新時代への議論の基礎──『人間さまお断り 人工知能時代の経済と労働の手引き』

冬木 糸一2016年08月25日 印刷向け表示
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人間さまお断り 人工知能時代の経済と労働の手引き
作者:ジェリー・カプラン 翻訳:安原 和見
出版社:三省堂
発売日:2016-08-11
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この数年、怒涛のように人工知能関連本が刊行されたこともあって、今となっては「人工知能によって雇用は失われます!」と危険性を指摘するだけの本は真新しくもおもしろくもない。本書もその類の本なのかと思っていたが、議論は既存の同ジャンルノンフィクションに比べても一歩先に進んでおり、未来予測も頷くところ多しで予想を裏切って大変楽しく読ませてもらった。

最初に本書の内容をざっと紹介してしまうと、副題に「人工知能時代の経済と労働の手引き」とあるように、機械学習やニューラルネットワークなど各技術分野の進歩が著しいこの人工知能時代において、不可避的な失業問題にどう対処すべきか、機械道徳はどうあるべきか、AIの過失を法律はどう判断すべきか、富の分配について──などの産業/社会的なインパクトをできるだけ現実に即し、政策レベルでの解決法を語る、今まであまりなかったガイドになっている。

労働市場について

人工知能時代の、各分野における問題とその解決策が取り上げられるが、たとえば労働市場については、技術的な進歩により雇用が一時的に失われてしまう構造的な失業問題がある。進歩は新たな仕事=雇用も生み出すわけだけれども、問題の本質は現代の技術的な変化があまりにも速く、労働者は新しい職業に必要とされる技能を身につける時間も機会も存在しないことにある。

この問題に拍車をかけているのは、現代においては就職後の教育環境にあるという。たとえば、「学校へ通い、卒業後就職し勤め続ける」のは、就職した後も技能を次々と適応させる必要がある時代にはそぐわないシステムだ。その上現状の職業訓練は、生徒に何を教えるかはおおむね学校側に決めさせており、カリキュラムを組む担当者は、つねに現場に出てアンテナを張り巡らせているわけではなく、そこで学んだスキルが就職の役に立つという保証は存在しない。

本書ではこうした現状に対して、雇用主と学校が新たな形で協力する、住宅ローンの職業版をつくることでの解決を提案している。この案では、雇用主は「この技能を身につけたら雇用する」という同意書を発行し、労働者は何を学んだらいいんだ? と迷うこともなく、技能の市場価値への保証を手に安心して訓練学校に通うことができる。学習コスト(費用)は就職見込みの企業から与えられ、労働開始後の賃金から天引きされる就業ローンによってまかなう形になる。

余剰労働力と技能の陳腐化という問題は、加速度的な経済の進歩がもたらした副産物であり、その点では温室効果ガスとまったく同じである。気候の変動に感心をもつのと同じぐらい、世界的な労働生態系の受ける潜在的なダメージにも感心を払うべきだ。

いくつか前提を簡略化してしまったが(企業にはインセンティブとして税の優遇がされるなど)、何にせよこうした「新たな労働をめぐるシステム」が必要なのは明らかで、本書はこれまではあまり語られることのなかった「実際的な側面」における議論の基礎を築いてくれる。

機械道徳、計算倫理学、責任問題

労働以外でわかりやすいのは自動運転車をいかにプログラミングするかという問題だ。

たとえば自動運転車は、進行方向に犬が飛び出してきて轢き殺しかねない時に、乗り手を守るべきか? それとも飛び出た犬を轢き殺すか? という現代におけるトロッコ問題に直面する。常に乗り手の安全性を確保するように道徳原理を選択的に実装するケースも考えられるし、機械学習で人間の道徳的行動を把握させ判断させるパターン、あるいは過去の事例に基づいて新規の事例を判断させるパターンなど無数に考えられるがいずれにせよ問題は出てくるだろう。

「どのように判断させるべきか」と関連して考えなければいけないこととして、機械が誤った判断を下した時に、その責任は誰がとるべきなのか問題もある。自動運転に限っていえば、2015年にはカリフォルニア州が「運転手が運転席に座ること」を義務付けた案を公表し、責任を明確にしているが、完全な無人運転の場合は規定されておらず、議論が続いているところである。

無人機と責任の所在について、本書では奴隷制度があった時代のケースや法人格などを比較に出して考察していく。それによると、おそらくロボットは法人格のように「法的代理人」としての権利を認められ、行動に責任を持つ法律上の「人格」を得る。所有者は奴隷制度があった際の法律と同じく、奴隷=ロボットが犯した罪を問われることはない代わりに、奴隷=ロボット自身が責任をとる(一定期間被害者への貸与、重要なデータの消去など)形で決着することになる。

『ロボットは所有者の法的[代理人]として行動していたのかもしれないが、所有者はロボットがなにをしているか知らなかったのだから、所有者には[本人]としての責任はない──責任はロボットにあるのだ。』本書での議論はより込み入っていて実際的だが、ロボットやAI、自動運転車といった新しい物に対しても、法人の皮をかぶせることで今日行われている法律の延長線上で処理できるようになるのはわかりやすいし、素人考えかもしれないが当たりそうな推測である。

おわりに

オックスフォード大学の2013年の研究で​​は、米国の雇用の47%が自動化による危険にさらされるとしているが、技術革新の速度は予測が困難(なかなか自動翻訳も実用レベルに達しない)なのに対して、本書では変化がどんな速度であれ、必ず起こるであろう問題に焦点を当てているので、数年で状況が急変して読む価値がなくなるという賞味期限の短い本ではない。

政策レベルの話がほとんどなので個人として参考になる部分は少ないかもしれないが、少なくとも大局的な観点で状況を予測する基盤にはなる。全体的にオススメな一冊である。

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