『犯罪の世間学』なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか

栗下 直也2016年02月10日 印刷向け表示
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90年代末以降、刑事司法の厳罰化が進んでいる。80年代からは量刑はざっと見て倍になり、00年の少年法改正を皮切りに法律改正のラッシュが続いた。10年には時効も廃止された。

犯罪が増加したわけでも、凶悪化したわけでもない。むしろ諸外国と比べても日本の犯罪率は低い。東日本大震災時に被災者が避難所で整然と行動していたことは海外メディアにも絶賛された。

治安の良さとそれにも関わらず起きている厳罰化の流れ。いずれも「世間」に日本人が未だにがんじがらめになっているというのが刑法学者の著者の主張だ。

日本には社会が存在せず、伝統的に世間が存在したとの指摘は阿部謹也が提唱した世間論で広く知られる。著者は世間を「日本人が集団になった時に発生する力学」と定義しながら、「既読スルー」や「空気を読む」を例に世間論を紹介、特徴を解説する。

「世間」には「共通の時間意識」に基づく「人間平等主義」があるため、日本人は能力や才能の違いを認めず「みんな同じ」だと思っている。これと格上・格下などの「身分制」のルールが相乗して、独特の「ねたみそねみひがみやっかみ」意識が生まれる。

「ねたみ」の意識が働き、隣人の差異に敏感、出る杭は打たれるし、例えば下手に金遣いが荒くなったら、「何か悪いことでもしているのでは」と噂も流される。治安の良さを実現する一方、人によっては閉塞感に満ち生きづらい。

興味深いのは刑法学者の著者が諦めの境地で「日本人は法律を信じていない」と強調する点だ。

日本人は法のルールに反するよりはるか手前で、世間のルールに反し、「世間」のウチからソトへと排除されることをつねに恐れている。

ウチとソトが明確で排他性が強いからこそ、世間のルールへの同調圧力が強く、過度の自己抑制を要求される。危害のベクトルが他者より自己に向きやすいために、犯罪率は低いものの、自殺率の高さにつながっていると指摘する。

「世間」は解体されてきていると思う方もいるかもしれないが、著者の主張は真逆だ。詳しくは本書に譲るが、新自由主義の拡大に伴う世間の復活と前景化こそ本書の最大の論点だ。秋葉原無差別殺傷事件、「黒子のバスケ」脅迫事件、佐世保高一女子同級生殺害事件を「世間」を軸に分析する章もこれまでの3事件の解析とは異なる視座を与えてくれる。

世間には排除だけでなく、相反する包摂の性質も持つ。犯罪者をケガレとして排除するだけでなく、真摯に反省し謝罪する犯罪者をゆるして包摂する側面がある。

年明け早々の好感度ナンバーワンタレントの騒動やスーパーアイドルの公開謝罪も「世間」抜きでは語れない今(別に刑法に触れたわけでもないのだが、犯罪でないにもかかわらず無関係な誰かに謝らなければならないからこそ「世間」は権力であり執拗なのだが)、本書で「世間」と「罪」について考えてみるのも悪くないのでは。

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