ケネディーはクスリ漬け、スターリンはパラノイア、そして毛沢東は…『主治医だけが知る権力者 : 病、ストレス、薬物依存と権力の闇』

仲野 徹2018年09月27日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
主治医だけが知る権力者: 病、ストレス、薬物依存と権力の闇
作者:タニア・クラスニアンスキ 翻訳:川口明百美
出版社:原書房
発売日:2018-07-25
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

国家元首の主治医たちをめぐるノンフィクションである。もちろん、主治医についてだけでなく、元首たちの病気や性癖、投薬についても詳しく描かれている。登場する元首たちは並みの権力者ではない。ヒトラー、チャーチル、ペタン、フランコ、ムッソリーニ、ケネディー、スターリン、毛沢東。それぞれの身体状況とそれに対する治療が政治に大きな影響を与えていた。そして、主治医たちは大きな役割を担っていたのである。

文字通り、元首の主治医は裸の権力者を見続ける。そのためには、まず元首に気に入られなければならない。その上、お気に召すような治療をしなければならない。一方で、気にそまぬアドバイスをしなければならないこともあれば、病状をひた隠しにせねばならないこともある。権力者の主治医には、医術以外に相当な技量が要求される。

主治医によっては虎の威を借りて権力をふるおうとする者もいる。たとえそのようなことがなくとも、周囲からの圧力は強烈だ。権力者の側近たちからウソつきと呼ばれ、無能と蔑まれ、当然のように嫌われていく。最後には権力者本人にも疎まれ、嫌われ、捨てられてしまうこともある。どうにも割にあわない仕事である。しかし、権力者に任命されたら断るわけにはいかない。断ればすべてを失うどころか、時には死を招きかねないのだから。

ヒトラーの主治医は、「魔術師」とも「帝国注射マイスター」ともあだ名された男テオドール・モレルだった。身長が1メートル70センチで体重が110キロ、ヒトラーが愛するアーリア人とかけはなれた容姿であっただけでなく、不潔で吐き気を催すほどの体臭を放っていたという。しかし、ヒトラーはこの男を気に入っていた。

常に「病気になどなっている暇はない」と語っていたヒトラーであるが、戦況が悪化するにつれ、次第にうつ状態になっていく。はたしてどのような病気であったのか、実際にどの薬剤がどれくらい処方されたのかについては、噂は山ほどあるけれど、よくわかっていない。

ただ、モレルが、麻薬系の薬剤や、日本ではヒロポンという名で広く使われた覚醒剤であるメタンフェタミン、ステロイドなどを処方していたことは間違いない。注射と薬の量が多すぎるのではないかと問われたモレルは「要求された量を差し上げているのです」と答えた。そうでないと、ヒトラーのような独裁者の主治医は務まらない。

モレルはヒトラーについて何も書き残さなかったが、ウィンストン・チャーチルの主治医であったモーラン卿は、チャーチルが亡くなった翌年に『チャーチル-生存の闘い』でたくさんの秘密を明らかにしている。家族以外誰も知らなかったのだが、チャーチルはうつ状態であることが多く、それが政治的な決定に影響をおよぼしたであろうという内容も曝露した。

死後とはいえ、このようなことが公にされるのはいかがなものかという気がする。しかし、「英米法寄りの説明では、表現の自由と歴史的議論における公共の利益という点では、守秘義務に従わずともよい」そうだ。確かに、病気と投薬によって政治的決定が影響をうけるとなると、国民はそれを知る権利があるのかもしれない。

第二次世界大戦中のフランス・ヴィシー政権の首相であったペタンと、スペインの独裁者であったフランコの主治医は、ともに親子ほども年の差がある若さであった。二人の例は、親子のような愛情と献身的な治療が必ずしも望ましい結果をもたらさないことを示している。

モレルはヒトラーに依頼され、ベニート・ムッソリーニの主治医にザカリエを選んだ。晩年は不健康の塊であったとされるムッソリーニだが、ザカリエによる食事療法を中心とした治療方針は十分な健康をもたらしていた。ある種の情報操作がなされていたのだ。ザカリエは、ムッソリーニにとって生涯唯一の気を許した友人でもあったが、それは二年に満たない期間でしかなかった。よく知られているように、ムッソリーニはパルチザンに捕らえられて愛人と銃殺されてしまったのだから。

ここまで5人の権力者と主治医の話でもかなりなのだが、圧巻は残る三名、ジョン・F・ケネディー、ヨシフ・スターリン、そして毛沢東である。

よく知られていることだが、ケネディーはアジソン病(副腎皮質機能低下症)であり、副腎皮質ホルモンによる治療をうけ、おそらくはその副作用による精神症状に悩まされていた。それだけでなく、背中の痛みのために鎮痛剤を常用しなければならなかったし、性病のひとつである非淋菌性尿道炎にもかかっていた。健康だと豪語していた医師団は大ウソつきである。

リチャード・ニクソン相手の大統領選挙運動に疲れたケネディーの前に、覚醒剤の一種であるアンフェタミン使いの名手であるマックス・ジェイコブソンがあらわれる。そして、選挙戦の流れを大きく変えたといわれるテレビ討論会の直前にアンフェタミンを注射した。それを機会に、ジェイコブソン、またの名を「ドクター・フィールグッド」はケネディー大統領の医師となる。

あのトルーマン・カポーティもジェイコブソンの患者で、治療をうけると「スーパーマンになったような気分」になったと書き残している。ただ、ジェイコブソンは患者にクスリの内容を伝えなかったし、当時の米国ではアンフェタミンの依存性があまり問題にはされていなかった。

核戦争の危機が極大になったキューバ侵攻の頃、ケネディーは一日に何度も注射しなければ元気を保てなかった。その薬剤がいったい何だったかはわかっていない。もし暗殺されなかったら、ケネディーのこのような状況は生前に暴露されていたのだろうか。ちなみにジェイコブソンに関するFBI資料は未公開で、入手できるのは13ページのうち4ページだけだという。

迫害妄想にとらわれていて、親戚であろうが容赦なく粛正するような独裁者、ヨシフ・スターリンを診察するのは命がけだ。スターリンをパラノイア(妄想症)と診断した精神科医はその診断後24時間で怪死しているし、前任の主治医も逮捕されている。これらのことを知っていた主治医、ウラジーミル・ヴィノグラードフが慎重であったのは当然である。

しかし、動脈硬化が重症になってきたために節制が必要であるとの注意勧告をおこなわざるをえなくなる。おそらくそれが、医者嫌いであったスターリンの怒りを招いたのだろう。でっちあげられた罪により投獄され拷問をうける。それぐらいで済んでよかった、殺されなくてよかったとほっとするくらいにスターリンは冷酷であった。

毛沢東はもっとすごい。清潔観念に乏しくシャワーも浴びず風呂にも入らず悪臭をふりまいていた。性病に罹っていたにもかかわらず、国中から集めた若い女性達と性行為をおこないまくった。さらには、スターリンと同じくパラノイアであった。信じられないような話だが、これらのことは、主治医であった李志綏(り しすい)によって、毛の死後に詳しく書き記されている。

この本に書かれているのは、主治医によってその病気や性癖が暴露されれば一気に失脚し、世界を混乱に陥れかねないような権力者ばかりである。我々が思っている以上に、世界というのは、権力者の病気という危ういガケの上に心許なく立っているようだ。 

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon Kindle

『ノンフィクションはこれを読め! 2014』電子版にて発売中!

HONZ会員登録はこちら

人気記事