『さいはての中国』 あなたの知らない中国

村上 浩2018年10月22日 印刷向け表示
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さいはての中国 (小学館新書)
作者:安田 峰俊
出版社:小学館
発売日:2018-10-03
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ノンフィクションを読む醍醐味である未知の世界を知る喜びをこれでもかと与えてくれる一冊だ。中国の地を這う現実を伝え続けるルポライターの著者が選んだ行き先は、途方もなく広い中国の“さいはて”。本書に登場するのは、発展著しい深圳のネトゲ廃人、広州のアフリカ人街、内モンゴルのゴーストタウンや北米の「反日」華人組織などという、旅行者やビジネスマンはもちろん、大手メディアも近づかないような場所ばかり。大金を積まれても行きたくないような所へ軽快に潜り込み、現場の声を拾い上げ、世界の広大さを突きつけてくる。

最初の目的地は、中国最大のIT企業群が本社を置くサイバーシティ深圳だ。次代のシリコンバレーとも呼ばれる彼の地の先進ぶりを伝えるニュースは引きも切らないが、この街には知られざる一面がある。そこには、中国各地から食い扶持を求めてやってきた、著者が呼ぶところの「サイバー・ルンペンプロレタリアート」がいるのだ。なんとも大仰な呼び名であるが、その実態を知れば知るほど、的を射た命名であることが分かる。

このSF世界からやってきたようなプロレタリアートたちがいるのは、「三和」一帯の職業斡旋所付近。この辺りが郊外にある工場への労働力供給源となっているそうだ。路上には短期労働者や失業者があふれ、路地は昼間でも薄暗く、コンクリートの路面には年中水苔が繁茂している。著者はこの街の姿を、昭和日本の高度経済成長に労働力を提供した「ドヤ街」に重ねる。街の姿がどれほど似ていても今は21世紀で、そこは世界最先端のサイバー都市だ。その生活スタイルは昭和日本とは大きく異なる。

彼らが働く場所は土木・建設現場ではなく、スマホなどを製造するデジタル工場。スマホを巧みに操り、稼いだカネを注ぎ込む先はアプリ課金などのサイバー娯楽なのだという。社会の下層で「1日働けば3日遊べるー」とうそぶく彼らは、社会主義国家の看板を掲げる自国のとてつもない所得格差をどう見つめているのだろうか。

著者は、中国のネット上では「三和ゴッド」と呼ばれるネトゲ廃人たちと交流を重ねることで、「もはや自分の運命は変えられない」と嘆く彼らの抱える絶望の大きさを浮き彫りにしていく。格差拡大に伴い現実世界に希望を見出せない者たちが仮想現実の世界に浸っていくディストピア的な未来は、もうすぐそこまで来ている。元ネトゲ廃人でeスポーツ選手だった譚はサイバー・ルンペンプロレタリアートの生活をこう語る。

彼らのリアルの人生は生まれた頃から「詰んで」おり、何をやっても希望や豊かさとは無縁である。いっぽう、彼らにとってのネトゲやスマホゲーの世界は、リアルな世界の中国社会よりもずっと自由で、機会の平等が保証され、希望にあふれた豊かな空間なのだ。

陝西省西安市郊外の富平県は2012年前後から大きく様変わりをしている。この富平県が、現代の皇帝とも呼ばれる国家主席・習近平の実父・習仲勲の生まれ故郷だからである。この土地の変貌ぶりをみると、中国がいかに我々が暮らす民主国家と異なるかがよく分かる。習近平がトップに上り詰めた頃から、中国共産党の元老であった習仲勲関連施設の規模は大幅に拡大され、巨大な公園(習仲勲陵園)となった。驚くべきはその規模だ。習仲勲陵園の中にある墓の周辺にはなんと東京ドーム500個を遥かにしのぐ敷地が与えられ、地元住民は問答無用で立ち退きを強いられたという。著者はその異様さを秦の始皇帝と比べて、以下のように表現する。

同じ巨大墓所でも、始皇帝の墓と兵馬俑は壮大な歴史のロマンだが、習仲勲の墓は現在の中国政治のアダ花だ。

著者は本来なら外国人が立ち入ることのできない習仲勲の墓苑に立ち寄り、係の人たちと一悶着起こしながら、私たちの知らない中国の姿を垣間見させてくれる。中国政府は国民に何を見せたいのか、何を外国人に見せたくないのか。その狭間から政府の真意が透けて見える。

習近平時代に入り、個人崇拝や党のイデオロギーがより強く打ち出されるようになったという。「国家を疲弊させた毛沢東体制の終結から約40年間、中国で長年のタブーとされてきた政治手法が、21世紀になって復活した」ということだ。これは、文革の主人公たる紅衛兵世代が社会の実権を握るようになったからだという。多感な時代に文革を体験している世代にとって、個人崇拝や大衆扇動的プロパガンダはタブーになりえない。

彼らは歳を取って変になったのではない。変な人たちが歳を取っただけなのだ。 中国では文革世代を揶揄したこんなジョークもある。青春時代に暴力的な政治運動の洗礼を受けた人々の統治は、必然的に荒っぽいものにならざるを得ないというわけだ。

内モンゴル自治区では少数民族の声、カンボジアでは中国政府の対外政策、南京では歴史認識のあり方について、新たな視点を与えてくれる。帝国の崩壊は周辺から始まると言われるが、現代の大国の実態はさいはてに表れているのかも知れない。

 

八九六四 「天安門事件」は再び起きるか
作者:安田 峰俊
出版社:KADOKAWA
発売日:2018-05-18
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天安門事件から20年以上が経過した今、当事者たちはあの事件をどう振り返るのか。事件の中心に居た者、遠い所で巻き込まれた者へ著者はインタビューを重ねていく。多くの中国人の人生を文字通り変えた天安門事件について知ることができる一冊。

 

毛沢東の大飢饉  史上最も悲惨で破壊的な人災 1958-1962
作者:フランク・ディケーター 翻訳:中川治子
出版社:草思社
発売日:2011-07-23
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 想像を絶する被害を生んだ文化大革命の生々しすぎる現実を知る一冊。レビューはこちら

 

中国の歴史認識はどう作られたのか
作者:ワン ジョン 翻訳:伊藤 真
出版社:東洋経済新報社
発売日:2014-05-16
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中国の歴史認識がどのように形成されていくのかを、中国で生まれ育ち、アメリカの大学で教授を務める著者が解説する。レビューはこちら

 

 

 

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