとしたら、生きるのはもっと楽になるだろう。まあ、そのために臨死体験を経験してみたいかと言われれば答えはノーだが……。

おわりに

本書は、ストレス、酒、怠惰、悪態、運転中のスピードの出しすぎなどなど、人生で生きていく上で「わかっちゃいるけどやめられない(避けられない)」各種悪癖に対して、「必ずしも悪いものではないのだよ」と、ダメな自分を部分肯定し、受け入れられるように救いの手を差し伸べてくれる。全編通して冗談めかしていてはいるものの、実は優しさに満ち溢れた一冊なのだ。酒を飲みすぎたら潰れるように、やりすぎはよくないが、悪癖の適量摂取を心がけましょう。

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