地球の歩き方『越境フットボーラー』

2012年3月30日 印刷向け表示
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越境フットボーラー

作者:佐藤 俊
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2012-01-07
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サッカー日本代表で「海外組」という言葉がある。普段はJリーグではなく「海外」のチームでプレーしている選手たちだ。この場合の海外とはドイツやイタリアなどサッカー先進国を指す。つまり、国内よりも確実にレベルが高いリーグで戦う彼らに対する敬意がこめられているのだろう。この本もある意味「海外組」に焦点を当てた本だ。ただ、本書の「海外」はベトナムやマレーシア、アルバニアやモルディブなどである。この本に登場する私の中学校の同級生も今はインドネシアにいる。

同級生と言っても、記憶が確かであれば同じクラスになったこともない。学校外でも会えば挨拶して話はする関係ではあったが、正直、全く親しくない。私が学習塾の帰り、彼がジュニアユースチームの練習の帰りと重なり、なぜかよく会ったことをよく覚えている程度なのだから、知れている。当時から「サッカーがうまいのだろうな」とは、サッカー部で一、二を争う幽霊部員であった私でもわかったが、サッカーより野球や相撲が好きだったため何がすごいのか正直、わかっていなかった気がする。大学生になり、「おっ、サッカーって意外に面白いのね」とテレビを見ていたら、U20ユース代表で世界で準優勝しているのを見て驚嘆し、五輪代表になり小野伸二や稲本潤一と肩を組んで「黄金世代」と呼ばれているのを見てまた驚き、トルシエジャパンにも選出されてしまったらしいので「ホンモノだったんだ」と周りから周回遅れで気づいたのが本当のところだ。つまり、門外漢の私から見ても酒井友之氏は順風満帆なサッカーエリートだったわけである。それが何故、インドネシアに。そこにはかつての栄光と現状

と、ここまでが、以前、「新刊ちょい読み」用に書きかけていた内容なのだが、先入観で物を書いてはいけないなというのを今回は痛感した。同級生以外で取り上げられているほかの3選手の章をしっかり読んだら、この本からは全く違う印象を受けたからだ。読者の中にもサッカー後進国でプロになると聞くと、Jリーグで通用しなくなった一流選手がプロにこだわり活路を見出したという見方をするかもしれない。それは一面では間違いではない。だが、本書に出てくる酒井氏以外はいわば日本でプロにもなれない、もしくはかろうじてプロとして契約していた選手ばかりだ。つまり、言葉は悪いがJリーグ(特にJ1)でもともと通用していなかったのである。本書には高校時代、サッカーをまともにやっていない人すら出てくる。それでプロになると公言して海外に飛び立つのである。そのような人でも努力を惜しまず、世界を渡り歩きチャンスを狙いプロになってしまったのである。つまり、全体の印象としては国内で燻っていたけど海外で花開いたというサクセスストーリの側面が強いのだ。結果論とはいえ、必要なのはパスポートと飛び出す勇気と強い胃袋というわけだ(いわゆる一流選手の怪我や加齢による苦悩という内容は実は酒井氏の章だけだ)。

彼らがどのように職をつかんだかというのが本書の主題だが、それは最後にちょろっと記す。それ以上にこの本の醍醐味は実は、いわゆるマイナーサッカー国のガイドとして読める点だ。登場する選手が所属した、もしくはテストを受ける国やチームのサッカー事情が詳細に記されているからだ。中には1年に1カ国ずつ渡り歩く、流しのサッカー職人のような選手も出てくるため(待遇が良くても俺のルールだからと去ってしまう!)、サッカーファンでなくても海外好きにはたまらないちょい読みガイドとして成立している。ドイツやイタリアやスペインの有力リーグならまだしも、インドやトリニダード・トバゴやアルバニアなどのサッカー環境にここまで突っ込んだ本があっただろうか。練習風景から給与水準などwikiではわからない現実がそこにはある。

正直、マイナーサッカー国の内実は滅茶苦茶だったりするのだが、何とも人間くさい。ここではブルネイリーグについてちょっと触れよう。ブルネイリーグは02年設立。チーム数は10。国王の甥のプリンスが所属するチームもある。選手の半分くらいはセミプロのためか、モチベーションは低い。、練習中の水分補給中にタバコをすったり、フィジカルトレーニングが始まると木陰に隠れたりする選手も少なくない。子供か。試合のレベルは日本の地域リーグレベルらしいが、緊張感があるらしい。でも、緊張感は試合の中身というよりプリンスの存在だ。

プリンスは試合の5分前にポルシェを駆って颯爽とあらわれ、監督にキーを投げ渡し、ピッチに立つのである。まるで花形満だ。「アップはいらないよ。王宮の庭ですませてきた」と微笑むが周りは心配でたまらない。試合中は、ホッケー用の大きなレガースを付ける重装備であるが、怪我をさせたら一大事のため、そもそも誰もハードに接触しない。そのため、コーナーキックやフリーキックのときにゴールキーパーの前にプリンスが立つと戦略上、非常に有効だったりする。永遠のフリーである。一方、プリンスにゴールのアシストでもしたら大変だ。「君は何の車が欲しい」と聞かれ、「メルセデス」と冗談半分で答えると翌日、メルセデスが届く。ハットトリックでもお膳だでしたら油田でももらえそうな勢いである。

こうした抱腹もののエピソードにあふれているのだが、まじめな話をすれば、もちろん、こうした「サッカー」を嫌う人もいるだろう。おそらく本書に登場してくる4選手もできれば日本で満足するチームがあればそれが最善なのかもしれない。ブルネイは極端にしても、日本のサッカーとは同じスポーツとは呼べないという気持ちも抱えているだろう。それでも彼らに共通するのはボールを蹴って生計を立てたいという強い意志だ。本書を読むと、レベルが高い国でプレーしていたとしてもよほど図抜けた能力が無い限り、その国よりレベルが低い他国で雇われるとは限らないことがわかる。「良い選手」という概念が国ごとに全く異なるからだ。言葉もままならない中、限られたテスト時間の中で国ごとに異なるニーズを瞬時に汲み取り、自らをアピールする適応力の高さがあるものだけが生き残れる。過酷だがこれがプロスポーツの現実だが、逆に言えば、視野を狭めなければ自分の力を発揮できる場所がどこかにあるのかもしれないのだ。私などはそんなものは幻想だろうと思うが、本書に出てくる4選手はそれで職を掴んでいる。もはやサラリーマンでもうかうかしていられない時代であることを考えれば、サッカーに興味のない方も一読の価値はあるのでは。

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