奥付では4月13日初版第1刷発行となっている本書が、Amazonから届いたのは金環食の5月21日だった。5月22日朝にはすでにAmazonで売り切れており、たった1冊の出品されている中古品は8106円という値付けになっている。判型はB5版。いわゆる週刊誌サイズだが、美しいカラー写真や紙質にもこだわって作られた平綴じの立派な本だ。価格も2500円とお高いのだが、じつにお買い得感がある本だ。
本シリーズの企画者は高松市にある「社団法人おいしさの科学研究所」だ。「おいしさ研」とは元京都大学農学部長の山野善正氏を理事長兼研究所長とする独立系の研究所。「おいしさ研」は自身の機関紙として「おいしさの科学OISHISA JOURNAL」を本シリーズとは別に刊行しているのでややこしい。こちらは1200円でVol.13まで刊行されている。思わず買ってしまいそうになるが、もともとは食品業界関係者をターゲットとした刊行物であるようだ。
『トウガラシ』の目次をみると大きく3章に分かれている。「辛みとは何か」「デザインと多様性」「調合」である。第1章の「辛みとはなにか」では「おいしさ研」の山野理事長と大学共同利用機構法人自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理研究部門教授の富永氏が対談している。(44文字の肩書とは長すぎ!)富永先生はトウガラシの辛み成分であるカプサイシンの受容体の発見者であり、現在も研究中だ。
トウガラシを食べるとカプサイシン受容体が活性化し、脳は痛みを感じて脳内麻薬様物質のβエンドルフィンを放出し、快感と感じるのではないかという。ランナーズハイならぬトウガラシハイである。カプサイシンの受容体TRPV1は辛さだけではなく43度以上の熱でも活性化するという。いっぽうワサビなどで活性化する受容体TRPA1は15度以下でも活性化するという。トウガラシは辛さは英語でHOTだが、ワサビはCOOLなのかもしれない。ところで、鳥のカプサイシン受容体は変異しているため辛みを感じない。鳥は平気でトウガラシを食べるらしい。つまりトウガラシは、種を運んでくれる鳥には食べられるが、種子拡散者として無意味な哺乳類には食べられないように自らを辛くしたという。いやあ面白い。
次の論文はHONZ副代表の後輩にあたる信州大学大学院農学研究科機能性食料開発学専攻准教授の松島氏。(すこし肩書が短くなった)松島先生の論文もさることながら、小学3年生のお嬢さんがスゴイ。「ししとう」と食べるとたまに辛いものあたることがある。その辛いししとうと辛くないししとうの種の数を調べたのである。その結果は本書を読んでのお楽しみ。まさに理系の子である。
第2章の「デザインと多様性」では平賀源内がトウガラシを分類した『番椒譜』の図版、越後・妙高の発酵トウガラシ調味料「かんずり」の製法、世界トウガラシ紀行など豊富なカラー写真で紹介される。第3章は「調合」カレーパウダーや七味唐辛子に代表されるトウガラシを含む世界中の調合香辛料についてだ。その途中に15ページの資料が挟まる。
特集とは別に12本の連載エッセイが掲載されている。「食のアロマ」「おいしさを包む」「鮮度考」「ブランディング」などなど、食品業界の開発関係者だけでなく、食が好きな人にとっては楽しめるラインナップだ。連載のラストは小泉武夫先生の「涎ピュルピュル・エッセイ 小島武夫のおいしい実験生理学」。今回は「漬物はうまい編」だ。読みながら今すぐ白いご飯が食べたくなって気が狂いそうになる。糖質ダイエット中なのだ。
このシリーズの1冊目は『にっぽんの食はねばりにあり』、2冊目は『熟成-豊かなるスローフードの世界』。とうがらし以降はvol.4「進化する日本のだし」、vol.5「調理 道具と手順」、 vol.6「食品開発の技術」だそうだ。楽しみである。
おいしさの科学研究所
http://www.oishisa-no-kagaku.com/