『増補新版 「格差」の戦後史』 混乱・一億総中流・階級断絶

2013年12月22日 印刷向け表示
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増補新版 「格差」の戦後史: 階級社会 日本の履歴書 (河出ブックス)

作者:橋本 健二
出版社:河出書房新社
発売日:2013-12-12
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戦後日本は格差の少ない中流社会だった、小泉改革が格差を拡大させた、日本はいまだに苛烈な学歴社会だ。日本の「格差」を象徴するようなこれらの言説は、マスメディアでも繰り返し喧伝され、広く浸透してきた。しかし、「格差が少ない」とは具体的にどのような状態なのか、格差が拡大するとは何が大きくなることを意味するのか。そもそも、「格差」とは何で、どのように分析されるべきものなのか。

著者は、大規模調査による数字をベースに、「格差」にまつわる神話を一つずつ検証していく。また、戦後を以下のように5つの時代に分け、マクロな視点から日本社会がどのように変遷を遂げてきたかを明らかにする。そして最後には、「アンダークラス」という新たな階級が誕生した2000年代が描かれる。
第Ⅰ期:混乱の続く、戦争直後の5年間
第Ⅱ期:経済復興とともに格差が拡大した50年代
第Ⅲ期:高度経済成長を遂げ、格差が縮小した60年代
第Ⅳ期:一億総中流時代の70年代
第Ⅴ期:実は、現在へ至る格差拡大が始まった80年代
第Ⅵ期:本格的な格差時代へ突入した90年代

定量分析を軸としながらも、その時代を彩った映画、流行歌や漫画などが巧みに引用され、遥か遠くの過去がその臭いとともに浮かび上がってくる。格差を生み出す階級構造は、人々の生活の舞台装置であると著者は説く。暮らしのあらゆるところに、その舞台装置の影響がみてとれる。1946年に連載を開始した『サザエさん』からは戦後のヤミ市の存在の大きさが、70年代の流行歌「木綿のハンカチーフ」からは農村から都市への大規模な人口移動が生み出した無数のドラマがひしひしと伝わってくるのだ。本書を読んでいると、タイムマシンに乗り、駆け足で戦後60年を体験しているような気分になる。

この本は、2009年10月に出版され「根拠のない格差議論に終止符を打った」とも評された同タイトルの増補新版である。細かな部分での修正が施され、3つの補章が追加されている。補章ではそれぞれ、東日本大震災で顕在化した「地域間格差」、世代間格差に直結する「若者の貧困」、そして女性の社会進出と関連して「戦後における主婦」が論じられる。著者は、格差にどのように対処すべきかという政策論を意図的に避け、戦後日本における格差問題の実態を明らかにすることにフォーカスする。本書はこれからも格差論を語るための出発点となるはずだ。

感覚的に理解していることでも、改めて具体的な数字とともにその実態が描き直されると、新たな発見と驚きがある。例えば、45.2%という数字。これは1950年の日本における、有業者全体での農民層の割合である(2010年の国勢調査で第一次産業従事者はわずか4.2%)。この数字だけでも、日本がこの60年でどれだけ劇的に変化したがうかがい知れる。

もちろん、直感や定説を否定する数値も多い。個人間所得の格差を表す数値であるジニ係数(小さいほど格差が小さい)の変遷を見てみると、1952年から2004年の間で最も低い値を示しているのは1952年の0.307であり、最も高い値となっているのは2004年の0.387だ(どちらも再分配所得の数値)。これまで、戦後の数年間は「圧倒的な格差の時代」として語られることが多かった。しかし、ジニ係数によるとこの時期の経済的格差は実は戦後のどのタイミングよりも小さかったということになる。

それではなぜ、戦後直後は「格差の時代」として記憶されてきたのか。それは、当時の人々が、「格差」を現実のものとして体験していたからだと著者はいう。戦争で全てを失った日本は、貧しかった。小さな格差(例えば所持金にして数百円の差)は、強烈な飢えとして、生命を脅かすものとして襲いかかってきたのだ。経済指標だけを見ていても、格差の実態は見えてこない。
格差を考える土台となる階級構造は、カール・マルクスによって階級理論として確立され、多くの社会学者たちによって精緻化されてきた。著者は、日本全体を「資本家階級」、「新中間階級」、「労働者階級」、「旧中間階級」の4階級に分類して、各階級の関係性を分析していく。詳細な定義は本書に譲るが、おおよそ資本家階級は中規模以上の企業の経営者・役員、新中間階級はホワイトカラー、労働者階級はブルーカラー、旧中間階級は零細企業経営者・役員というイメージである。

本書で明らかにされるように、日本の格差は1980年代から一貫して拡大している。そして、90年代以降には男性非正規労働者が激増し、2000年代に入ると4つの階級のどこにも所属しない「アンダークラス」が現れ始める。このアンダークラスに分類される人々は、「極端な低賃金、家族形成と次世代を再生産すること」が困難であるという新たな特徴を持っている。1960年代は貧困層の方が既婚率は高く、「貧しいと結婚できない」という現象は見られなかった。階級間の移動(親世代と異なる階級への所属)も減少傾向にあり、生まれた際の階級が固定される確率が高くなっている。

日本の格差は今後どのように変化していくのか。私たちはどのように格差と向き合うべきなのか。日本を待ちうける未来は、これまで経験してきたどのような過去にも似ていないものになる兆しをみせている。これからの格差を考えるためには先ず過去を見つめ、我々がどのような世界を望むのかを考えなければならない。 
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