HONZメンバーが選ぶ、今年最高の一冊。ようやく出揃いました! いや厳密に言うと、まだ出揃っておりません。まず最初に、少しだけ業務連絡をさせてください。
「成毛代表、原稿お待ちしております。何とか年内のうちに、よろしくお願いします!」
さて、世間では「平成最後」のキーワードが飛び交っておりますが、こちらのラインナップは、「平成最後」とは無関係なものばかり。そう我々は、平成最後だからといって本を読むワケではないですし、元号が変わったからといって本を読むワケでもない。ただ面白ければ、それでいいんです。
そんな珠玉のラインナップを、今回は原稿が届いた順にご紹介いたします。1ページ目が締切より前の日に届いた人たち。2ページ目が締切日当日に駆け込みで送ってきた人たち。そして3ページ目が締切を過ぎた後に送ってきた人たち。まぁ色んなタイプの人がいてホント面白いです。編集長冥利に尽きます。
それでは、どうぞ!
堀内 勉 今年最も「反響の大きかった」一冊
HONZで書評をアップするときに、読者の反響を気にしていたら好きなことは書けないが、それでも結果的にどれくらいの「いいね!」がついたかとかは気になるものである。だから、書評の反響は、事前になんとなく予想(予感?)はするのだが、自分でもビックリするくらい反響が大きい場合がある(逆もまた真なりだが・・・。)
この『ティール組織』は固いビジネス書だから、大した反響は期待していなかったのだが、実際の反響の大きさには、正直かなり驚かされた。ティール組織というのは、従来の軍隊式でもフラット型でもない、セルフマネジメントを基本とした常に変化する目的を追求し続ける進化型モデルであり、日本人のようなルール大好き人間の国とはとても馴染まないだろうと思っていたからである。
本書を読んで最後に気付かされたのは、我が国においても試行錯誤の「働き方改革」なるものが進められているが、本当に必要なのはそうした時短とかホームオフィスとかの話だけではなく、その前提になる組織自体の改革(本書の原題:"Reinventing Organizations”)であり、もっと言えば、一人一人の生き方の変革だということである。それだけ、今の世の中の変化のスピードとパラダイムシフトは急であり、皆、そのことに薄々気がついているのだと思う。 ※レビューはこちら
仲野 徹 今年最も「怖くてしかたなかった」一冊
怨念とか幽霊とかの存在を信じているかと言われると、Noと断言できる。では怨念や幽霊が怖くないかと言われると、そうでもない。事故物件-前の住人が自殺したり、殺されたり、孤独死したり、事故にあったりした不動産物件-はどうだと聞かれると、微妙である。たぶん、大丈夫だという気がする。いや、正しくは、気がしていた、である。
この本を読んだら、むちゃくちゃ怖くなってしまったのだ。とんでもない出来事が偶然に重なる、ということがありえることはよくわかっている。それでも、「前の住人も前の前の住人も自殺している部屋」とか「二年に一回死ぬ部屋」に住む気がするかといわれると、絶対イヤだ。
そんな物件が延々と淡々と紹介されている。作り話ではない。何なんですかそれはと言いたくなる「事故物件住みます芸人」の松原タニシが実際に経験して書いているのだ。まぁ、タニシさんは生きてるんだから、たとえ住んでも命を落とすようなことはないようだ。
この本、あまりに怖くて、手元に置いておくと悪いことがおこりそうな気がしてきた。で、半分くらい読んだところでHONZの朝会に持参して置いてきた。持って帰った誰かが怖い目にあっていないか、ちょっと心配。
澤畑 塁 今年最も「家族と一緒に笑った」一冊
3歳になった息子がわが家を明るくしてくれている。誰に似たのか、四六時中おしゃべりをしていて、家族にいろいろな話題を提供してくれる。そんななかで、みんながとりわけ愉快な気持ちになるのは、息子がおかしな「言い間違い」をしたときだ。
家のなかに蚊が入ってしまったときのこと。息子は一生懸命になってこう訴える。「カガガ イルヨ。カガガ イル!」。妻とわたしが必死に笑いを堪えながら、「あれは『カガ』じゃなくて『カ』でしょ」と諭すものの、息子の「カガ」はなかなか直らない。それを見て3つ年上の娘は笑い転げているが、いやいや、あなただって当時は同じ間違いをしていたのだから。
そんなこともあって、昨年にヒットした本書を手に取ってみた。本書は、子どもたちの発話を手掛かりとしながら、人がどのようにことばを習得するかを考えていくもの。そうした本なので、上記のような言い間違いの例も数多くとりあげられているし、それらがなぜ生じるのかも説明されている。なお、「カガガ イル」は、「チガガ デタ」(血が出た、の意)などと同様、1拍(1文字)の語にもっぱら見られる現象とのこと。たしかにうちの子どもも「チガガ デタ」と言っていたなあ、と得心。
ところで、わが家の最大のミステリーは、つい最近まで娘が「西松屋」を「ニシマツヤマ」と言い間違えていたこと。「なんか『山本山』みたいじゃない?」、「途中で『松山』に引き寄せられちゃうのかな(妻の実家が松山にあるので)」などと語りあうのも楽しい。家族で回し読みしたい1冊でもある。
新井 文月 今年最も「制作の臨場感を味わえた」一冊
著者は現代アーティストの小松美羽。12月、三越伊勢丹にて開催された展示会では売上額3億円を突破した。容姿端麗な風貌とは対照的に、生み出されるタッチは豪快だ。狛犬などモチーフの作品は、目を見開き妖怪のようでもある。
現代アートは、村上隆が『芸術闘争論』をはじめ口酸っぱく論じるように、欧米アートルールには不文律が存在する。「死」をテーマとし、サメを輪切り&ホルマリン浸けするダミアン・ハーストのように、生き様を含めコンテクストを構築するのが定石だ。
しかし著者からは、それらを感じない。ぐちゃぐちゃな構図であっても、激しく跳ねた筆あとや血のような赤は観る人の視線が各所に移動させやすく目が離せない。これは天然型のゴッホに近いかもしれない。作品は妬み・嫉妬・競争心など私達の感情における負の面が強調され、引きずり出されるような感覚をも受ける。
本書では、段ボール箱を机に制作した苦労時代や、大きなプレッシャーからハート型のハゲができるエピソードなども描かれている。生きづらさや不条理も包括し、自分の内面と対話し泥臭く絵に置き換えてきた。制作の臨場感あふれる一冊だ。 ※レビューはこちら
東 えりか 今年最も「一家に一冊必携だと思った」一冊
目の前で階段を滑り落ちた人を見た。骨折したのか挫いただけかわからないが、呻いている。「大丈夫ですか?」と声をかけることしかできない自分。救命救急の指導は受けたことがあっても、それは心筋梗塞や脳溢血などのときで、怪我の手当ては何も知らないと気付いた。
世界的なテロが続き天災も毎年起きている。いつ巻き込まれるかわからない。海外なら銃で撃たれることだって想定できる。いつでも医療関係者がそばにいるわけではない。そんなときどうしたらいいのか。
本書は超リアルな写真とともに、怪我の程度を判断し、どのように手当てをしたらいいかを懇切丁寧に教えてくれる。特に怪我の部位によっての手当ての仕方は知らないことばかり。迷彩服を着ているのが可愛い女性だけというのはどうかしら?とも思うけど、誰でもできることなのだとも思える。
著者・監修者は陸上自衛隊富士学校普通科部と衛生学校にて研究員を務める。現代の戦傷医療に関するスペシャリスト。
村上 浩 今年最も「本の世界に入り込んだ」一冊
ポーランド総督府総督としてユダヤ人虐殺を進めたハンス・フランク、国家による文民に対しての残虐行為に対処するために「人道に対する罪」を提案したハーシュ・ラウターパクト、ギリシア語のジェノス(部族もしくは人種)とラテン語のサイド(殺人)を組み合わせて「ジェノサイド」という言葉をつくったラファエル・レムキン。
3人の人生が戦禍のヨーロッパで複雑に絡み合いながら、ニュルンベルク裁判で遂には合流する過程がドラマチックに描き出されている。
偶然の連なりがいつしか必然となり、歴史の謎が解き明かされていく展開は読者を本の世界に浸からせ、600ページに迫る大部を一気に読み通させる力を持っている。
人類が経験した最も大きな悲劇に対して法律家たち、そして世界がどのように向き合ったのか、どのような世界を作り出そうと願ったのか、遠くはなれた時代・地域に生きた人々の思いをリアルに感じさせてくれる一冊だ。 ※レビューはこちら
古幡 瑞穂 今年最も「魂を揺さぶられた」一冊
4月に劇団四季の『ノートルダムの鐘』を観て心を揺さぶられすぎたのか、あの衝撃を超える感動になかなか出会えず珍しく今年の1冊に悩む年だった。そんな中で出会ったのが『童の神』だ。時は平安時代。「童」と聞いたら何かピュアな、尊いものを想像するのだが実はこの時代の「童」は京人から差別され虐げられる存在。その中でも異国の母親を持つ主人公の桜暁丸はその姿形(今の時代では絶対ものすごいイケメンよ)からさらなる差別の対象として描かれている。
物語を通じて語られるのは長きにわたる朝廷と反乱軍の戦いなのだが、主人公の口から発せられる「同じ血の色を持つのに、なぜ自分たちが差別されねばならないのか」という叫びがずっと胸をえぐり続ける。
『ノートルダムの鐘』の終盤に「some day」という歌がある。
いつか 人がみんな 賢くなる時が来る ~中略~ いつか 人がみんな平等に暮らせるそんな 明るい未来が必ず来ると祈ろう。
この曲が桜暁丸の叫びに重なって、本を読んでいる間中アタマの中から離れなかった。心に最も刺さった芝居も小説も同じテーマだった、というわけ。
『童の神』は直木賞にもノミネートされ、注目度上昇中。ぜひ年末年始の1冊に手にとってみていただきたい。
鰐部 祥平 今年最も「大きく、高価で、興奮した」一冊
はっきりいって、完全に自分の趣味嗜好に走った選書である。今年購入した本の中で一番大きく、一番高価で、そして一番興奮した一冊である。それが、この『武器の歴史大図鑑』だ。素人採寸で縦36センチ、横26センチ、重さ2.2キロ。お値段1万2600円也。
けっして万人受けする様な本ではない。しかし、イギリスの戦史研究家の権威であるリチャード・ホームズが監修し英王立武器博物館の全面協力の下に作られた本書は全編オールカラーの写真で古代から現代までの武器と防具を網羅した大著である。この手のものが好物の人にとっては垂涎滴る一冊となっている。
武器は当然ながら戦争で使用される兵器である。しかしながら、武器の役割はそれのみに終わるものではない。時に武器を帯びる人の地位や財力を象徴するための小道具であり、ファッションの一部ですらあった。日本刀やヨーロッパのレイピアなどはその際たるもので、とにかく造り込みが精緻で美しい。
また武器のあり方は国家の進化の過程とも大きく関係がある。たとえば16世紀から17世紀にはヨーロッパで火器が普及し、従来の血統に依拠した戦士集団が弱体化し高度な訓練を受けた軍事エリートが台頭。国家の力も強大化し、さらに兵器が強力になっていく。本書でもその進化の過程を余すことなく見ることができる。
さらに、日本刀の異質さにも気づける。同時代のヨーロッパ、アジアの刀剣の刀身のほとんどが錆付き痛んでいるのに対し、日本刀のそれは、最近作られたかのように美しいのだ。刀剣の刀身を何世紀にもわたり美しく保つという価値観は日本のみに根付いた特殊な価値観であることが伺える。